44 正門前にて
さすがに毎日四話更新は無理ですね。
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大型魔導車が正門の前に止まり、降りていく乗客に流されるように歩くと、目の前には巨大な門があった。
高さにして五メートルぐらいありそうだ。
重々しい金属の扉で、余計な装飾もないシンプルな造りをしている。
大砲の一撃さえ防ぎそうな雰囲気に他の人たちも息を飲んでいた。
左右に続く壁も扉に負けていない。
扉に合わせた五メートル以上の高さ。
上部には人が行き来が可能なスペースもある分厚い壁。
その全てが黒一色で染め上げられ、整然と石質の壁面が続いている。
威圧感というならこちらの方が上だろう。
上から見下ろした感じだと、この壁は学習院をぐるりと取り囲んでいるようだ。
第一印象はダム、だろうか。
近くで見ると本当にこの壁はどうなってるんだ?
まったく切れ目というか、継ぎ目というか、接着面が見当たらない。
まるで一枚岩を削り出したみたいじゃないか。
もしかして、魔導具とかで作られたのかもしれないな。
「それにしても、ずいぶん厳重ですね」
「どうしてだと思う」
考察を促すようなノルト神父の返しに、改めて扉と壁を見る。
明らかに一般の技術にない建築物。
「学習院の研究結果を守るため、ですか?」
「ふむ。正しいな。他には?」
「やっぱり、生徒を守るためですかね。高い授業料を払える家の子供が大勢いるから狙われそうですし」
「それも正しい。他には?」
まだあるのか。
視線を後ろの帝都側に戻す。
大型魔導車の向こうには、針葉樹の合間につづら折りの坂が見えた。
「……帝都の南部には城壁がありませんでした。あの坂があるからかもしれませんけど、この学習院が有事の時に防衛拠点になるか、とか」
「軍事利用は戦術次第だが、不可能ではないな」
うーん。
促されはしなかったけど、ノルト神父の雰囲気からすると完全正解じゃないみたいだ。
「降参です。他にもあるんですか?」
「外から内ではない。内から外だ」
指先をくるりと半周させてみせるノルト神父。
それで言いたい事がわかった。
「まさか、学習院から何かを外に出ないための檻?」
「その何かについては調べればわかるだろう」
車内でも言っていたな。
よし。ますます気になってきた。
落ちる気は最初からないけど、絶対に合格してやる。
見れば、鉄門の脇にあった通用口が開いて、職員らしき人が受験者に呼びかけている。
受付を開始するのだろう。
「カルロ。受験料はどうなっている?」
「お二人ともお待ちしておりました」
後ろから声を掛けられて、振り返ればヴィオラがいた。
いつものシスター服ではなく、良いところのお嬢様が来ていそうなドレス姿だ。
「ヴィオラか。息災で何よりだ」
「ありがとうございます、ノルト神父」
丁寧に一礼してから、ヴィオラは俺へと木製のケースを差し出してくる。
「ごしゅ――カルロ様、こちらがお約束の金貨百三十枚です」
というように、ストーリーをでっち上げたのだ。
これなら受け渡しも不自然じゃないはず。
「……令嬢が一人で大金を持ち歩くのは感心できんな」
うっ、確かに。
さらりと渡してきたけど、普通の女子なら持ち上げるのも難しい重量だし。
内心でどうしたものかと考えている間にヴィオラは頭を下げる。
「ご心配いりません。私もこの学習院の所属ですので」
はあ? と言わなかった俺を褒めてやりたい。
「そうか。それならば問題ない。今のはつまらん男の小言と忘れてくれ」
「いえ、お気遣いいただきありがとうございます」
俺が口を挟む間もなく、二人は話を終わらせてしまった。
いや、いいんだけど、すぐにばれそうな嘘を……。
「では、確かに送り届けた」
受付を済ませたら、受験生は試験日まで学習院内の寮に泊まれるらしい。
けど、それは受験生のみ。
付き添いはこの門までなのだ。
「はい。ありがとうございました」
ノルト神父が背を向けて、帰りの人間を待っている大型魔導車に向かっていく。
その背中に向かって深く頭を下げた。
贈ってくれる事になって、最初は少し面倒だなんて思っていたけど、ついてきてもらって良かった。
見送っていると、車に乗り込むところで振り返った。
「試験は明後日からだったな。私は今日の魔導列車で帰途に就くつもりだが、数日待っても良い。どうする?」
つまり、試験に落ちた時のために待とうかというわけだ。
挑戦的な笑みで問われれば、その問いかけの意図は明確で、答えは決まっていた。
「いえ、大丈夫です。合格しますから」
「よろしい。お前の成長を竜帝様も願っておられる。たゆまぬ努力を期待しよう」
満足そうにひとつ頷いて、今度こそ乗車するノルト神父。
そうして、ノルト神父を乗せた大型魔導車は帝都へと走っていった。
よし。
ここまで観光気分なところもあったけど、切り替えていくぞ。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「はい。お供します、ご主人様」
当たり前みたいにヴィオラがついてこようとした。
冷たい目で見据えると、不思議そうに首を傾げている。
「受験者しか入れないの。ヴィオラは大聖堂で待機。定期的に孤児院と連絡するって決めただろ」
「いえ、問題ありません。私はご主人様の人形。つまりは所有物。物ですからご一緒できるはずです」
なるほど。
つまり、俺はヴィオラを連れ添って、学習院の受付をしている職員に、『これは俺の物だから持ってはいるぞ。いいな?』と言えばいいのか。
外見は貴族令嬢にしか見えないヴィオラを、物扱いする孤児院出身の田舎者。
入学前から伝説を作らせる気か。
「いいから、大聖堂に、帰れ」
「そんな……」
ひとつひとつ区切って強く命じる。
ヴィオラは無表情ながらも驚愕したように呟き、背後ではいつもの子犬のオーラを項垂れさせている。
「ほら。人が多いうちに隠れないと目立つぞ」
「承知、いたし、ました。ご用命、お待ちして、おります」
段々と芸が細かくなってきたな、この従者人形。
とぼとぼと街と別の方向に向かっていく。
どこかでいつものシスター服に着替えて、大聖堂へと転移するのだろう。
ノルト神父の言う通り、帝都近郊とはいえ女性の一人歩きは危険だけど、ヴィオラならある程度の自衛も可能だから心配いらない。
さて、今度こそ行こう。




