26 模擬戦
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「ロミオ兄。アリア姉」
はしゃぎ疲れておねむになってしまったシャンテを、ティレアさんが部屋に運ぶことになったので、先に一人で裏庭に行くとロミオ兄とアリア姉が待っていた。
「カルロ、もう大丈夫なのかい?」
「うん。平気」
「ティレアさんから話は聞いたよ。まったく。一人で先走るから痛い目を見るんだ。これからはしっかり考えないといけないよ」
「そうだね。気をつけるよ」
ロミオ兄は不機嫌そうに鼻を鳴らすけど、口元が緩んでいる辺り言葉通りじゃないんだろうな。
青柳君がロミオ兄みたいな人を見たら、『男のツンデレとか誰得? でも、ごちそうさまです!』なんて言うのだろうなあ。
「もう、ロミオはそんな事ばっかり言って。朝からずっと心配で上の空だったじゃない」
「アリア。なんのことだかわからないな」
我らが天然のお姉さまがあっさりばらしてしまった。
しかし、ロミオ兄も素直じゃないので認めたりせずに、しきりに眼鏡の位置を直すふりして誤魔化している。
そんなロミオ兄を放置して、アリア姉はしゃがみこむと儂の顔を覗き込んできた。
「カルロ。本当にだいじょうぶ? 無理はしちゃダメだからね?」
「本当に平気だよ。心配させてごめん」
強がりとかじゃなくて本当に体の調子は問題ない。
寝て起きたら疲れはなくなっていて、快調になっていた。
「ううん。カルロが無事ならそれでいいの。でも、危ない事はしちゃダメだよ。寝ぼけて林に行っちゃったシャンテを探して、朝まで迷ってたってシスターから聞いて、あたし泣いちゃったんだからね? それにシャンテがまさか、魔族の血を引いてたなんて、本当に驚いたんだから」
ティレアさんはどうやら遺跡に関する話はしていないらしい。
しかし、かなり無理なストーリーだと思うのだが、これで納得してしまうのはアリア姉ぐらいだろう。
ちらりと様子を窺うと、もの問いたげなロミオ兄と目が合った。
うん。思いっきり疑われてる。
追及されたら困った事になりそうだ。
どうしたものかと悩んでいるとティレアさんがやってきた。
「おう。お前ら、待たせたな。ロミオは準備できてるか?」
「はい。僕はいつでも」
答えたロミオ兄は来た時からずっと長い棒を持っている。
壊れた箒の前後を棉で包んで布で縛った練習用の槍である。
軽く汗もかいているから、俺が来るまでウォーミングアップでもしていたのかもしれない。
「アリア。シャンテが部屋で寝てるから、大丈夫だろうけど一応見てやってくれ。まだ自分で力をうまく使えねえから心配だ」
「うん。行ってくるね、シスター」
「シスターじゃねえ。ティレアママだ」
アリア姉はもともと町で育って、家の事情で孤児院に来たからティレアさんの事をシスターと呼ぶ癖がなかなか取れないみたいなんだよなあ。
ティレアさんも呼んでほしいけど、無理強いはしたくないらしくてこんなやり取りばかりしている。
「ごめんなさい。じゃあ、三人とも危ないのはダメだからね?」
アリア姉は俺たちに手を振ると、孤児院に戻っていく。
それに全力で手を振りかえしていたロミオ兄が正気に返ったところで、腕を組んだティレアさんが俺たちの前に立った。
「よし。お前ら、模擬戦をやれ」
てっきりティレアさんとやり合うのかと思ったけど、相手はロミオ兄なのか。
俺と違って既に知っていたらしいロミオ兄は頷いている。
「ティレアさん。約束は忘れないでくださいよ」
「ああ、わかってるわかってる。ほら、さっさと構えろ」
何やらロミオ兄はティレアさんに念を押しているけど、約束ってなに?
