25 遅く起きた朝は
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「シャンテは昨日、そこの林の中で迷って、転んだ時に怪我をしたんだ」
昼近くまで寝て、空腹で目を覚ました俺は食堂に来た。
それに気づいたティレアさんがお昼を用意してくれて、席に持ってきてくれたらいきなりそんな事を言われたのだ。
「………」
まだ眠いせいで頭がぼうっとしているなあ。
パンを口に運びながら、聞かされた言葉もいっしょに飲み込んでいく。
シャンテが、怪我? 大変だ。また町の悪ガキどもか? いくらシャンテがかわいくて、かわいくて、かわいくて、かわいすぎて気になるからといって、それでちょっかいを出すなんて許さないぞ。二重の意味で許さないぞ。よし。ロミオ兄にも声を掛けて殴り込みに行こう。鍬はロミオ兄が使うだろうから、俺は鉈を持っていこう。タイミングは巡廻授業の後、あいつらが町に帰るところを後ろから不意打ちするんだ。よし、これなら勝てる。ここらであいつらにもシャンテに手を出したらどうなるか骨の髄まで叩き込んでやらないと……。
「こら、待て。ガキの問題はガキでって言ったが、計画的襲撃で解決しようとすんな」
「あいだだだだっ!?」
頭を握り締められた。
いわゆるアイアンクローだ。
寝る前に撫でてくれた手と同じ手と思えない握力で、解放されるまで悲鳴しか上げられなかった。
おかげで一気に目が覚めたけどさ。
「痛いよ、ティレアさん」
「じゃあ、寝ぼけて物騒な事を口走んな」
あ、さっきの口に出てた?
町の子供を襲撃する計画を立てていたら、ティレアさんの立場なら注意しないわけにはいかないだろう。
「ごめん」
「わかればいいんだ。やるなら道具なんて使わないで素手でやれ」
ちょっと、保護者さん。注意するところが間違っていませんか?
いや、俺が言えた事じゃないけどさ。
でも、了解です。ヤル時は素手でやってやりますよ、姉御!
内心で決意を固めていると、軽く指先でおでこを叩かれた。
「ちゃんと聞け。シャンテの角の話だよ。シャンテはおでこを怪我した。大した怪我じゃねえけど、傷跡が残っちまった。だから、それを隠すためにヘアバンドをする。そういう話になったんだ」
「ああ。了解。じゃあ、俺は町のガキがヘアバンドを取ろうとしたら迎撃するよ」
「迎撃って……まあ、そうだな。そん時はやっちまえ。けど、素手でな。ちゃんと手加減しろよ?」
過激だと怒られるかと思ったけど、許可が下りた。
でも、シャンテの角は見つかったら本当にまずいから、それぐらい真剣に守るつもりじゃないとな。
うん。見せしめって大切だよね。
「まあ、そういうのは最初だけだと思うぜ。アリアが巡廻授業に来てた女連中にうまく伝えてくれたみたいだからよ。悪ふざけで女の顔の傷を曝そうなんて真似する奴は、評判がた落ちだぜ?」
おぅ。
そうだね。そうだろうね。
町の人間の半分が敵に回るんだろうね。
なんというか、力技が真っ先に思い浮かぶ俺にはない怖さがあるよ。
……俺も気を付けないとな。
この話を続けると背筋がヒュッとするから、話題を変えよう。
「あれ? 巡廻授業に『来てた』って言った?」
「もう昼過ぎだぞ。とっくに終わって解散してる。ノルト神父も帰ったぞ」
それもそうか。
巡廻神父のノルト神父には色々と聞きたい事があったけど、来週にはまたやってくるからその時でも問題ない。
「それでシャンテは……」
「お兄ちゃ――」
バァン、バタン、むぎゅっ!
食堂の扉が派手に開いて、閉まった。
最後に柔らかい音が混じってたけど、今のはもしかしなくても。
「いたぁい……」
閉まりきらなかった扉の向こうでシャンテが尻餅をついていた。
ほんの三日前に痛い思いをして学習したはずだけど、興奮していたのか同じミスをしてしまったらしい。
俺とティレアさんの目に気付いて、必死に泣くのを我慢している。
「シャンテ?」
「大丈夫かー? ったく、落ち着きねえな」
二人で声を掛けると、無言のままトタタタタと走ってきて腰にしがみついてきた。
ヘアバンド越しに角が脇腹にゴリゴリ刺さって痛いけど、我慢して背中を撫でてやる。
「よしよし。痛かったね。でも、泣かなかったシャンテは偉いね」
「ん」
「次からはちゃんと気を付けられるかな?」
「ん!」
「うん。いいお返事だ」
褒められるうちに痛いのも引いてきたのだろう。
シャンテはようやく立ち直ってくれった。
テーブルからちょっと離れると、くるりくるりと回り始める。で、しばらくしてから止まって、俺の顔を覗きこんできた。
「えへへ」
こっちが何か言う前から嬉しそうな顔をしているよ。
やっぱり女の子なんだなあ。
シャンテは花柄のヘアバンドをしている。アリア姉が大急ぎで繕ってくれたのだろう。
どうやら新しくもらったヘアバンドを自慢したいらしい。
小さなお姫様の要望はとてもわかりやすい。
「かわいいヘアバンドだね。シャンテによく似合ってるよ」
「えへへへへへへへ」
満面の笑みのサンプルとして教科書に乗せたくなるような笑顔だ。
いや、教科書に掲載するにはやや緩み過ぎているけど、かわいさとしては百点をあげよう。
頭を撫でてやりながら、心の中でほっとしていた。
遺跡の影響で目覚めないのではと心配もしたけど、今は元気いっぱいみたいだ。
うん。
本当に、元気すぎるな。
元気すぎて、力が溢れちゃっているぞ?
シャンテの体がちょっと浮いているよ!
天にも昇るつもりを実現しないでいいからね!?。
「シャンテ、待って! 落ち着いて! 落ち着いて、お兄ちゃんのところに来てみよっか?」
「はーい!」
俺が手を広げると、言葉通りシャンテが『飛んできた』。
おぅふ。
なかなか鋭いタックルじゃないか。
もう少し角度が違ったら角がいい感じに刺さっていたぞ?
ともあれ、捕獲は成功だ。
対面の席ではティレアさんが頭痛でもするような仕草で天井を見ていた。
先行きに不安を感じているのかもしれない。その気持ちはよくわかる。俺もだ。
それでもティレアさんは現実逃避をそこそこに、シャンテを猫の子みたいに持ち上げて、目線を合わせて怖い笑顔を浮かべる。
「シャンテー。いま、浮いてたからな? お前の力は秘密だって約束、破ってたぞ?」
「ひぅ」
「約束を破るのは悪い子だなー。約束を破ったままの子は悪い子のまま戻れなくなっちゃうなー。シャンテはどうするのかなー」
「ティレアママ、ごめんなしゃい!」
「シャンテは仕方ないなー」
ティレアさん?
ママって呼ばれただけでいい笑顔にならないでくださいね?
俺が言えた事じゃないけど、うちの家族は全体的にシャンテに甘いよね。
ティレアさんは席に戻ると、シャンテを膝の上に乗せた。
う、羨ましい。ティレアさんとポジションを入れ替えてもらいたい。
「それで、カルロ。お前、飯が終わったら裏庭な?」
「裏庭?」
物置があるだけのデッドスペースになんの用だろうか?
まさか、昨日のお仕置きでしめられるとかじゃないと思うけど。
ティレアさんは自分の竜卵をテーブルに置き、好戦的な笑みを浮かべた。
「オレと戦闘しようぜ?」




