64 主席と次席
奴が……来る!
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帝都ドラクルは重要拠点である。
竜帝国の首都なのだから言うまでもない事と思うかもしれないけど、首都に選ばれるだけの理由があるという話だ。
竜帝大陸西部の交通の要。
背後を峻厳な山に守られた防衛しやすい土地。
山には鉱山があり、海へ繋がる大河が近く、周辺は肥沃な大地。
長い歴史の中で多くの支配者がここに都を築いてきたのだ。
その中には当然、竜人族以外の種族も含まれている。
獣人族や精霊族や魔族。
当時の覇権を握った人々がこの地で暮らし、そして、滅びるたびに新たな文明が上書きするというサイクルが重ねられたのだ。
結果、帝都の周辺からは非常に多くの遺跡が発掘されたらしい。
遺跡の下に全く違う種族の遺跡が見つかるなんて事もあったのだとか。
だからこそ、魔導具の製作で他の国々を大きく上回り、竜帝国の発展の大きな要因となっている。
「すごい発想よねえ」
「まったくだな。呆れるほかないだろう」
ノーツ総合学習院は遺跡学科の創設してから、それらの遺跡を少しずつ施設内に移動させてしまったというのだから驚く他ない。
確かに実物の遺跡が近くにあれば研究も捗るだろうけど、様々な問題をクリアして実現してしまう点こそが一番の驚異だ。
マルスとリィナは驚きと呆れの混じった溜息を吐いている。
「新入生にノーツ学習院のすごさを見せるためだったんだろうなあ」
映像装置といい、遺跡の移設といい、学習院の力を示すには十分だっただろう。
少なくとも大陸最高学府に入学しただけで満足してしまったり、調子に乗ってしまっていた新入生にはいい刺激になったはずだ。
もっとも、そうじゃない人もいるけどね。
「しかし、あの遺跡も探索していいのだろうか? やはり、許可はいるだろうな。順番待ちになっていたら面倒だが、いや、その前に下調べからか」
リィナは竜卵を撫でながら一人で計画を呟いているし、マルスも腕組みしたまま考え込んでいた。
「あの魔導具の元になったのは何かしらねえ。精霊族、の雰囲気じゃない気がするし、魔族なのかしら? 魔族の遺跡って数が少ないからわからないことだらけで、ええ、楽しいわ」
二人ともやる気が溢れているな。
どちらにしろ、ベリアン院長の目論見通りだったのだろう。
儂だってすぐにでも遺跡に特攻したくてうずうずしているし。
けど、そうもいかない。
説明会が解散になった後、新入生は職員に連れられてそれぞれの学生寮へと案内されていったのだけど、俺たちは講堂の前で迎えを待つように言われたのだ。
なんでも特待生は専用の寮が用意されるらしい。
メンバーは俺、リィナ、マルスに加えて、あと三名。
ビシッと生真面目に制服を着た男子と、いかにものほほんとした雰囲気の女子。
そして、扉の影に隠れてチラチラとこちらを見ている女子が一人。
この人たちが一般科の二人と魔導学科のもう一人なのだろう。
「ねえ、マルスなら魔導学科の次席が誰かわかるんじゃない?」
「ん? ええ、わかるわよ。あら、そんな所に隠れて」
魔導具についての考察を続けていたマルスに声を掛けると、こちらに視線を送り続けていた女の子に気付き、のしのしと迫っていく。
女の子はあっちを見て、こっちを見て、最後にマルスを見て、逃げるように奥へ隠れようとしたけど、その前にマルスに捕まってしまった。
両脇に手を通すように軽々と持ち上げられて、そのままこっちへ連行されてきた。
うん。おまわりさんに通報したくなる絵面だな。
女の子が青ざめているところなんて特に犯罪的。
「紹介するわね。この子が魔導学科の次席のカナンちゃんよ。カナンちゃん、こっちのシスコンっぽいのが遺跡学科の主席のカルロで、ツンツンしているのが同じく次席のリィナね」
「おい。誰がシスコンだ」
シスコンっぽいってなんだよ。
そんなの見てわかるわけないだろ。
俺の体から何が溢れているっていうんだ。
「ほら、お姉さんが大好きなんでしょ?」
「服の事を言ってるの? そりゃあ、家族なんだから大事に想っているけど、そんなんじゃないよ。第一、最愛の妹がいるんだから勘違いしないでくれ」
「やっぱり、シスコンなんじゃない。大丈夫。シスコンでもカルロはカルロよ。嫌いになったりなんかしないから」
俺とマルスが言い合っていると、持ち上げられっぱなしだった女の子――カナンが小さな声で話しかけてきた。
なんで、この子はもう泣きそうになっているのか。
「あの、シスコンさん、よろしく、お願い、します」
「シスコンさんとか呼ばないで!?」
思わず叫んだらマルスの腕の中で小さくなってしまった。
膝を丸めて、頭を抱えてアルマジロみたいになっている。
なんだか俺がいじめてるみたいで困ってしまう。
どうやらかなり怖がりみたいだし、もっと穏やかに接した方がいいようだ。
「あー、ごめん。驚かせちゃったね。俺はカルロ・メリヤ。よろしくね。あと、シスコンさんとは呼ばないでくれると嬉しい」
「ひゃ、ひゃい。私は、カナン・ティンパネラ、です」
涙目ながらもちゃんとあいさつが交わせて、一安心だ。
「僕はリィナ・セルツだ。マルスが手に余るなら言え。手を貸さんでもない」
「ひぃ、ふぁ、ふぁい。ごめんなさい」
続けてリィナが声を掛けると、あからさまに怯えられて、謝られてしまった。
まあ、雰囲気がとがっているからね。
俺みたいに内心を副音声で翻訳できないと初対面じゃ厳しいかもしれない。
リィナはリィナで小さな女の子に怯えられて、表には出していないけど地味に落ち込んでいるな。
しょんぼりと耳を垂らしたウサギが見えるぞ。
「ねえ、そっちのあなたたちも自己紹介ぐらいしない? これから同じ寮に住むんだし、ね?」
大惨事になっている友人たちをまるっと置き去りに、マルスは残りの二人に声を掛けた。
男の子がきびきびと、女の子がのんびりと近づいてくる。
女の子より先にやってきた男の子の方がピンと背筋を伸ばして斜め四十五度の角度でお辞儀を決めた。
「私はサムエル・トランジスだ。トランジス男爵家の次男。歳は十三歳だ。一般科の次席に選ばれた。お見知りおき願おう」
あ、この人は貴族なんだ。
トランジス男爵家って言われてもわからないけど、どうなんだろう?
