84 グニラエフ立石群 三日目 6
84
互いが互いの利き腕を封じた態勢で睨み合う。
ディアロスは苛立たしげに。
儂は口元に笑みを浮かべて。
「そんな話は聞いた事がない!」
「ほう。そんなに勉強熱心だったとは知らんかった。おぬしの知識に自信があるならそうすればよいじゃろう?」
強気な言葉を選ぶ。
主導権がどちらにあるのかを明確にするために。
「この状態でも引き金を引くぐらいはできよう? 試さんのか?」
ディアロスの指は動かなかった。
不勉強な自覚はあったか。
指の代わりに口を開く。
「そうなったら貴様も無事では済まんのだぞ! そのロープが貴様のストレンジだろう!」
「儂のロープが焼けるのは一部じゃ。ぬしの竜砲はどうなるかのう。アームズが傷ついて、意識を保てる自信があるならやってみるといい」
ロープの全体を動かす。
長さにして十メートル。
銃口から突き刺した部分を含めても、竜砲に絡み付かせているのは全体から見れば一割にも満たない。
沈黙が返ってきた。
取り巻きに敵を押さえさせて、自身は安全圏から攻撃してきただけの男では覚悟できんだろうのう。
歯ぎしりしながら、呪い殺すような声を吐き出してくる。
「亡者になりたいのか? 両腕がなくなればどうなるか、わかるだろう?」
「たかが腕の二本で亡者に成り果てるものかよ」
儂が最深部に到達するまでに受けた傷はほとんどかすり傷。
亡者になるか危ぶまれる程ではない。
「むしろ、そっちはどうかのう? 大方、リィナが間引いた後を追っていたのだろうが、容易い道程ではなかったのじゃないかのう? 守ってもらう立場のぬしとて無傷とはいかんかったのじゃないか?」
儂の推測にディアロスの表情が歪んだ。
どうやら図星か。
「貴様、何を知っている?」
「考えても見よ。ここは獣人族の遺跡だぞ? 近くのエスクリスク聖殿と関係あるとは思わんか?」
「それがなんだというのだ!」
これでも遺跡学科の三年なのかのう。
本当に不勉強に過ぎるぞ。
「つまり、ここは聖殿の舞台に立つための登竜門。獣人の戦士となるための試しの地なのだよ。この試練を乗り越えた獣人は戦士として認められる」
というのは儂の予測だったのだが、その辺りは先回りして最深部に到着している間に裏付けが取れている。
リィナが隠れておる巨石に描かれた絵図で語られていた。
「さあ、ここが試練の地だとして改めて考えてみんか。強さに重きを向く種族。集団よりも己の強さを誇る価値観」
青柳君の分類上、脳筋の一族。
そんな彼らのための試練。
「そんな種族の試練に知恵を求めるものかよ」
むしろ小細工の類を嫌う。
必勝法なんて探すような手合いには厳しくする。
「ここはのう、小細工するだけ難易度があがるんじゃ。迷路は複雑になり、襲い掛かる亡者が増えるという寸法じゃ」
この遺跡で求められるのは個人の武勇だ。
「慎重すぎるのも嫌われるじゃろうが、それよりも大人数の方がリスクは高いだろうのう。多数で入ればそれに見合った数が向けられるんじゃないか? 迷路の突破にリィナの道標は役に立っただろうが、亡者や守護者の妨害はおぬしらが一番酷かったはずじゃ」
亡者と守護者を倒せる武力。
己の武威を信じて進む勇気。
だから、単身、全速力で最深部を目指した俺と儂が一番にゴールしたのじゃ。
そもそもの話、ここは獣人の若者が戦士になるための試練。
いくら犠牲を認める文化とはいえ、いたずらに子供たちを殺める算段など立てるはずがなかろう。
命を落とすのは、己の実力もわからぬ未熟者と、獣人の流儀に反した愚か者のみ。
真っ当な獣人ならクリアできなくてはおかしいのじゃ。
そして、試練をクリアした者を害する理由もない。
この最深部に限れば、強制治癒は働いても亡者化する心配がないので、ディアロスの指摘は根本的に的外れじゃったりする。
まあ、いちいち教えてやらんがのう。
「そんな。そんな馬鹿な話、信じられるか!」
黙っていたヴィンセントが叫んだ。
ふむ。話の間に背後へ回り込もうとしていたようじゃが、我慢できずに口を出してしまったのかのう。
そんな動きぐらい見えておったが。
ついでじゃ。
そこで寝ておれ。
「ぐっ! な、なんだ!?」
「足元を疎かにし過ぎじゃよ」
ヴィンセントたちを次々と転ばせて、動きを封じた。
床を這わしていたロープで足を絡め、転倒したところで素早く手足と首に回しておけば迂闊には動けなくなる。
海老のように体を反らして口をパクパクと動かすばかり。
声も出せんか。
「動くと首が絞まるぞ? 大人しくしておれ」
俺のロープではさすがにそのままでは四人もまとめて拘束する長さはない。
だから、ロープの先端から縄目を解いて四分割して罠を仕掛けておいた。
それだけ強度も落ちてしもうたが、縛り方を工夫してやれば未熟な竜卵持ち程度は拘束できるのじゃよ。
この辺りの繊細な操作はまだ俺では無理かのう。
海老反りのポーズでもがく中で、ヴィンセントだけが苦しげながらも声を上げた。
「ここは未解遺跡だ! そんな単純な攻略法なんてあるか!」
ふむ。
話に乗っかるふりをして、拘束が緩む隙を探るつもりかのう。
こちらとしても話が続くのは歓迎じゃよ。
