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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第二章 エスクリスク聖殿
48/179

45 友達

 45


 受付の列に並ぶ。

 お別れをしている間にずいぶんと人が減っているおかげであまり待つ事もなく、順番が回ってきた。


 くたびれた感じの中年のおじさんだ。

 かなりお疲れのご様子。

 明後日の入学試験のために大陸中から受験生が来ているのだから、職員さんは連日大忙しなのだろう。

 ご苦労様です。


「まずはこの用紙に必要事項を記入してくれ。わからない点があったら聞くように」


 名前、年齢、出身、希望学科、竜卵の種類と詳細。

 書き終わると、番号札とプレートが渡される。


「それが君の受験番号だ。寮は正門近くのレンガの建物で赤い屋根が男子寮。寮ではその番号と同じ部屋を利用するように。食事は食堂で定刻まで利用できる。それから、向かいに白い建物もあるが、そちらは貴族出身者用の寮なので間違って入らないでくれ」

「はい」


 差別とは思わない。

 貴族と平民を同じ建物に入れて、トラブルが起きるよりはちゃんと区別した方がいいに決まっている。


「あと、学習院内は無闇に立ち入らない事。多少の見学は構わないが、警備員から注意された場合は従いなさい」

「わかりました」


 最後に入学試験は明後日の朝からだと告げられて、通用口を通り抜けた。


「……やっぱり、すごいな」


 門の向こう側は学校の中というより、街の中と評した方がいいだろう。

 正門から奥へと伸びる大通りの両脇には、背の高い建物が並んでいる。

 さすがに人の数は負けるけど、さっき見た帝都の街並みに近い。本格的な商店があるみたいで、様々な店を制服姿の男女が出入りしている。


 何がすごいかって、そんな建物の中に校舎とか研究棟とか、そういう教育施設が見当たらない事だろう。

 つまり、ここは学習院における生活スペースに過ぎない。


「おい、邪魔だ。こんな場所で立ち止まるな」


 後ろから険のある声が飛んできた。

 慌てて振り返れば、冷たい眼差しと目が合う。

 次いで目に入るのは整った顔立ちの男子。

 首筋で束ねた長い金髪や、シンプルながらも高価そうな生地の服からはどことなく高貴な気配がした。

 印象は氷とか、針とか、そんな感じだろうか。

 なんというか全体的に鋭い。目つき、顔つき、雰囲気、体のシルエット、どれもが梁みたいに尖っている。

 ここにいる以上は俺と同じ受験生で、同じ年頃のはずだけど、雰囲気のせいか大人びて見えた。


「どいてくれないか? 通れない」

「あ、ごめん」


 これは完全に俺が悪い。

 どうやら俺が通用口の前で足を止めてしまったせいで、道を塞いでしまったらしい。

 風景に気を取られていて全然気づかなかった。


 道を開けると彼は小さなバックを手に通り過ぎようとして、途中で足を止めた。


「君は帝都の人間ではないな」

「え、うん。フォクシス州のテール村から来たんだ」

「知らない名前だ」


 まあね。

 フォクシス州自体がそんなに有名でもないし、その中でも地方のテール村を知っている人間なんて竜帝国の人間でも僅かかもしれない


「この帝都に不慣れならあまり油断しない事だな。帝都にはよくない人間も多い。さっきの君のように景色に見とれていると痛い目に遭うぞ? その受験票を盗まれたり、な」


 高圧的な口調でわかりづらいけど、これは忠告してくれているのかな。

 俺みたいに儂の影響でちょっとはものを考える相手ならいいけど、同年代の子供だと脅されたとか、侮られたとか、見当違いな誤解をされてしまいそう。

 うん。きっと、言葉づかいで損をするタイプだ、この子。


「おい、聞いているのか。聞こえているなら返事ぐらいしないか」

「ああ。ごめん。ありがとう。気を付けるよ」

「そうか。なら、いい」


