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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
間章 学園編 1
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66 お誘い

 66


 結局、初日は先輩に出くわす事もなく、皆と食事を取り、久しぶりのお風呂を堪能し、備え付けのベッドと思えない柔らかなベッドで眠り、快適に目覚め、なかった。


「おはようございます。ご主人様」


 目を開けると、直近にヴィオラの顔。

 なんというか、もうこんな目覚めも何度目かになると慣れてくる。

 少なくとも地下に落ちてリィナのどアップを見た時ほどは動揺しなかった。


 とりあえず、勝手に同衾していた従者人形を蹴り出しておいた。

 転がり落ちたヴィオラは割と重い音を立てて床に激突し、しかし、ダメージはないのかすぐに立ち上がって一礼してくる。


「ありがとうございます」

「なんで、礼を言った!」

「ご主人様から頂けるものならば全てが喜びになるからです」


 しまった。

 喜ばせてどうするんだ、俺。

 どうせ何をしていたか聞いても昨日のようにテールの町の誰かの趣味嗜好が暴かれるだけだろうから、そこはつっこまない。

 もうロッコの闇はお腹いっぱいだ。


 だけど、これだけは言わなくてはならない。

 立ち上がり、ヴィオラの鼻先に指を突き付けて強い言葉をぶつける。


「いいか? 俺と添い寝していいのはシャンテだけだ! シャンテのためのスペースを使うなんて許さないぞ! もし、シャンテがお兄ちゃんと一緒に寝たいと潜り込んできた時に先客がいたらかわいそうだろう!」

「勉強になります。私の配慮が足りませんでした」


 こくりとヴィオラも頷いてくれた。

 ふくよかな胸元に手を当てて、宣言してくる。


「では、私はご主人様とシャンテ様の枕となってお役にたちましょう」


 もう窓から外に飛び降りろとでも命令してしまおうか?

 いや、ダメだ。

 人間離れした身体能力があるから五階ぐらいからなら平気で着地する。


 それにしてもこいつ、人形だけあって自分を物扱いするのに抵抗がないな。

 万が一、誰かに目撃されたらどうするんだよ。

 専属メイドを枕代わりにして寝る遺跡学科主席の睡眠シーン。


 とにかく、そういう体を張った奉仕は禁止して、身支度を整えたところでヴィオラが赤い布を差し出してきた。


「こちらをお召ください」

「これはコート、じゃなくて、マント?」


 広げてみるとフードつきのマントだとわかった。

 背中と肩に双頭竜の柄――校章が刺繍されている。


「特待生用のマントです。お出かけの際はこちらを着用するように、と」

「ふうん。マントね。」


 マントなんて恥ずかしいななんて思いつつも、ちょっと俺も儂もワクワクしていたりする。

 男の子としては一度ぐらい堂々と纏ってみたいじゃない。

 真っ赤ですごい目立ちそうだけど、義務だって言うなら仕方ないよな。うん。


「大変、お似合いです」

「そう?」


 ヴィオラは俺ならなんでも褒めそうだけど、ちょっと嬉しかったり。

 着てみると意外に軽い布地で邪魔にならないし、蒸し暑くもなさそうだ。

 姿見で見ると着られている感があるけど、そのうち馴染むだろう。


「よし。下に行こうか」

「はい」


 二階に下りると、食堂にリィナがいた。

 既に朝食は終わっているのか、食後の紅茶を楽しんでいたらしい。


 なんというか、俺と同じ双頭竜マントなんだけど完璧に着こなしている。

 俺なんかとは貫録が違う。

 カップを傾けているだけなのに、すごい絵になる光景だった。

 心なしか周囲のメイドさんの視線もリィナに釘づけだ。


「カルロか。こっちだ」


 俺に気付いて声を掛けてきてくれる。

 あの近くに行くと比較されるのがわかって気後れしそうになるけど、リィナには何も非がないのだ。


「おはよう。早いね」

「ああ。カルロもな」


 周囲の視線は考えないように言い聞かせて席に着くと、すぐにヴィオラが朝食を用意してくれた。

 さりげなく、リィナにも紅茶のお代わりを勧めて、仕事の手を止める部下たちを一瞥で働かせる辺りは完璧なメイド長だ。


「……ずっとそんな感じならいいのに」

「私の特別をお見せするのはご主人様だけですから」

「変な誤解をされそうなことを言うな。さっさと仕事に戻れ」


 パンとベーコンエッグとサラダにスープ。

 シンプルなメニューなだけに作り手の腕の高さと、使われている食材の良さがはっきりとわかるな。

 孤児院の質素な食事はもちろん、昨日まで使っていた食堂の料理とはレベルが違う。


 まあ、どんな料理もシャンテの手作りには及ばないけどな!

