52 二次試験 3
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「ヴィンセント様、お気を確かに!」
「やー、あの人、強いっすね。ありゃ、無理っしょ」
ヴィンセントがお付きの二人に左右の腕を引っ張られて待機スペースに運ばれていく。
模擬戦が終わって少しは調子も戻ってきたらしく、やたらと吼えまくっていた。
「ええい、貴様ら取り乱すな! 足が滑っただけだ!」
「そうです! ヴィンセント様の転び方はとても芸術的でした!」
「ぷっ、そりゃあ派手にこけましたねえ」
なあ、お付きの二人。
本当にヴィンセントの部下なの?
特にミリムとか呼ばれていた娘の方。絶対に尊敬してないだろ。ティムという男の子もかなりずれているぞ。
そんなやり取りを横目にリィナと合流する。
リィナが俺をじっと見つめてきた。
「……本気にはなっても、全力は見せないか」
「まあね」
竜卵を使わなかったのは、使う必要がないという以上に、次の対戦相手であるリィナに手の内を見せたくなかったからだ。
「ふん。慎重な事だ。余程、僕を警戒しているらしい(僕とは本当に本気で戦うつもりなんだな。嬉しいよ)」
「うん。余裕なんてないから」
「言ってくれる(その誠意には戦いで応えてみせよう)」
さて、雑談も程々にしておこうか。
何やらメモ帳に描き込みをしていたベリアンが手を止めて、こちらへと歩いてきた。
その手の二本の棒を俺とヴィンセントに差し出してくる。
「次はマーク付きの方を取った方とリィナくんの対戦となります」
さて、俺としては連戦でもいいけど、どうせならヴィンセントの戦いぶりを見ておきたいところだな。
竜卵を使ってくれると、尚いい。
なんて考えている間に、ヴィンセントが奪うようにして棒を選んでしまった。
まあ、いいんだけどね。
一応、残った方を取って、先端を見ると――無印。
「決まりましたね。次の対戦はヴィンセントくん対リィナくん。両者は対戦の位置へお願いします」
ヴィンセントは二連戦か。
さっきの恐怖を拭えているのだろうか。
別に心配ではないけど、少しは頑張ってもらわないとリィナの力が見れない。
「この程度の醜態、ぼくの美技で拭ってみせる!」
「さすがはヴィンセント様です!」
「ひゅー、すっげー、がんばってー」
お付きの声援を受けて、ずかずかと進んでいった。
本当にメンタルが強いらしい。
その精神をもっといい方向に伸ばしていればいいのに。
「では、行ってくる」
「うん。頑張って。わかってると思うけど、あいつは弱くないよ」
「わかっているから、問題ない。よく見ていろ」
リィナは自分より高レベルの竜卵持ち相手に臆した様子もなければ、昂る素振りもない。
二人が適度な距離を置いて、立ち止まった。
「これがぼくの竜卵だ!」
ヴィンセントが開始の合図の前に竜卵を発動させる。
光を放つ竜卵のシルエットがぐにゃりと変形して、すぐに別の形となって構成されていく。
現れたのは一振りのレイピア。
そうだね。別に禁止されていないんだから、俺みたいに手札を隠すつもりじゃないなら最初から発動させておくのが正しい。
ヴィンセントは素早く構えを取り、その切っ先をリィナに向ける。
騎士の家系の出身だというフランス出身の生徒から、儂がフェンシングを教わっているけど、その基本姿勢とよく似ていた。
姿勢もよく、基本を身につけているのがわかる。
「ロクトルの剣術を味わうがいい!」
リィナは完全に無視。
竜卵を手に冷たい目でヴィンセントを見据えている。
時間を置いて怒りは治まるどころか、我慢していた分だけ燃え上がっているようだ。
「それでは、始めてください」
ベリアンが開始の合図を告げる。
最初に動いたのはヴィンセント。
無言のまま一直線にリィナへと詰め寄る。
そして、遠い間合いからの一突き。
全身を開くようにして飛び込んだ一撃は素早く、長い。
真っ直ぐにリィナの喉に向かう。
しかし、当たらない。
リィナはヴィンセントの攻撃の気配に合わせて背後に跳んでいた。
その距離の分だけ切っ先は届かずに宙をひっかく。
「ふっ!」
躱されるのは想定の内だったのか、ヴィンセントは止まらずに突きを繰り出していく。
一撃目のような飛び込みではなく、細かいフットワークで間合いを徐々に詰めながら、一撃必殺を狙わずに手足を狙った連撃。
四層分の竜卵の強化は絶大だ。
超高速で放たれるレイピアの切っ先を捉えるのは至難だろう。
