75 グニラエフ立石群 一日目 1
75
グニラエフ立石群。
古代獣人族の遺跡。
ノーツ総合学習院の中で移設処置されていない遺跡。
そして、発見から二百年。未だに全容が解明されていない六つの未解遺跡の内のひとつ。
一言で表すなら『台地の上に並べられた巨岩』だろう。
高さ十メートル、半径一キロにも及ぶ円状台地。
その外周は高い岩の壁で囲まれ、侵入可能なのは正面の階段のみ。
岩壁の内側は大小無数の岩が通路のように続き、天然の迷路を形成している。
もちろん、ただそれだけの遺跡なら二百年も全容解明できないままのはずがない。
例えば、外周の岩壁。
急斜面を上って、梯子で越えようとすると岩壁がどこまでも高く伸びる。
地下も硬い岩盤で、掘り進むのは不可能だし、多少は砕けたとしても自動的に修復されてしまう。
例えば、迷路。
学習院が保有する上空から映像で正しいルートを選んでも、攻略できるのは外周だけ。最深部はいつの間にか道が変わってしまうせいでデータが役に立たない。
例えば、岩。
過去に十層到達の竜卵であっても砕けなかった。
例えば、守護者。
岩に擬態した石像が襲い掛かってくる。
「でも、それだけならなんとかなるはずなんだ」
人間が本気で二百年も時間をかければ、偶然でも迷路を突破できる。
半径一キロ。
確かに狭くはないけど、絶望的な広さでもないのだ。
動く石像は厄介かもしれないけど、致命的な相手でもない。
少なくとも竜卵を持つ竜人族なら対処は十分できる。
それなら人海戦術でも使えば簡単に攻略できるだろう。
探索者を百人でも動員すれば、数日と掛からずに最深部へ到着している。
こんな簡単な攻略法、誰だってすぐに思いつくはずで、実際、この遺跡が発見された当時の皇帝が二百人の探索者で調査団を組ませ、グニラエフ立石群に向かわせたという記録が残っていた。
しかし、調査団は失敗した。
しかも、全滅という最悪の結末で。
グニラエフ立石群が未解遺跡と認定される機能によって。
「強制治癒」
そう名付けられている。
名前だけ聞けば都合のいい能力に聞こえるかもしれない。
実際、グニラエフ立石群の内部で負傷しても、たちまちの内に傷は塞がってしまうという。
その回復能力は絶大で、手足を欠損してもしばらくすると元通りに修復されるというのだから驚きだ。
股下から足が失われても、止血さえ間に合えば完治した例まであるらしい。
だけど、この治癒が罠なのだ。
亡者化。
この遺跡で一定以上の強制治癒が行われると自我を失い、亡者と化して周囲の人間に襲い掛かる。
しかも、生前の能力そのままに、負傷しても治癒されながら。
かなりえげつない機能だ。
共に戦っていた仲間がいきなり襲い掛かってくるという性質の悪さ。
数で攻略しようとすれば、その数がそのまま亡者となって牙を剥く。
これによって調査団は内部崩壊を起こし、一人も帰る事なく亡者となり果てたのだ。
「だから、とにかくケガをしない事が大切なんだ」
強制治癒のルールは厳しい。
石像に傷つけられただけじゃなく、転んだとか、仲間割れとか、そんな傷も治る。
一度の治癒ではなくとも、軽傷を何度も癒されて一定値を超えてもダメ。
出入りをしてもリセットはされず、割合の累計は継続される。
強制治癒を止めるために傷口を焼いても、火傷ごと治ってしまう。
これが本当に悪質だ。
なにせ遺跡を守る守護者は岩の像。
疲れもなければ、眠る必要もない相手で、周囲の岩に擬態までする。
対してこっちは人間。
疲れれば休まないといけないし、睡眠だって必要だし、集中力にも限界はある。
ただでさえ難攻不落の変化する迷路という戦場。
常に似たような景色が続き、探索するだけで神経が参ってしまうだろう。
こうなると石像がそこまで強くないというのも狙ったとしか思えない。
それなりに気を張ってさえいれば問題なく倒せてしまえるから、どこかで緊張感が緩み、油断が生じてしまう。
そのために仲間を集めて挑めば、その仲間がいずれ亡者となって襲ってくるかもしれない。
