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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第二章 エスクリスク聖殿
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58 古の勇者

 58


 儂の突撃に獣身供犠は迎撃で応えた。

 真っ直ぐに踏み込んで来よる。


 小細工は好まない獣人の性質も失われていないのはありがたい。

 回り込んでリィナから狙われればどうしようもないからのう。

 とはいえ、儂の方に来たからと言って嬉しいわけでもないがの。


「ぅぅおおおおおおおおおおおっ!」


 獣の咆哮。

 威嚇のそれだけでも吹き飛ばされてしまいそうな気がするわい。


 左右から同時にふるわれる爪。

 儂の頭と腰辺りを狙った薙ぎ払い。

 まるで抱きしめるような仕草にも見えるが、避け損なえば命はないのう。

 声で怯んでおったら終わりじゃった。


 選択は回避の一択。

 上か、下か、後ろか。

 いや、真ん中にしようか。


 獣身供犠の両腕。

 その上下の合間。

 そこに頭から飛び込んだ。

 まっすぐに伸ばした体の上と下を奴の腕が掠めて通過していく。

 凶悪な風切り音に胆が冷えるわい。


 だが、意表は突けたのう。

 歴戦の勇者であってもこの対応は想定の外だったようじゃ。

 上か下へ逃げていたならば返す一撃で仕留めるつもりだったのだろう? そっちへ行っておったら命はなかったじゃろうなあ。

 おかげで反応が鈍いわい。


 そのまま毛皮にしがみつき、体を折り曲げ、腹に向かって足刀を叩き込む。


 そして、蹴った反動を使って後方に宙返り。

 僅かに遅れて獣身供犠が払った腕が儂のおった場所を抉りおった。


「ふんっ!」


 空中からロープを伸ばす。

 熊の左腕に巻きつけ、宙で流れる体を制御。

 自ら引っ張って着地を早める。


 ぐぅおんっ!


 右の爪が宙を掻いた。

 あのまま浮いておったらやられておったわ。

 まったく、楽をさせてくれんのう。

 一手でも選択を誤れば即死する未来しかないわい。


「む?」


 今度は儂が引っ張られた。

 奴が左手に巻きついたままのロープを力任せに引き寄せたようだ。

 自由な右腕は渾身の一撃を放てる姿勢。

 掬い上げるような一撃だろうか。


「ふん」


 狙い通りじゃよ。

 でなければ、用も為したのにロープをそのままにするものか。


 引かれるのに合わせて自ら跳躍する。


 奴が引っ張って初速を稼いでくれたおかげで限界以上の速度が出るわい。

 想定を超えた接近に慌てて爪を振るうが、それは悪手じゃな。

 体勢を自ら崩すだけよ


 奴の爪が届く頃には儂は奴の左肩の上に着地しておる。


「ほっと」


 噛みついてきよったか。

 だが、それも想定内。

 軽い跳躍で躱して、上顎を踏み潰す。

 そして、背後に飛び降りるついでに、ロープを引っ張りつつ、無防備な後頭部へ全力の一打を叩き込む。


 キィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイインッ!


 不十分な体勢がさらに崩されて、そこで受けた一撃に巨体がぐらりと揺れた。


 が、揺れただけ。

 倒すにはまだ足りないようだ。

 殴った後頭部の赤いペイントが明滅するものの、すぐに元の形を取り戻す。


 着地すると同時にロープを回収してダッシュ。

 振り返った獣身供犠が怒り狂ったように爪を薙いでくる。

 巻き込まれてはたまらん。


「ふう」


 十歩の間合いを取って対峙する。

 睨み合ったまま情報を精査。


 まず、奴の攻撃の中心は腕、それと至近に限って牙。

 蹴り技は得意としておらんな。踏み潰しを警戒しておけばよいだろう。

 熊に寄せた体型のせいかのう。

 脚力はあるが、走力ぐらいにしか有効活用できておらん。

 ぶっちゃけ足が短いのだ。


 だが、それだけに重心が低く、安定しておるわ。

 全身も筋肉の装甲で固められているせいで、打撃の威力がまるで徹らんしのう。


 ロープで拘束するなど考えられん。

 力だけで千切られてしまうわい。


 狙うとすれば、やはりあの赤いペイントか。

 遺跡群特効が効いたのだから、あれこそが遺体を動かしている仕組みの胆じゃろう。


「問題は、儂のストレンジでも破壊できん事だがのう」


 効果はあった。

 消えそうなそぶりだったものなあ。

 奴が体を揺らしたのも打撃の成果ではなく、ペイントが明滅していたせいかもしれん。

 だが、修復してしもうた。

 そこをどうするか。


「む」


 辺りの闇が遠のいた。

 奴の巨体の向こう側ではキュイの頭上に白い光の球体が浮かび上がっておる。

 例の白炎は準備万端のようじゃ。


「ならば、儂が仕事をせねばならんよなあ」


 拳と拳を打ち付けて、再度の突撃。


 獣身供犠は逡巡するように身を固めた。

 先のやり取りで奇策を警戒したのじゃろう。

 出方を探るようなぬるい貫き手を放ちおった。


「むんっ!」


 その腕の下を内から外へと潜り抜ける。

 そして、伸びきった無防備な腕に狙いを定め、左右の拳を連続で叩き込んだ。


 キィイキィイキィイキィイキィイキィイ!