 二番目はアリア姉で、三番目はロミオ兄。ティレアさん? うん。あの人の料理は家族の愛情では覆せないハイレベルの産物だから。


「カルロ、話がある」

「うん。なに?」


 俺が食事を終えるのを待っていたのか、ヴィオラが空いた食器を下げて、コーヒーを置いたところで話しかけてきた。


「今日の予定は決まっているな? まさか、一晩あって何も考えていないわけもないだろうが念のためだ(予定はあるか? あるなら諦めるが)」

「そうだね。とりあえず、午前中は図書館に行って学習院の遺跡について調べようと思ってる。それ次第で午後に行く先は決めるつもり」

「なるほど。妥当な線だろう(僕も一緒だ)」

「あ、じゃあ、よかったらリィナも一緒に行かない?」

「ふん。カルロがそういうなら付き合うのもやぶさかではない」


 背後でウサギさんがぴょんぴょん飛び跳ねているな。

 なんというか、リィナって孤高っぽい雰囲気だけど、寂しがり屋なのかもしれないな。

 マルスが一年待って入学のタイミングを合わせてくれたというのにも感謝していたし。


「すぐに出るのか?」


 席を立ったリィナは足元から肩掛けの鞄を持ち上げる。

 既に準備万端らしい。

 よっぽど楽しみだったんだな。


「じゃあ、俺は筆記用具を取ってくるから下で待っててくれる?」

「あまり待たせるなよ(楽しみだ!)」


 軽い足取りで一階に向かうリィナを待たせては悪い。

 もう一台の昇降機で自室に戻って手早く支度を終える。

 ヴィオラに見送られて一階に向かうと、リィナが誰かに話しかけられていた。


 女子生徒だ。

 俺たちと同じ双頭竜のマントを付けているという事は、先輩の特待生らしい。


 なんというか、第一印象は美人。

 それもとびっきりの。

 遠くから見てもわかる整った顔立ち。

 扇情的なプロポーション。

 軽くウェーブした金色の髪は照明を受けて輝き、微妙に露出の多い服装と、ちょっとした仕草の艶っぽさのせいで異性には刺激が強すぎる。


 今もリィナの腕を取って、楽しげに話しかけていた。

 普通の男子ならもう顔面崩壊レベルでデッレデレになってそうなものなのに、リィナは迷惑そうに顔を逸らそうとしている。

 リィナさん、マジクール。


 そんなストイックリィナが俺に気付くと、ムスッとした顔の背後にウサギさんを飛び跳ねさせた。


「おい。カルロ、来たなら声を掛けないか(すまない。助けてくれ)」

「あ、うん。その、どちらさま?」


 とりあえず、知らない事には何も始まらない。

 女子はチラッと俺を見つめて、すぐに蕩けそうな柔らかい笑みを向けてきた。


「初めまして。君がカルロ君ね? わたしはマリアンヌ・ビラ・シス・トワムって言うの。一般科の三年生の次席なの」

「初めまして。遺跡学科一年主席のカルロです」


 ほんと、何気ない挨拶なのにドキドキしそうになるな。

 それにしてもトワムか。あとミドルネーム。それって竜帝国の名づけ方じゃないよな。そうやって見てみるとこの国とは顔立ちが違うように見えてくる。


「カルロ?」


 睨まないでよ、リィナ。すぐに助けるからさ。


「それで、マリアンヌ先輩」

「マリーでいいわよ?」

「じゃあ、マリー先輩。リィナに何か?」

「うん。図書館に行くんだって? 勉強熱心よね。それで、わたしが案内してあげようと思ってお話してたの。だから、悪いけどカルロ君は次の機会にしてほしいな、って。ね? いいでしょ?」


 顔を近づけて微笑まれると反射的に了承しそうになるから恐ろしい。

 香水でもつけているのかいい香りがして鼓動が早くなってしまう。


「でも、約束、してましたし」

「ほら。今度の一年生は男子の方が多いじゃない。三年生は逆に女子が多くてね。三年生が一年生を案内するとバランスもいいと思うの。大丈夫。カルロ君にも他の子を呼んであげるから。わかるでしょ? わたし、リィナ君と仲良くなりたいの。とっても、ね?」


 うわ。全然引く気がないな。

 これはリィナを標的に定めた捕食者だ。

 マリー先輩――いや、エロビッチ先輩の中ではリィナをお持ち帰りするのは決定事項になっていて、他の選択肢なんて有り得ないと思っている。


 今まで接してきた異性にはないタイプで対処に困る。

 近いのはマリンさんだけど、あの人だって相手が嫌がっていたら無理に詰め寄ってこないからなあ。


 視界の端でリィナがどんどん不機嫌になっていた。

 これはもうすぐ爆発してしまいそうだ。

 まだ賭けのお願いで一日デレデレ状態を執行していない状況で、ツンツンさせてしまったらこれからの学生生活が過ごしづらくなるぞ。


「あら。男女比は合ってるじゃない。ねえ、カルロ?」


 背中をバシンと叩かれて振り返れば、筋肉の壁。

 制服をはち切りそうな頼れる胸板があった。


「マルス!」


 軽くウィンクをして先輩との間に割って入ってくれた。

 あ、背中にカナンがおぶさっていたんだ。っていうかしがみついているのか? マルスの体が大きすぎて全く見えなかった。


「あたしはマルス・エント。先輩、勘違いしているわ。見ての通り今年の一年生は男女の数は一緒よ。ね?」

「あ、うん。そうだね」

「ふん。そうだったな」


 さすがの先輩もマルスの迫力に言葉が出ないらしい。

 うん。少なくとも着ている制服の男女比は同じだ。


「じゃあ、あたしたちは用事があるから。失礼しますわね」


 先輩が復活する前にマルスが歩き出したので、それに合わせて俺もリィナの腕を取って脱出。

 早足で寮から出れば、先輩も追ってはこなかった。

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