51 二次試験 2
51
「これより最終組の試験を始めます。ヴィンセント・ロクトル君」
「ふん」
ヴィンセントが俺たちを睨みながら返事(?)をする。
どうでもいいけどお付きの双子までついてきているな。観客席で待たせておけよ。
「リィナ・セルツ君」
「ああ」
続けてリィナ。
舞台に立った時点でライバルだと宣言して、俺からも適度に距離を置いている。
「カルロ・メリヤ君」
「はい」
最後の俺が呼ばれて役者は全員舞台の上。
おっとりした雰囲気の紳士が、受験生である俺たちに恭しく一礼してくる。
「最終組の試験を担当いたします、ベリアンと申します。どうかお見知りおきを」
試験官というよりは名家の執事みたいだ。
職員にも教員にも見えない。
でも、儂の感覚がこの人は強者だと教えてくれる。
どうやら最終組の試験官を任せられるだけの実力者らしい。
「ルールは至って簡単。一対一での模擬戦です。既にご覧の通り、この場では戦いによる傷はつきませんので、どうぞ全力で挑んでください。制限時間はありませんが、わたくしの判断で止める場合もあります。使用が許されるのは自身の肉体と竜卵のみ。暗器や魔導具等の持ち込みは一切不可。発覚した時点で不合格となります。質問はありますか?」
既に聞いているので問題ない。
それぞれが頷くと、ベリアンが三本の棒を差し出してきた。くじ引きで対戦が決まるのか。
俺が引いたのには赤い線が入っていた。
それぞれ見るとリィナは無印。ヴィンセントのには俺と同じマーク。
「では、一戦目はヴィンセントくん対カルロくんです。両者前へ。他の方はわたくしの後ろまでお下がりください」
ベリアンに促されてリィナたちが離れていく。
これだけ離れていれば巻き込む心配はないかな。
「平民風情が調子に乗って」
俺にだけ聞こえる声でヴィンセントが挑発、じゃないな。
暗く淀んだ目をしている。
恨みとか、怒りとか、良くない感情が渦巻いていた。
プライドを傷つけられたからってここまで怒るものか?
「ロクトル家の名に賭けて、貴様に思い知らせてやる」
あー、リィナも何かしらぷっつんスイッチがあるなって思ったけど、こっちもか。
貴族ともなると俺には想像できないようなごたごたがあるんだろう。
だからといって、リィナやアリア姉の作ってくれた服を侮辱した罪は許さないけどな。
「二人ともよろしいですね?」
声を掛けられたけど、俺もヴィンセントも睨み合ったまま視線を逸らさない。
返事を待つまでもなく、雰囲気で答えを察したのだろう。
すぐにベリアンは宣言した。
「それでは、始めてください」
開始の声と同時にヴィンセントが竜卵を取り出す。
表面の印はアームズ。検査の時の通り、四層まで到達済み。
という観察を、飛び出しながら終わらせた。
「これがぼくの――」
先に動いたのは俺だ。
スタートダッシュ。
最初の一歩から全力疾走。
二歩の踏み込みで間合いはゼロになった。
「りゅう――」
急加速の勢いのままに跳び上がり、前蹴りをイメージしながら――顔面にヤクザキック。
ヴィンセントを思い切り蹴り上げる。
「りゃんっ!?」
七層まで達した竜卵による強化はやっぱり強力で、ヴィンセントは交通事故にでも遭ったみたいに吹き飛んでいく。
空中で縦回転する事、一回半。
見事な伸身宙返りから、着地は――大失敗。
顔面から着地して、そのまま天地逆さまのスケートみたいに滑り、受け身も取れずに全身を床に打ち付け、さらにゴロゴロと転がっていき、ようやく止まった。
「………」
カウンターや一撃受けてからの後の先を狙っているのではと警戒していたけど、単純に俺の速度についてこれなかったようだ。
