27 折る
27
「ご苦労さん。休んでていいぞ」
ダウンしたロミオ兄とティレアさんが交代する。
ロミオ兄は仰向けになって倒れたまま起き上がらない。
あれ、大丈夫かな? 二回目からはちゃんと受け身を取ってたし、怪我はしていないはずだけど。
同じだけ動いていた俺は息も上がっていないし、ほとんど疲れてもいない。
「おかげでよくわかったぜ」
「……もしかして、ロミオ兄を実験台にした?」
「ちげえよ。客観的にお前の動きを見たかったんだ。それにロミオに話す時、実感した後の方が納得できるだろ?」
もっともらしい事を言ってるけど、どうなんだろうか。
自信喪失したロミオ兄がかわいそうでならない。
いや、散々投げ続けた俺の台詞じゃないけどさ。
「ほら、オレが相手してやるから、余計なこと考えてねえでかかって来い」
誤魔化すつもりじゃないんだろうけど、手招きしてくるティレアさん。
思えばティレアさんの竜卵はアームズとは知っていたけど、模擬戦とかするのは初めてだ。
手加減しないと危ないんじゃないかな。
ロミオ兄とやってみてわかったけど、今の俺はかなり強くなってるみたいだし。
「遠慮してっと怪我するぞ?」
「って、うわあっ!」
少し気を抜いている間にティレアさんが踏み込んできた。
さっきのロミオ兄と比べてずっと速い。
慌てて後ろに跳んで距離を取る。
「わかったな? じゃあ、来い」
再びティレアさんは手招き。
どうやらこの不良シスター、教会の戒律なんてどこ吹く風とは思っていたけど、かなり戦えるシスターらしい。
変に遠慮してたらコテンパンにされてしまいそうだ。
「いくよ」
「おう」
短い言葉のやり取りに合わせて、今度は俺から飛び込んだ。
リーチはこっちの方が短いから、間合いを詰めて細かく打ち込んでいく。
一撃の重さより、速さを重視した拳。
狙いは顔は問題外として、回避の難しいお腹――も危ないから、手足のつけ根辺りに集中させる。
「と、っと、っと。うお、はええな」
しかし、当たらない。
ティレアさんは全て躱してしまい、ガードさえ必要としていない。
それどころか避けながら話し始めた。
「まあ、もうお前もわかってると思うけどよ。竜卵は遺跡群を――つうか、異種族の力を打ち砕くたびに成長すんだ」
「このっ!」
さらに回転を上げた。
威力は完全に捨てて、まずは一発当てる事に集中する。
それでも躱されてしまう。
「っと、ひゅう、あぶな。で、成長っていうのは、ふたつある。ひとつは、竜卵の遺跡群特効の効果が上がるっていうのも、わかってるか」
「これなら、どうだ!」
下段蹴りと見せかけてからのバックブロー、からさらに貫き手に繋げる三連撃。
完全に見切られた。
全て紙一重の位置を通過したけど、避け方に無理がない。
嘘だろ! これも当たらないの!?
「マジか。お前、学者だったんじゃねえの? キレよすぎだろ。えっと、そんで、もうひとつが体の強化な。運動能力だけじゃねえぞ。頑丈さとか、傷の治りとか、反応とか、そういう全部が上がるんだ。もうわかってるよな」
まだティレアさんは余裕で解説している。
説明は前に想像していた通りだったから聞き流す。
「お前の竜卵は、もう三層目の半分までいってるから気を付けろよ? ロミオが相手でも勝負になんねえんだから、オレ以外の奴と組手すんのも禁止な」
それは了解した。
子供のケンカだって気を付けないと事故を起こしかねない。
拳打を繰り返しながら、頷いておく。
「それから、竜卵の印は絵の具で塗りつぶして、隠す事。いいな? お前みてえに竜卵の状態で成長した奴はたまにいるんだけどよ。そんな無茶なやり方が広まっちまったら大変だからな」
それも了解だ。
俺の場合は前世の経験(かなり特殊な)があったから銀人形を倒せたけど、ただの子供があんなのと戦えるわけがない。
子供が遺跡群と戦う機会なんてあるとは思えないけど、まったくないわけじゃないのだ。
隠しておいた方がいい。
段々と息が苦しくなってきた。
全力で攻めているのに、当たる気配さえない。
ティレアさんは軽い足取りで、距離を取ると足を止めた。
くそう。息も上がってないぞ、この人。
「さて、こんなところか? なんか質問があるなら言えよ」
「ないよ。その、色々と、ありがと」