リィナはヴィンセントの動きから次を予測して、先んじて動く事で回避を成功させているけど、これではジリ貧だ。
竜卵の能力はヴィンセントの方が上なのだから、いずれ身体能力の差で覆される。
「くっ!」
一際鋭い一撃がリィナの足を掠めた。
遺跡の効果でケガはしていないけど、衝撃に足の動きが鈍る。
その隙をヴィンセントは見逃さない。
「シェェエイアアアアアアアアアアアッ!」
奇声を上げながらの一突きがリィナの胸に放たれる。
回避不能の一撃に、リィナは僅かに唇を歪めていた。
笑みの形に。
舞台に金属が打ち合うような音が響いた。
対戦する二人は互いを睨み合ったまま動かない。
代わりに動くのはリィナの竜卵。
光を放ちながら形を変えていく。
レイピアの切っ先はそこで止められたままだ。
そして、ついにリィナの竜卵が発動を終えた。
「……は?」
そんな間の抜けた声を上げたのはヴィンセントか、それとも観客の誰かか。
いや、自覚してないけど、俺かもしれない。
それぐらい驚いている。
現れたのは巨大な蛇だ。
大人でも簡単に絞め殺せてしまいそうな大蛇。
「生物型……」
青い瞳に群青の鱗。
背には黄金の毛並。
口腔に覗く牙は鋭い。
滑らかに身を揺らす姿は美しくも威風堂々。
でも、一番注目しなければならないのは、背から伸びた羽だ。
蝙蝠とはと違う、鳥の翼。
刻一刻と極彩色に変化する羽毛。
羽ばたくたびに光の粒子が宙を踊る。
「……ケツァルコアトル」
翼ある蛇。
古代マヤ・アステカ文明における創造神にして、太陽神にして、風と雨の神。
明けと宵の明星となったもの。
もちろん、前世とこの世界では文明が違う。宗教が違う。神話が違う。ケツァルコアトルと呼ばれる神は存在しない。
だけど、この威容はまぎれもなく神格視されるだけの風格を纏っていた。
リィナはその背を軽く撫でて、鋭い眼差しをヴィンセントに向けた。
「ヴィンセント・ロクトル。発言を撤回するつもりはあるか?」
圧倒されていたヴィンセントは弾かれたみたいに大きく後ろに跳んだ。
考えての動きではない。
少しでも脅威から離れようという生存本能の働きだろう。
それを人は怯えと呼ぶ。
逃げた後にその事に気付いたのか、ヴィンセントは蒼白だった顔を朱に染めた。
そして、レイピアを一振りして己を奮い立たせると、再びその切っ先をリィナへと向ける。
「くどい! ぼくは、ロクトルは平民なんぞに負けない! それをぼくが証明するのだ!」
飛び込む。
勇敢と思う者もいるかもしれないが、これはただの無謀だ。
竜卵のレベル差なんて意味がない。
これはそんな事で覆せる存在じゃない。
全力の一突きは蛇の鱗に弾き返された。
切っ先が欠けたのか、ヴィンセントの体が大きく揺れて、それでも倒れない。ぎりぎりで足を踏み出してこらえる。
「主人さえ倒せば!」
ヴィンセントは倒れ込んだ姿勢から、低く、鋭く、踏み込んだ。
咄嗟の思いつきだろうけど、狙いは正しい。
どんな強力なアームズやストレンジでも、使い手さえ倒してしまえば意味はない。
だけど、そんな事は使い手が一番知っている。
決死の特攻を為したヴィンセントに待っていたのは、万全の状態で待ち構えていたリィナのカウンターだった。
必死ゆえに単調だった突きは躱され、芸術的なクロスカウンターが頬に突き刺さり、ヴィンセントの体を床へと捻じ伏せる。
相変わらずケガをしたりはしない。
それでもショックで動けないヴィンセントの頭上に影が差す。
そこには大蛇の尾が振りかぶられていた。
「残念だ」
リィナは一言を残してヴィンセントから背を向けると同時に、容赦なく尾の一振りが叩きつけられた。
凶悪な音が響き、舞台が砕けて、ここまで地面が揺れる。
これ、ヴィンセントは無事なのか?
さすがに安否が気になってしまう。
遺跡の能力に限界があったとすれば、大変な事になるぞ。
俺と同じ事に思い至ったのか、会場からもざわめきが広がっていく。
「――そこまでです」
ヴィンセントは無事だった。
リィナと大蛇から少し離れた場所に現れたベリアンが抱えている。
気絶でもしているのかぴくりとも動かないけど、生きてはいる。
いつの間に割って入ったのか、ベリアンが間一髪で大蛇の一撃から救ったようだ。
「勝者、リィナ・セルツくん」
わかりきった決着が宣言された。
会場に満ちた驚きはすぐに興奮へと昇華されて、大きなうねりのように声となって空気を揺らす。
そんな中、リィナは俺を見て、好戦的な笑みを浮かべている。
俺、あんなのと戦うの?
あれ? こっちの方が主人公っぽい……。




