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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
間章 少年編
29/179

27 折る

 27


「ご苦労さん。休んでていいぞ」


 ダウンしたロミオ兄とティレアさんが交代する。

 ロミオ兄は仰向けになって倒れたまま起き上がらない。

 あれ、大丈夫かな? 二回目からはちゃんと受け身を取ってたし、怪我はしていないはずだけど。


 同じだけ動いていた俺は息も上がっていないし、ほとんど疲れてもいない。


「おかげでよくわかったぜ」

「……もしかして、ロミオ兄を実験台にした?」

「ちげえよ。客観的にお前の動きを見たかったんだ。それにロミオに話す時、実感した後の方が納得できるだろ?」


 もっともらしい事を言ってるけど、どうなんだろうか。

 自信喪失したロミオ兄がかわいそうでならない。

 いや、散々投げ続けた俺の台詞じゃないけどさ。


「ほら、オレが相手してやるから、余計なこと考えてねえでかかって来い」


 誤魔化すつもりじゃないんだろうけど、手招きしてくるティレアさん。

 思えばティレアさんの竜卵はアームズとは知っていたけど、模擬戦とかするのは初めてだ。


 手加減しないと危ないんじゃないかな。

 ロミオ兄とやってみてわかったけど、今の俺はかなり強くなってるみたいだし。


「遠慮してっと怪我するぞ?」

「って、うわあっ!」


 少し気を抜いている間にティレアさんが踏み込んできた。

 さっきのロミオ兄と比べてずっと速い。

 慌てて後ろに跳んで距離を取る。


「わかったな? じゃあ、来い」


 再びティレアさんは手招き。

 どうやらこの不良シスター、教会の戒律なんてどこ吹く風とは思っていたけど、かなり戦えるシスターらしい。

 変に遠慮してたらコテンパンにされてしまいそうだ。


「いくよ」

「おう」


 短い言葉のやり取りに合わせて、今度は俺から飛び込んだ。

 リーチはこっちの方が短いから、間合いを詰めて細かく打ち込んでいく。

 一撃の重さより、速さを重視した拳。

 狙いは顔は問題外として、回避の難しいお腹――も危ないから、手足のつけ根辺りに集中させる。


「と、っと、っと。うお、はええな」


 しかし、当たらない。

 ティレアさんは全て躱してしまい、ガードさえ必要としていない。

 それどころか避けながら話し始めた。


「まあ、もうお前もわかってると思うけどよ。竜卵は遺跡群を――つうか、異種族の力を打ち砕くたびに成長すんだ」

「このっ!」


 さらに回転を上げた。

 威力は完全に捨てて、まずは一発当てる事に集中する。

 それでも躱されてしまう。


「っと、ひゅう、あぶな。で、成長っていうのは、ふたつある。ひとつは、竜卵の遺跡群特効の効果が上がるっていうのも、わかってるか」

「これなら、どうだ!」


 下段蹴りと見せかけてからのバックブロー、からさらに貫き手に繋げる三連撃。

 完全に見切られた。

 全て紙一重の位置を通過したけど、避け方に無理がない。


 嘘だろ! これも当たらないの!?


「マジか。お前、学者だったんじゃねえの? キレよすぎだろ。えっと、そんで、もうひとつが体の強化な。運動能力だけじゃねえぞ。頑丈さとか、傷の治りとか、反応とか、そういう全部が上がるんだ。もうわかってるよな」


 まだティレアさんは余裕で解説している。

 説明は前に想像していた通りだったから聞き流す。


「お前の竜卵は、もう三層目の半分までいってるから気を付けろよ? ロミオが相手でも勝負になんねえんだから、オレ以外の奴と組手すんのも禁止な」


 それは了解した。

 子供のケンカだって気を付けないと事故を起こしかねない。

 拳打を繰り返しながら、頷いておく。


「それから、竜卵の印は絵の具で塗りつぶして、隠す事。いいな? お前みてえに竜卵の状態で成長した奴はたまにいるんだけどよ。そんな無茶なやり方が広まっちまったら大変だからな」