 俺の返事に納得したのか、今度こそ彼が歩み去ろうとしたところで、再び背後から声が降ってきた。


「もう、リィナったら、またそんなぶっきらぼうな言い方しちゃって、誤解されちゃっても知らないわよ?」


 実に女性らしい口調の――太い声。

 声のした方向を見上げれば、身長二メートル近い大男が通用門を通り抜けてきたところだった。


「それに酷いじゃない。あたしを置いてっちゃうなんて」


 語尾にハートとマークとか付きそうな話し方を続けつつ、巨体をくねらせて、一歩ごとにしなを作る彼? 彼女? はハイヒールでも危なげなく歩いてくる。

 なんか所々が透けて見えてしまうドレスから覗くのは、鍛え抜かれた筋肉の装甲は、その、なんというか、すごく……たくましいです。


 もうそれだけでお腹いっぱいだというのに、ヘアスタイルはアフロで、でっかいサングラスまでつけていて、全身から違和感が溢れ出していた。


「マルスといると目立つから近くにいたくないんだ」

「ひどいわ。あたしはリィナをこんなに大事に想っているのに」


 器用にウィンクを決める彼――マルス。

 ただのまたたきのはずなのに、直撃を受けたらダメージを受けそうな迫力だ。


 リィナと呼ばれた彼は深々と溜息を吐いていた。

 うん。こんな怪生物に親愛を寄せられたらそんな反応になるよね。

 有無を言わずに攻撃したり、全力で逃げ出さないだけ大人な対応とも言える。


「あなたも、ごめんなさいね? リィナに悪気はないの。わかってくれる?」

「は、はいっ!?」


 矛先が急にこっちに来て驚いて裏声になってしまった。

 その、ふっとい指先で胸を突いてこないでくれないかな!?

 頭一個分ぐらい上から覗きこまれると威圧感もとんでもないんだけど……。


「いや、大丈夫! わかってるから! 俺を心配して忠告してくれたんでしょ!」

「へえ?」


 マルスは俺の返答を興味深そうに聞いている。

 なんだこれ、怖い怖い怖い!

 覗きこまれるだけで心の中の何かが削られている感じがするんだけど。


「珍しいわね。リィナのこと、わかってくれる人なんて」

「ふん。勘違いするなよ。僕は公正な試験が行われてほしいだけだ。試験を受ける前につまらないミスで失格する人間がいたら気に障るだろう」


 ツンデレ、ありがとうございます!

 儂の記憶の青柳君が敬礼している。

 実にテンプレートなリアクションだった。

 思わず俺も感心してしまう。


「……よく見たらなかなかかわいい顔してるじゃない。ふふ。気に入ったわ」


 おかげで逃げるタイミングを失っていた。

 不穏当な発言に気付いた時には遅かった。


「あなた、あたしたちとお友達になりましょう? あたしはマルス・エントよ。こっちの子がリィナ・セルツ。あなたは?」

「おい、マルス」


 勝手に話を進められたリィナが眉をしかめて止めるけど、マルスは取り合わない。

 俺の肩を大きな手で掴み、さらに顔を近づけてくる。


「いいじゃない。ね、あなたもいいでしょ? それとも、嫌な理由、ある?」


 あるなんて言おうものなら、色々と大変な未来が待っていそうだった。

 まあ、リィナは悪い奴じゃなさそうだし、マルスは……その、傍から見る分には面白そうだし? 友達になるのが嫌ってことはない。

 無駄に目立ってしまいそうだけど、本気で活躍しようとしたらどうせ注目を集めるだろうから割り切ろう。


「俺はカルロ・メリヤだ。カルロでいいよ」

「ふふ。よろしくね、カルロくん? 頑張っていっしょに合格しましょうね?」

「まったく、ライバルと友情を深めても辛い思いをするだけだろうに」


 そんなふうにリィナは溜息を吐いているけど、本当に嫌だったら断固拒否していそうだし、彼はツンデレだから本心ではないのだろう。




 拝啓、故郷の皆さん。

 変な友達ができました。

ヒロイン登場w

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