うん。油断はしちゃいけないけど、これなら過度な警戒もいらないな。
ヴィンセントが何か言おうとしていたけど、知らないよ。
格上相手に時間を稼ぐわけでもなく、交渉するでもなく、悠長に無駄話する方がおかしい。
「今のはリィナを侮辱したぶん」
観客席も異様に静かだ。
何が起こったのかわからなかったのかもしれないし、わかっている人間も言葉がないのかもしれない。
「なん!? はあっ!? ええっ!?」
ガバッと身を起こしたヴィンセントが言葉にならない叫びを上げている。
何が起きたかわからなかったのか、辺りを見回して、自分がさっきまで立っていた位置からずっと遠くで倒れていると気づくと、さらに混乱を深めている。
ずいぶんと元気な様子だ。
本当に怪我しないのか。
大丈夫だというからちょっと本気でやってみたんだけど、生きているなら良かった。
遺跡の力がなかったらいくら四層の竜卵の持ち主でも危なかっただろう。
どんな力が働いて防御しているのかわからないけど、大したもんだ。
うん。おかげでやりすぎてしまう心配がない。
「きさ、貴様! ぼくの竜卵の力を――」
仕切り直そうとでも思ったのか、立ち上がりながら竜卵を掲げるヴィンセント。
あの惨状の中で竜卵を手放さなかったのは褒めてもいいかな。
もちろん、黙って見ている理由はない。
二度目の全力疾走。
距離はさっきより開いてしまっているけど、ほんの数秒の差だ。
むしろ走行距離が増えたおかげで、間合いに入った時には前より速度が増していた。
「これはアリア姉の分」
「だれりゃっ!?」
顔面に今度は跳び膝蹴り。
静まり返った舞台に爆発じみた音が響いた。
儂の経験を引き出したムエタイ式の一撃で、宙に浮かび上がるヴィンセント。
奇麗な放物線を描いている。
ざっと三メートルぐらいは浮かんでいた。
でも、まだだ。
今度はさっきみたいに様子見しない。
着地したのは俺の方が先。
三度目のダッシュで宙に浮いたヴィンセントを追随。
その予測落下地点に先回りして、追い越したところで反転。
頭からまっさかさまに落下してくるヴィンセントと目が合った。
すっかり恐怖に染まってしまった目で、それでも俺を睨んでくるのだから根性はあるのかもしれない。
まあ、だからといって、手は緩めないよ。
上下逆さまのヴィンセントの胴体に飛びつき、両手の自由をホールド。
拘束を解こうと暴れるけど、些細な抵抗だ。
「そして……」
彼我の体重を乗せて、顔面から床へと叩きつけた。
受け手の表裏が逆転したスープレックスというよりは、人間をボールに見立てたラグビーのタッチダウンだろうか。
相手がダメージを受けないという状況でなければ、絶対にやれない技だ。
それだけにヴィンセントの恐怖はいかばかりか。
わかっていたとしても、無抵抗で石畳に顔面から叩きつけられるという体験はトラウマものだろう。
俺が拘束を解いても、ヴィンセントは立ち上がれない。
そこに指を突きつけ、奴の罪を糾弾した。
「そして、今のがシャンテの分だ!」
「だから、誰だよ、それ!?」
おう。
つっこんでくるとは本当に根性だけはあるな。
だが、わかってない。
俺を――いや、メリヤ孤児院の誰かをバカにするという事は、それを大切にしているシャンテをもバカにしているという事なのだ。
優しいシャンテの気持ちを踏みにじる奴は絶対に許さないぞ。
「そこまでです。勝者、カルロ・メリヤくん」
いつの間にかやってきていたベリアンが俺の手を高く掲げて、勝敗は決した。
しばらくの沈黙を挟んで、客席から歓声が上がる。
うん。
それにしても、良かった。
無難に手を上げて観客席に応えつつも内心でホッと一息つく。
俺、ちゃんと強いよな。