知らないところで話を進めないでほしいんだけど。
抗議を込めて見つめると、気づいたロミオ兄が素振りしながら教えてくれた。
「僕には本当の事を話してほしいと言ったら、君と模擬戦して勝ったらと教えてやると言われてね」
鋭い風切り音がする。
ロミオ兄の振るう棒が空気を抉る音だ。
本気で勝ちに来ているのが嫌でもわかってしまう。
ちょっと、そういう大切な事は先に言ってよ、ティレアさん。
当の本人は気にした風もなく、眠たげな目をしている。
ああ。俺たちが帰るのを待っていて、それからずっと口裏合わせとか、色々と用意したりとか、後始末してくれていたから眠いんだろうな。
それは感謝しているけど、話は別だ。
「いいんだよ。ロミオには話してもいいとは思ってるんだ。ただ、どうせなら模擬戦でやる気になってもらいてえから餌にしてる」
「本気って……」
その相手をする俺の身になってほしいんだけど。
三日前に叩かれた尻の痛みを思い出すともぞもぞしてくる。
「お前は気にすんな。ロミオなら大丈夫だから」
一方的に言って顎で行けとやられる。
まあ、俺としても遺跡では実力不足を痛感しているし、強くなるための訓練は望む所だ。
数歩の距離を空けて、俺はロミオ兄と向き合った。
「カルロ。得物は?」
こういう時は前まで、俺の体に合わせた木剣を使ってたんだけど、今の俺の戦い方は竜卵による殴打がメインだ。
あれこれと手を出すより、まずはひとつを極めるのに集中したい。
それに前世の経験と現世の体験が一番噛みあっている。
「俺は素手でいいよ」
「……手加減はするけど、本気だからね?」
いや、挑発したつもりはないんだけど、やる気の炎に油を注いでしまったみたいだ。
ちなみに、このロミオ兄、かなり強い。
十四歳で竜卵は孵っていて、エンプティの身体強化の恩恵を得ているだけじゃない。
孤児院の長男として、何かあった時は自分が皆を守るのだと公言していて、それに見合った努力をしている。
学問、仕事、家事、そして、武術。
かなり多才な人なのに、努力もしっかりするから、どれも高レベルの域に達していた。
町の武術道場にも顔を出していて、そこでは既に敵なしなのだとか。
何度か俺もいっしょに武術の練習をして来たけど、手加減されていたのに、一回も一本取れなかったなあ。
だからといって、俺も負けっぱなしなのは面白くない。
全力で相手をさせてもらおう。
準備を終えて、俺たちは対峙した。
「じゃあ、いいな。始め!」
「はっ!」
ティレアさんの合図。
それと同時にロミオ兄が踏み込んできた。
僅か二歩で間合いを詰め、そのまま流れるように槍を突き出してくる。
一連の動作に淀みがなく、それでいて力強さも併せ持っていて、それらを完全に己の制御下に置いていた。
見事に完成された技だと感心してしまう。
薄い壁ぐらいなら貫いてしまいそうだ。
俺はそれをじっくりと見極めて、
「えい」
感心してから、ぺしっと手で払いのけて、
「ほい」
一本背負いで投げ飛ばした。
「ごひゅっ!?」
「……あれ?」
予想外だったせいか受け身が遅れたロミオ兄は変な息が出て、思いっきりむせている。
その間も信じられないとばかりに俺を見つめていた。
いや、俺の方も予想外。
びっくりするぐらい遅い。
スローモーションを見ているみたいと言えばいいのか、ロミオ兄の動きが丸見えだった。
突き出された棒も簡単に払えたし、投げる時だって重さもほとんど感じなかったぐらいだ。
「ぐっ、もう一本! もう一本やろう!」
回復したロミオ兄が立ち上がり、妹が絡んでいもいないのにらしくもなく猛っている。
俺としても今のをしっかり確認したいから願ってもない。
ティレアさんも止める気はないのか、
「ちゃんと手加減しろよー」
と、俺を見ながら言ってくる。
その後、ロミオ兄が動けなくなるまで俺は投げ技を繰り返す事になった。