「もっともな意見じゃが、それは竜人族を過信しすぎだのう。元々は獣人族の試練。竜人族の基準では厳しい内容になるだろうよ」
竜人族は獣人族に身体能力で大きく劣るのだ。
獣人族の基準で課せられた試練は難易度が高すぎる。
「それに発見当時の調査団の全滅が痛かったのう。亡者が大量に補充され、後続も失敗を恐れてより慎重になってしもうた」
後は悪循環の流れ。
獣人族が嫌う方向性にばかり傾倒してしまった。
「そんな、有り得ない。バカな」
「あっちに詳細が記された壁画もある。間違いあるまい」
ヴィンセントはまだ信じられんようじゃ。
まったく、今は違うが儂も元は教員の一人。
基本ぐらいは指導せねばな。
「遺跡というのは過去の住人の痕跡じゃよ。儂らの物差しで計ってはいかん。種族が違う。文化が違う。風習が違う。価値が違う。歴史が違う。伝承が違う。それでは真実は見えるわけがない。だからこそ、儂らは過去を知り、思いを馳せ、想像していかねばならん」
さて、話がずいぶんとわき道に逸れたのう。
考古学が関わるとどうしてもこうなってしまうのは儂の悪い癖じゃ。
まあ、今はこれで構わんのだが。
そろそろ頃合いだし、動くとするか。
途中から話についてこれなかったディアロスを見る。
「話を戻そうか。それで、どうする? 互いの腕を潰して、どっちが亡者になるか賭けてみるかのう?」
「このっ、平民ごときが……!」
ふむ、動かんか。
それとも単純に自分が怪我をするのが怖いのかのう。
まあ、自分の腕を自ら爆発させる覚悟を持てというのもなかなか厳しい話かもしれん。
こちらは右腕の修復が終わった。
拳を握ってみるが違和感もない。
「このっ! このっ! このおっ!」
気持ちを言葉にもできずに繰り返し始めた。
儂の肩を掴んだ手に力が入ってくる。
挑発じみた言い方を重ねたせいか理性より怒りの方が勝りそうな雰囲気じゃ。
元より後先を考える性質でもあるまい。
亡者になるとか、痛みを恐れるとかを忘れて引き金を引きそうだのう。
それ、儂がその一押しをしてやろうじゃないか。
「ところで、おぬしに謝らねばならんのじゃ」
「いまさら! いまさら謝るだと! 許さんぞ! 必ず殺してやる! 貴様も! ヘレナも! 使えん屑どもも! 下らん獣人族も! 皆殺しにしてやる!」
ヘレナとは誰じゃ?
まあ、錯乱した人間の言葉をまともに聞いても仕方なし。
「実はのう。さっきの腔発の事なんじゃが、ありゃ嘘じゃ」
ふむ。
なかなか趣深い顔をしよる。
よく漫画では暴発して手が吹っ飛ぶなんぞ描かれておるが、あんな事態になるのは余程珍しい事態なのじゃよ。
もちろん、無傷とはいえんし、場合によっては指がなくなるかもしれんが、拳銃で腕が吹き飛ぶことはあるまい。
第二次世界大戦の前、砲弾や弾丸の製造が未熟だった時代は本当にあったそうだが、その辺りが発達した現代では手作りの粗末な代物でもない限り、まずおきんそうじゃ。
軍属の知り合いから教えてもろうておるよ。
青柳君に話したら何故かがっかりしておったがのう。
「き、きさ」
「敵の話を信じるのだから、案外人が良いのう」
そもそもの話、これは前世の儂の知識。
拳銃と竜砲では仕組みがまるで違うのだから、撃っておれば銃口に詰まった儂のロープが吹っ飛ぶだけじゃ。
羞恥と怒りで顔を赤く染めたディアロスが吼えた。
「貴様ああああああああああああああああああっ!!」
引き金が引かれる前にロープを抜いて離れる。
黒い砲撃が空に向かって放たれた。
儂を撃ち殺そうと銃を向けてくるが、その前に掴まれていた右肩を首で挟み、復活した右腕でディアロスの肘を持ち上げながら内側へと回す。
関節を極められたディアロスの体が前に流れ、二射目が当てずっぽうな方向に飛んでいった。
体を泳がせておるディアロスの脇腹に体を当てて押し込めば、顔面から床に倒れおった。
受け身も取らんとは余程頭に血が上っておるのう。
その間にディアロスから距離を取る。
さてさて、ここからが本番じゃ。
ディアロスが起き上がり、儂を撃つまでが勝負。
「貴様! 殺す! 殺してやる!」
「それはもう聞き飽きたわい」
軽口を返しながらもロープを全力で制御。
これは儂とて集中せねば成功できん。
縄目を無数の糸にまで解体したロープを操作するのだからのう。
左手の前方。
中空に浮かぶ糸を編み込む。
記憶の図式。
想像した形に寸分たがわず。
活力の収束。
糸の先端まで巡って満たせ。
「死ねえええええええええええええええええええええええっ!!」
立ち上がったディアロスが銃を向けてきた。
躊躇わずに引き金が引かれ、黒い砲撃が放たれる。
「カルロ!」「殿下!」
誰かの叫びが轟音によって飲み込まれていった。
同時に儂が放った白い砲撃が相殺したせいで生まれた轟音に。
巨大な力の激突に空気が振動する中、誰もが言葉を失っておる。
ディアロスは茫然とし、ヴィンセントたち取り巻きは驚愕し、リィナは……どうしてあきれ顔になるかのう?
儂も焼き切れた糸からのフィードバックで衝撃が来ておるのだが、耐えられんほどじゃないわい。
まあ、ともあれじゃ、宣言はせんとな。
「おぬしの竜砲、もろうたぞ?」
奴はとんでもないものを盗んでいきました。
あなたの竜砲です。