 それも了解だ。

 俺の場合は前世の経験(かなり特殊な)があったから銀人形を倒せたけど、ただの子供があんなのと戦えるわけがない。

 子供が遺跡群と戦う機会なんてあるとは思えないけど、まったくないわけじゃないのだ。

 隠しておいた方がいい。


 段々と息が苦しくなってきた。

 全力で攻めているのに、当たる気配さえない。

 ティレアさんは軽い足取りで、距離を取ると足を止めた。

 くそう。息も上がってないぞ、この人。


「さて、こんなところか? なんか質問があるなら言えよ」

「ないよ。その、色々と、ありがと」


 きっとティレアさんの目的は僕に竜卵の事を教えるのと、伸びていた鼻をへし折る事だったんだと思う。

 確かにロミオ兄を圧倒した力に、自分の強さを実感して、ちょっと調子に乗る気持ちがなかったとは言えない。

 無自覚の優越感を持ちかけていた。


 でも、上には上がいる。

 実際、ティレアさんには子ども扱いされているし、黄金人形軍にも負けているのだ。

 それを実感させてくれた。


「へん。わかったんならそれでいいんだよ。じゃあ、この辺で――」

「けど」


 終わりを宣言しようとするのを止めた。

 構えを解こうとしたティレアさんが首を傾げている。


「悔しいから、もう少し続けさせて」


 相手が格上なのは理解できたけど、さすがに掠りもしないままというのは悔しい。

 勝てないまでも、せめて一撃ぐらい当てたい。


 ティレアさんは呆れたように溜息を吐くけど、その口元は笑っている。


「ったく。仕方ねえな。男の意地ってやつに付き合ってやるよ」

「ありがと」


 呟くと同時に飛び出す。

 このままダラダラと様子見をしてても相手は捉えられない。

 力尽きて負けるのは見えている。

 だから、思い切って勝負に出た。


 下段蹴り。

 今度はフェイントじゃなく。本気で打ち込む。


 さっきの三連撃が意識にあったのだろう。

 ティレアさんは僅かに反応が遅れた。

 それでも力の差は歴然で、遅れていても、蹴りを見切って躱してしまう。


 でも、それは想定の内だ。


 強引に空ぶった蹴りの軌道を変えて、地面に叩きつけた。

 間髪おかず、その足で前へと踏み込む。

 目の前には回避運動を終えたばかりのティレアさん。

 しかし、その表情には焦りはない。

 強引な踏み込みをした俺には、ここから有効打を出せる手がないとわかっているのだろう。


 実際、その通りだ。

 この体勢からでは拳も蹴りも満足に出せない。

 でも、できる事はある。


「おっ?」


 ティレアさんに向かってタックルを敢行。

 腰に体当たりを決める。


 が、動かない。


「狙いは良かったよ」


 聞こえてくるティレアさんの声は落ち着いている。

 しっかりと重心を落としたティレアさんを、俺の力では押し切れなかったのだ。

 シスター服を握って、押し込んでみてもビクともしない。


 でも、これも想定の内だ!


「これ、なら!」


 素早い足運びから、ティレアさんの足を刈り取る。

 前世の儂が柔道部員から教わった大内刈り。

 これなら力の差があっても、相手を倒す事ができる。


「あめえ、って、はあ……」


 ティレアさんはバランスを崩しながらも反撃しようとして、途中で動きを止めた。

 おかげで技が決まり、けど、俺も一緒になって倒れてしまう。

 無理な動きをしたから耐えきれなかったか。


「ったく、無茶すんなって。オレが振りほどいてたら怪我してたからな?」


 俺の下になって受け止めてくれたティレアさんは苦笑い。

 返す言葉もない。

 完全敗北だった。

 もう、情けなくて、悔しくて、いっそ清々しい気持ちだ。


「それで、カルロ。これはお前の技の内なの?」

「え? なんのこと……」


 指摘してきたティレアさんの視線を追って、思わず硬直した。


 儂の手はティレアさんの胸元を思い切り鷲掴みしている。

 小さいわけでもなく、大きすぎるわけでもない、でも、とっても柔らかい感触が手のひらから伝わってきて……って、いつまで触ってるんだよ、俺!


「ご、ごめん!」


 全力でティレアさんから飛び退くと、俺は自然と正座していた。

 頭の中が真っ白になっている俺に対して、ティレアさんは寝転んだまま難しい顔をして考え込んでいる。


「その、ティレアさん?」

「うーん。これって、母ちゃんが恋しいせいなのか? それとも、お前の中の爺さんの部分がエロを求めちまったのか?」


 あ、俺の中の儂が崩れ落ちた。

 エロ爺疑惑のショックが大きくて、心の柔らかい部分が折れ曲がったっぽい。

 彼の、というか俺でもあるけど、名誉のためにも弁解させてください。


「違います。事故です。すみませんでした」

「ああ、別に気にすんなよ。模擬戦なんだから、こういうのもあるって。それに、お前もロミオもシスコンすぎるから、これぐらい興味を持ってるってわかってオレは安心したぜ? まあ、それでも程々にしとけよ?」


 あ、俺の方も折れたわ。

 まさか、そんなレベルで心配されていたとは……。

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