第一印象だとヴィンセントよりは話せそうだけど。
やっとやってきた女の子も続けて挨拶してくれた。
いかにも貴族令嬢っぽい優雅な仕草でスカートを摘まんだ一礼だ。
「わたくしはミレーヌ・ニレイム。ニレイム子爵家の三女よ。サムエル君と同い年ね」
こっちもか。
やっぱり学力が求められる一般科は貴族の出身が多いのかな。
巡廻授業しか勉強の機会のない平民と違って、貴族だと家庭教師を雇うそうだからなあ。
俺たちも自己紹介を終えたところで、サムエルがぐっと身を乗り出してきた。
目に炎を宿したような雰囲気に思わず後ずさりそうになる。
「君たちがリィナにカルロか。筆記試験での成績、実に見事だった」
「は、はあ」
「普段、どんな勉強をしている? 誰に教わった? 得意な分野はあるのか? よい勉強法を知っているなら是非、教えてほしい。いや、その前に復習だ。試験の最終問題についてなんだが……」
ぐいぐいと迫られて口を挟めない。
マルスほどじゃないけど、俺たちより背の高いサムエルに見下ろされるとそれだけで圧迫感がある。
カナンなんかは再び丸まってしまったじゃないか。
「ほら、サムエル君。そんなに聞いちゃ困っちゃうわ。落ち着いて?」
「しかし、ミレーヌさん。私は彼らから学ばなければ。一般科の代表として遺跡学科の彼らに勉強で負けたままでは、同じ一般科の生徒に示しがつかないでしょう」
あー、こういう人なのね。
なんというか、言葉は悪いかもしれないけど、バカ真面目っていうか……そう、愚直な感じだな。
ヴィンセントのせいで貴族に悪い印象があったけど、こういう人もいると思うと安心できる。
まあ、話していると疲れそうなのは一緒だけど。
こっちは気分が悪くならないからずっといい。
「ごめんなさいね? サムエル君って真面目だから」
「いや、大丈夫――です。わかりますから」
「あ、わたくしは普通に話してくれて結構よ。学習院では同級生だし」
「うむ。私も同じように願おう」
二人がいいならこっちも助かる。
ちょっと様子を見ていたマルスも話に加わってきた。
「二人は知り合いみたいだけど、前からの知り合いなのかしら?」
「そうなのよ。領地が同じ州の隣だから、親も貴族だけど仲が良くてね。あ、その子かわいいわね。わたくしもだっこしていいかしら?」
「ひゃい!? ひゃ! ふえ!?」
「ふふふ。もう、かわいいわねえ。本当にかわいくて……いぢめたくなっちゃう」
「そうよねえ。かわいいのよねえ、この子……食べちゃいたいくらい」
いきなり息がぴったりだな、この二人。
というか、サムエルもミレーヌもマルスの姿を気にも留めないんだけど、器が大きすぎるんじゃないか?
それにしても、最後に不穏当な声が聞こえた気もしたけど、気のせいだよな。
なんだか背筋がぞわっとしたけど、気のせいだ。
経験上、こういう時は深入りしない方がいいから言い聞かせる。
「これなら大丈夫そうかな」
ツンデレさんに、女装筋肉に、ビビり小動物に、堅物ノッポに、のんびりさんの皮を被ったドSとタレント揃いだけど、悪い人じゃなさそうだ。
貴族の二人も思ったより気安くて、寮生活でギスギスするとかはなさそうだ。
これがヴィンセントだったら大惨事だったぞ。
大事な学生生活の基盤なんだから、気疲れしない環境にしないとな。
「皆さま、お待たせいたしました。特待生専用寮へご案内に参りました」
話し込んでいて気づかなかった。
俺たちを案内する人がやってきていたらしい。
声を掛けられて振り返る皆に対して、俺は硬直していた。
いや、だって、今の声、まさか、ねえ? 嘘でしょ?
嫌な予感がしながらも、勇気を持って振り返る。
果たしてそこにいたのは想像通りの人物だった。
「申し遅れました。私はヴィオラと申します。カルロ様専用の奴隷でございます」
どことなく誇らしげなヴィオラがそこにいた。
視界の端で皆が俺たちから一歩距離を取ったような気がするけど、気のせいだと信じたい。
サプライズ従者。
ご主人様に嘘はついていなかった。