 一撃の重さを削ったぶんだけ回転を上げる。

 奴の腕を覆った赤いペイントが明滅を繰り返した。

 切り返しは来ない。

 この状態では腕を動かせんのか?


 儂の推測を裏付けるように放たれる、もう一方の逆の爪。

 下からアッパーの軌道で放たれたそれをスウェーバックで回避。

 頬が浅く裂かれるが、回避の隙は最小限に収めた。

 目の前で通り過ぎる腕を追いかけて、拳を重めに二発。

 短い発動音を待たずに、追撃。


 がら空きの腹に右の一撃。

 次いで脇腹へ左フックを突き刺す。


「っと、ぬう!」


 頭上から落ちてくる両の爪。

 もう復帰とは早いのう。

 サイドステップで躱すが、左肩に痛みが走った。

 ちと、深いな。

 左の肩から血が噴き出しおる。


「だから、どうした」


 その程度の覚悟はとうにできておる。

 大道芸の類は仕舞いじゃ。

 小細工抜きで打倒してやるとな。


「ぬうんっ!」


 奴は両腕を床に打ち付けた姿勢。

 顎が隙だらけじゃぞ?

 まだ奴に見せておらん斜めの軌道で右拳を突き上げる。


 キィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!


 いい音がしよった。

 先の一撃と同じようにぐらりと揺れる。


 その間に連撃を続ける。

 足を止め、腰を落とし、左右の拳で弾幕を打ち出すようにラッシュ。

 だらりと落ちた双腕を滅多打ち――ペイントが乱れる。

 巨体を支える両膝に打ち下ろし――ペイントが乱れる。 

 復帰しそうな顎をアッパーで打ち上げ、落ちてきたところを床に叩きつけるつもりで殴りつけ――ペイントが乱れる。


「リィナ!」


 声を張り上げながら走る。

 模擬戦で見た白炎の範囲外まで一直線に。


 数秒の後、背後が燃え上がるように輝く。


 急ブレーキで振り返れば、白い炎が広場を焼き払っていた。

 色濃い闇さえも燃やし尽くすような灼熱の炎。

 あまりの高熱に石板さえも融解しておる。

 模擬戦であれに突っ込むのだから、俺も無茶をするものだ。


 その中心で獣身供犠が座り込んでおった。

 動けぬまま身を焼かれておる。

 このままならば骨も残さず燃え尽きるじゃろう。


「……ふう、まったく」


 思わず呟いて、


「勇者とは難儀じゃのう?」


 走り出す。


 目指すは炎の海。

 リィナが何事か叫んでおるが聞いておれん。


 なにせ、獣身供犠が立ち上がろうとしておるのだから。


 古代獣人族の勇者は戦いを諦めておらん。

 命が果てて尚、役目を全うしようと動き続ける。

 なるほど、確かに奴は勇者じゃのう。


 その目が見据えるのは白炎を放ったキュイと、その主たるリィナ。

 直接、睨まれている両者は気迫に飲まれてしまい、身動きもできんようだ。


「やらせんよ」


 助走の勢いから跳躍。

 石板を砕き割り、低い弾道で前へと。

 一直線に二十メートル近い距離を跳び越える。


 着地点。

 獣身供犠が儂を見た。

 その目が何を想うておるのか。


 仇敵への怨念か。

 待ち望んだ己を超える者への称賛か。

 それとも、やっと安らかに眠れるという安堵か。

 きっと、彼にしかわからんよ。


 儂にできるのは、


「もう眠れ」


 引導を渡してやるだけよ。


 その胸の真ん中、心臓の失われた空洞に拳を叩き込む。


 キィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!


 巨体が、崩れ落ちた。


 重たい音を立てて倒れ伏す。

 明滅していたペイントは完全に消失し、修復も始まらない。

 まるで耐性を失ったように白炎で焼かれていく。


 さて、儂はどうすればいいかのう?

 こやつを足場にして焼かれんようにしておるが、いずれはここも失われてしまう。


「カルロ!」


 リィナの声に振り返れば、頭上に気配がする。


「きゅ」

「おお。おぬし、飛べるのか」


 キュイが炎の届かない位置で飛翔しておった。

 儂がその足へとロープを伸ばすと、宙へと運ばれていく。


 それと時を同じくして、獣身供犠が焼け落ちていった。

 古の勇者の最期じゃった。


「ぬしが生きておったならば、儂は勝てんかったろうなあ」


 奴の体を動かしていたペイントを機能不全においやって、リィナたちの協力があったからこその勝利。

 でなければ、強靭な肉体を活かした戦術を破る事などできんかった。


 儂は古の勇者に祈りを送り、宙を行く間に黙祷を奉げた。

例によって例のごとく、儂はボクシングも教え子に教わって、教えた生徒をノックアウトしています。

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