疑心暗鬼に陥り、連携は綻びて、ますます仲間が信用できなくなるという悪循環を起こしていく。
一人でもダメ。
大勢でもダメ。
だから、この遺跡を攻略したければ、強靭な精神力を持ち、高い目的意識を全員が共有し、互いに全幅の信頼を預け有られる、少数精鋭のメンバーを集める必要がある。
「んなの集まるかよ」
魔王退治に旅立つ勇者御一行ぐらいなものだろう。
遺跡攻略なんぞしてないで世直しの旅に行けという話だ。
きっと青柳君あたりが喜んで指揮してくれるぞ。
ともあれ、そんなわけでグニラエフ立石群は凶悪な危険度を誇る未解遺跡としてノーツ学習院に封じられているわけだ。
こんな危険な代物は地の底に埋めてしまえと思うかもしれないけど、諦めるには遺跡の能力は惜しすぎる。
なにせ、強制治癒をリスクなしで再現できたとすれば、その恩恵は計り知れない。
医療や軍事に圧倒的なアドバンテージを得られる。
だからこそ、学習院の内外を問わず多くの探索者が挑戦し続けている。
「ま、ほとんどが外周どまりみたいだけどね」
外周に関しては道が変わらないので、既に地図が出来上がっている。
十分に安全マージンを取れば、ミイラ取りがミイラになるような事態にはならない。
実際、定期的に探索チームが外周の調査に入っていたりする。
この遺跡について儂はエスクリスク聖殿と繋がりがあると考えている。
あの聖殿も地下部分が未発見のままだったことからわかる通り、移設されていない元々この地にあった遺跡だ。
関係ないわけがないだろう。
あちらは上層の舞台にしても、下層の祭儀場にしてもイベント性の高い施設に対して、こちらは極めて実戦的。
おそらく、こちらは戦士の試練のための施設だ。
流れとしてはこう。
ここの最深部に到達できた者だけが、エスクリスク聖殿に挑む資格を得られる。
そして、勝ち進んだ勇者は地下の祭儀場で獣身供犠と戦い、その身を奉げる栄誉が与えられた。
「倒れた先人が敵となって襲ってくるっていうのも同じだしね」
古代獣人族の価値観では強さが何よりも重視されている。
この試練を乗り越えられない戦士は、次世代の戦士のための礎となれとでも考えたのかもしれない。
まあ、その推理が正しいかどうかは最奥に辿り着ければわかるかもしれない。
というわけで、
「さっさと道を開けてもらうよ」
壁に擬態していた石像にこちらから襲い掛かり、動き出すより先に頭を掴んで、そのまま岩壁に叩きつけた。
手に巻いたロープによって遺跡群特効が働き、石像は砕けて石塊となる。
いちいち足を止めない。
頭に叩き込んだ外周の最短ルートを走り続ける。
こんな事をすれば不意打ちは避けられないと思うかもしれないけど、対策はしてある。
「っと!」
左手のロープを進路に向かって投げ放つ。
竜卵が孵ってからまだ二ヶ月経たないけど、質の高い戦いを繰り返したおかげで俺も操作が上達している。
鞭のように、とはいかなくても、撫でる程度の威力でなら動かせるようになっていた。
キキィン
そうやってロープを張り巡らせれば、壁や岩に擬態している石像に遺跡群特効が反応する。
もちろん、こんな威力のない触れただけのロープでは倒せないけど、擬態をあぶりだせれば十分だ。
前方の左右に隠れていた石像。
右の一体に拳で撃破しつつ、伸ばしていたロープで左の一体を拘束。
ようやく動き出そうとした時には自由を奪われている二体目に、すかさず右の拳を叩き込んで打ち砕く。
発見から撃破まで五秒と掛かっていない。
擬態さえ見破ってしまえば石像は簡単に倒せる。
そして、亡者も外周にはほとんどいない。
外周には探索者の手が入るし、そもそも外周で力尽きてしまったのだから元々実力がないので駆逐済みだ。
問題は中層部から先。
そこには実力のある亡者が守っている上に、地図も役に立たない。
この遺跡の本番そこからなのだ。
「こんな所で手間取っていられないんだよ」
夜の闇の中、俺はマルスからもらったゴーグルを頼りに走り続ける。
俺と儂が選んだグニラエフ立石群の攻略法。
即ち、強力な個人による短期決戦。