きっとティレアさんの目的は僕に竜卵の事を教えるのと、伸びていた鼻をへし折る事だったんだと思う。
確かにロミオ兄を圧倒した力に、自分の強さを実感して、ちょっと調子に乗る気持ちがなかったとは言えない。
無自覚の優越感を持ちかけていた。
でも、上には上がいる。
実際、ティレアさんには子ども扱いされているし、黄金人形軍にも負けているのだ。
それを実感させてくれた。
「へん。わかったんならそれでいいんだよ。じゃあ、この辺で――」
「けど」
終わりを宣言しようとするのを止めた。
構えを解こうとしたティレアさんが首を傾げている。
「悔しいから、もう少し続けさせて」
相手が格上なのは理解できたけど、さすがに掠りもしないままというのは悔しい。
勝てないまでも、せめて一撃ぐらい当てたい。
ティレアさんは呆れたように溜息を吐くけど、その口元は笑っている。
「ったく。仕方ねえな。男の意地ってやつに付き合ってやるよ」
「ありがと」
呟くと同時に飛び出す。
このままダラダラと様子見をしてても相手は捉えられない。
力尽きて負けるのは見えている。
だから、思い切って勝負に出た。
下段蹴り。
今度はフェイントじゃなく。本気で打ち込む。
さっきの三連撃が意識にあったのだろう。
ティレアさんは僅かに反応が遅れた。
それでも力の差は歴然で、遅れていても、蹴りを見切って躱してしまう。
でも、それは想定の内だ。
強引に空ぶった蹴りの軌道を変えて、地面に叩きつけた。
間髪おかず、その足で前へと踏み込む。
目の前には回避運動を終えたばかりのティレアさん。
しかし、その表情には焦りはない。
強引な踏み込みをした俺には、ここから有効打を出せる手がないとわかっているのだろう。
実際、その通りだ。
この体勢からでは拳も蹴りも満足に出せない。
でも、できる事はある。
「おっ?」
ティレアさんに向かってタックルを敢行。
腰に体当たりを決める。
が、動かない。
「狙いは良かったよ」
聞こえてくるティレアさんの声は落ち着いている。
しっかりと重心を落としたティレアさんを、俺の力では押し切れなかったのだ。
シスター服を握って、押し込んでみてもビクともしない。
でも、これも想定の内だ!
「これ、なら!」
素早い足運びから、ティレアさんの足を刈り取る。
前世の儂が柔道部員から教わった大内刈り。
これなら力の差があっても、相手を倒す事ができる。
「あめえ、って、はあ……」
ティレアさんはバランスを崩しながらも反撃しようとして、途中で動きを止めた。
おかげで技が決まり、けど、俺も一緒になって倒れてしまう。
無理な動きをしたから耐えきれなかったか。
「ったく、無茶すんなって。オレが振りほどいてたら怪我してたからな?」
俺の下になって受け止めてくれたティレアさんは苦笑い。
返す言葉もない。
完全敗北だった。
もう、情けなくて、悔しくて、いっそ清々しい気持ちだ。
「それで、カルロ。これはお前の技の内なの?」
「え? なんのこと……」
指摘してきたティレアさんの視線を追って、思わず硬直した。
儂の手はティレアさんの胸元を思い切り鷲掴みしている。
小さいわけでもなく、大きすぎるわけでもない、でも、とっても柔らかい感触が手のひらから伝わってきて……って、いつまで触ってるんだよ、俺!
「ご、ごめん!」
全力でティレアさんから飛び退くと、俺は自然と正座していた。
頭の中が真っ白になっている俺に対して、ティレアさんは寝転んだまま難しい顔をして考え込んでいる。
「その、ティレアさん?」
「うーん。これって、母ちゃんが恋しいせいなのか? それとも、お前の中の爺さんの部分がエロを求めちまったのか?」
あ、俺の中の儂が崩れ落ちた。
エロ爺疑惑のショックが大きくて、心の柔らかい部分が折れ曲がったっぽい。
彼の、というか俺でもあるけど、名誉のためにも弁解させてください。
「違います。事故です。すみませんでした」
「ああ、別に気にすんなよ。模擬戦なんだから、こういうのもあるって。それに、お前もロミオもシスコンすぎるから、これぐらい興味を持ってるってわかってオレは安心したぜ? まあ、それでも程々にしとけよ?」
あ、俺の方も折れたわ。
まさか、そんなレベルで心配されていたとは……。




