80 グニラエフ立石群 三日目 2
更新時間の設定を間違えました。
申し訳ありません。
今回もリィナの視点です。
80
「ああああああああっぐっ、うづぅ!?」
悲鳴を飲み込む。
声なんて出している場合じゃなかった。
勝手に溢れてくる涙をぬぐう間もなく、座り込んだ石像の裏に隠れる。
左肩。
骨には届いていない。
だが、浅くもない。
溢れ出す血がシャツを濡らしていく。
「はあ、はあ、はあ……。治癒が、始まったか」
強制治癒。
すぐに血が止まり、失われた肉が盛り上がっていき、白い肌で覆われる。
自分の体で起きた現象でも信じられない光景だった。
負傷率が一気に増加してしまったが、亡者になる心配よりも出血死する可能性の方が高かったのだ。
「今だけは感謝するか。キュイ。体を低くしておけ」
僕の左肩を抉った何か。
あれは当たったんじゃない。
掠めただけ。
外れたんだ。
激痛に襲われる一瞬前、後ろから前へと通過して行った黒い何か。
残像なんて見えていない。
そんな気配があったとしか認識できなかった。
超高速の飛来物。
もしも、あれが少しでもずれていたら僕の頭か胸は消え失せていただろう。
石像に隠れたまま覗き見る。
僕たちが通ってきた側。
亡者の増援を防ぐために白炎で燃える通路。
「今のは……」
「ふん。俺の露払いを果たした褒美に一撃で殺してやるつもりだったが、生き延びるとは無礼じゃないか、平民」
声が聞こえてきた。
誰の言葉か気づいただけで平静でいられなくなりそうだ。
得体のしれない感情に荒れる心臓。
胸を掴んでなんとか思考を繋げた。
「やはり、竜砲か」
「俺が声を掛けてやったんだ。自ら撃たれに出てこないか!」
三度の銃声。
黒い砲撃が放たれた。
やはり、見えない。
夜の闇より濃い何かが通過したような気がする。
確かなのは通路を焼いていた白炎に道ができた事か。
その先に見える。
食堂で傲慢に振る舞っていた男の姿が。
第三皇子ディアロス。
黒い竜砲をこちらに向けたまま近づいてくる。
取り巻きが八人。
ヴィンセントの奴もいるな。
奴には必ずカルロの件を謝罪させるとして、今は第三皇子に集中しなくては。
片親とはいえ血の繋がった相手。
倒すべき竜砲を持つ一族の一人。
できるなら、先に最深部に辿り着いた事で勝ち名乗りを上げたかったが、こうなっては直接対決で勝利する他ないだろう。
なにせ向こうは僕を殺すつもりなのだから。
「ふん。どうやら人の後をつける趣味でもあったようだな!」
返事の前に砲撃が来た。
隠れていた石像の胸に巨大な穴ができあがる。
盾としては期待できないか。
「なに。俺の手柄に卑しくも手を伸ばす輩を誅罰するのも皇帝の役目だ」
「素直に僕に便乗して楽をしたと言えないのか?」
「殿下! 平民とはいえここで殺すのは得策ではないかと」
ヴィンセントが怒鳴ろうとしたディアロスを遮った。
八つ当たりで殴られているが、怒りに任せて竜砲を撃つのは止めた。
それまでの五発は好きにさせておきながら、六発目は止めたという事はあの竜砲の連射は六度までという事だろうか。
竜砲は強力なアームズではあるが、絶対無敵ではない。
必ず弱点は存在する。
あれだけ強力な攻撃を無制限に放てるわけがない。
「なんだ、竜砲は打ち止めか?」
皇族の能力だけあって多くの情報が秘匿されているが、今のやり取りから想像できる事もある。
残弾。
そのあたりに限界があるのだろう。
「大方、倒した遺跡群から奪った力を弾にして撃っているのだろう!」
答えは返ってこない。
砲撃もこない。
「ここまで来る途中で撃ち尽くしたか?」
言ってはみたがこの線は薄い。
竜砲を撃つ度に消耗するだろうが、倒した石像や亡者から補給できる。
「それとも六発撃つと、補給に時間が掛かるのか?」
「奴を引きずり出して来い」
命令を受けた取り巻きが向かってくる。
四人。
半分は後ろを守っている。
「予想が当たっていればいいが……」
「きゅう」
地面に低く伏せたキュイが不安げに見上げてくる。
心配ない。
いつだって僕たちはこうやって戦ってきたじゃないか。
取り巻きたちが来た。
足音をキュイが聞き取ってくれるから位置は把握できる。
隠れた石像の裏側。
二手に分かれて左右から回り込もうとしている。
「キュイ!」
一方を僕が。
もう一方をキュイが。
同時にこちらから襲い掛かる。
相手は三年生の先輩だった。
槍と鉈のアームズ。
竜卵だって僕より成長させているだろう。
だが、負けない。
キュイがいち早く二人に体当たりを決めて、吹き飛ばしたのが気配で伝わってきた。
僕と対峙した二人にもそれが見えたのだろう。
僅かに怯むのがわかる。
ここはグニラエフ立石群。
ダメージを恐れるのは当然だ。
その隙を見逃さずに接近した。
武器を振るうのも難しい位置取り。
この距離なら素手の僕の方が有利だ。
低い姿勢の踏み込みから、一人目の顎を掌底で弾き上げる。
ぐらりと傾いたところに体当たりして、二人目を巻き込むように引き倒した。
二人目は慌てて回避したが、僕の接近を止める事ができない。
鉈を振ってくるが、狙いの定まらない攻撃なんて驚異じゃない。
かいくぐって、更に距離を詰める。
そして、鳩尾に膝を突き刺し、前のめりになって落ちてきた後頭部に、組んだ拳を振り抜いて地面に叩きつけた。
強制治癒が働くが、痛みはすぐに消えない。
数秒の猶予ができた。
そのタイミング。
僕は全身を弛緩させた。
足腰だけじゃない。
体を支えている筋肉を脱力させる。
そうなれば、当然体はガクンと崩れ落ちた。
それは最速の落下であり、最適の回避運動でもあった。
刹那の後、頭上を何かが通過していく。
視界の端で竜砲の狙いを僕に定める第三皇子が見えた。
取り巻きにつられて出てくるところを狙っていたのだろう。
「避けたぞ、六発目」
何かが見えたわけでも、聞こえたわけでもない。
ただ、勘だけでもない。
これまでの五発から撃つタイミングを感じていた。
足元に倒れた味方を避けるだろう思考。そして、強制治癒が働かない急所。それが狙いを頭部に限定させたのだ。
地面を蹴る。
ここが唯一の勝機だ。
第三皇子が弾の補給を終える前に、残り四人の取り巻きとまとめて倒す。
全力疾走。
一秒が惜しい。
近づいてさえしまえば。
僕の距離にしてしまえば。
勝てない、わけ、が、な……。
衝撃が僕の中を突き抜けていった。
…1




