36 孵化
18時にも番外編を更新しております。
未読の方はよろしければそちらもご覧ください。
36
冬の終わりが近づいてきたある日。
メリヤ孤児院のメンバーは礼拝堂に集合していた。
時刻はもうすぐ日付が変わる頃。
誰もが神妙な顔で俺を見ている。
いや、シャンテは眠いのかグラグラと頭を揺らしては、ハッと目を覚まして、しばらくすると再び揺れてを繰り返していた。
ベッドに運んであげたいけど、参加を表明したのはシャンテなので、寝落ちするまでは好きにさせてあげよう。
ちなみに、一年前にヴィオラは大聖堂に戻している。
ティレアさんの創作ストーリーの流れだ。
お別れの時にシャンテが泣きじゃくって、彼女のスカートにしがみついたのは意外だった。
ライバルとして接している内に、家族のように思うようになっていたのだろう。
別に嫉妬なんてしていない。
シャンテの世界が広がるのはいいことだ。
うん。そうだ。間違いない。よかった、よかった。
ちょっとさびしいけどね……。
そんなヴィオラも今日は久しぶりに孤児院に来ていた。
遠く離れた場所にいるという事になっているので、あまり人目につくのは良くないのだけど、今日ばかりは見逃せない、と頼まれたのだ。
深夜の礼拝堂なら見られる心配はないだろうという事で許可していた。
今は倒れそうなシャンテの背中を支えてあげている。
今日は特別な日なのだ。
遺跡の探索からもうすぐ二年になる今日は、俺――カルロ・メリヤの十二回目の誕生日。
あともう少しで俺は十二歳になる。
それは竜卵が孵化する日でもある。
ティレアさんが懐中時計を開いて、時刻を確認した。
未だに自称二十代半ばの不良シスターは俺に頷いてくる。
「そろそろだ。カルロ、竜卵を持っとけ」
「うん」
ポシェットから竜卵を取り出すと、ロミオ兄とアリア姉が息を飲んだ。
いつもの印を隠すための絵の具を今日はしていない。
だから、本当の印が見える。
印は既に七層に到達している。
竜卵の前面(最初から印があった方)は白い場所より印の割合の方が多くなって、十層に到達すると全て埋め尽くすはずだ。
「孵化前でこれは……」
「すごいねえ、カルロ」
二日に一度ぐらいの頻度でシェロカミン大聖堂で人形と戦ったおかげだ。
やはり、層が増えるにつれて成長速度は落ちていったけど、これなら簡単に負けない、と思う。
うん。断言はできない。
かなり強くなったのは確かだ。
ロミオ兄から教えてもらった武術。
竜卵による身体能力の強化。
実戦を重ねて得た経験。
俺は強くなったと胸を張って言える。
なのに、ティレアさんに勝てない。
あの不良シスター強すぎるんだよ。
最初のようにぼっこぼこにされるような事はなくなったけど、有効打を入れられればいい方で、油断すると何もさせてもらえずに押し切られるパターンもしばしば。
ちなみに、参考までにティレアさんの竜卵を見せてもらったら、十層まであった。
勝てないわけだと納得したのを覚えている。
「始まるぞ」
ティレアさんの言葉で意識を竜卵に戻した。
見れば竜卵が金色に輝いている。
最初はぼんやりと包み込むような感じだったけど、みるみるうちに光量が増して、深夜の礼拝堂を明るく照らし出した。
「お兄ちゃん!」
「ヴィオラ。シャンテを捕まえておけよ。ロミオとアリアも手伝っとけ」
明るくなって目が覚めたシャンテがこちらに来ようとしたけど、その前にティレアさんの指示が飛んで、三人掛かりで確保されている。
あの何かあった時、とりあえず俺に飛びつこうとするシャンテの癖はどうにかしてあげないとな。
いや、嬉しんだけど、いつでも俺の側が安全とは限らないから。
「カルロ、慌てるなよ」
「大丈夫。わかってる」
竜卵の孵化は危険ではない。
だけど、ストレンジの竜卵は何がでてくるかわからないのだ。
出てくるのが日用品や、そこらの小石ならいい。いや、良くないけど。まあ、少なくとも周りを巻き込む心配はない。
しかし、それが巨大だったとしたらどうだろうか。
机や椅子。
岩なんて例もある。
それと竜とか獅子みたいな大型獣。
そんなのの下敷きになったら危ない。
それに動物型は主人の感情の影響を受けるという話なので、興奮とか混乱が伝わって暴走する可能性もある。
特に俺の竜卵は七層まで到達した例外中の例外。
未成長の竜卵なら出てくるものも小さいけど、俺のだといきなり巨大な何かが生まれてしまうかもしれない。
本当に何が出てくるのか。
不安と期待が同じぐらい胸の中で渦巻いている。
探索者として生きていくなら、遺跡群との戦いで有用なものでなければ、大きなハンデとなってしまう。
筆とか出てきたらどうすればいいんだ。
どこの世界を探してもそんな物で化け物じみた敵と戦うやつはいないだろう。
「おい。なるようにしかならねえよ」
顔を上げると、ティレアさんが自身の竜卵を手に俺を見ていた。
十層まで到達した竜卵。
遺跡から帰還した時の双剣を思い出す。
「何かあったら、オレがなんとかするからじっとしとけ」
なので、ティレアさんの存在はありがたい。
きっと、何が出てきても対処してくれるだろう
「ああ。そん時は竜卵を使用不能にすっから、お前もぶっ倒れるけど、いいよな」
なので、ティレアさんの存在は怖い。
きっと、言い忘れたのは強者ゆえの傲慢さだろう。
「そういうのは先に言ってよ!」
「わりっ」
「軽い!」
まあ、いつものようなやり取りのおかげで気持ちが楽になったよ。
ティレアさんの言う通り、なるようにしかならない。
まったく使えない物が出てきたとしても、その時はその時だ。
今までのように卵を片手に遺跡群を殴り飛ばすだけじゃないか。
何が出てきたところで俺の夢も、やる事も変わらない。
覚悟が決まった直後、一際強い輝きが礼拝堂を埋めた。
瞼の向こうで光が薄れていく。
間近で起きた爆発みたいな光のせいで、目がチカチカしてよく見えない。
でも、手の中には確かな感触がある。
これは……細長いな。
蛇、か?
いや、あれみたいにヒンヤリしていないし、触っても反応がない。
この様子だと動物系ではないのかな。
手触りはザラザラしている。
細長い何かを手繰りってみるけど、なかなか終わりがやってこない。わりと、というか、かなり長いな、これ。
うん。というか、ちょっと予想できてきた。
俺じゃなくて、儂の方の感覚に馴染んでいる。
「あー。こりゃあ」
ティレアさんの呟きが聞こえてきた。
一番先に目が見えるようになったのだろう。
俺も視界が回復してきた。
そして、見る。
「やっぱり」
俺の手の中にあったのは一本の長いロープだった。
紐をより合わせたタイプで、茶色っぽい色をしていて、長さは……ちゃんと測ってみないとわからないけど、たぶん十メートルぐらいありそう。
「これは、うーん」
「長いねえ」
「これなら縛っていただく事も……」
「お兄ちゃん?」
皆の声を聞きつつ、俺と儂が思い浮かべたのは、
「微妙」(最高じゃ)
という矛盾した感想だった。
わりと予想はされていたとは思う。




