24 これからのこと
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「おいおいおい。ほんの二日で色々ありすぎだろ。どうなってんだよ。ちょっと待ってくれ。オレはあんまり頭がよくねえんだ。とりあえず、カルロは着替えとけ」
ティレアさんは頭を抱えていた。
シャンテの眠るベッドに浅く腰掛ける姿は、最終ラウンドまで戦い抜いたボクサーみたいだった。
あれからティレアさんが落ち着くのを待って、俺はここ数日中の出来事を順番に話した。
数日前に思い出した前世、苅谷織人について。
エタニモ礼拝堂の真実。
隠された異種族の聖堂――シェロカミン大聖堂。
そこで起きた戦いと、俺の竜卵の成長。
シャンテの身に起きた変化。
そして、手に入れたロザリオと、俺が名前を付けたヴィオラという少女人形まで。
全て包み隠さずに話した。
ティレアさんにとってかなり衝撃的だったのは想像できる。
色々と考えているティレアさんとは別に、俺も緊張をしていた。
俺の前世のくだりはどうするか迷ったけど、ティレアさんにだけは話すと決めた。
それが今回の騒動のきっかけだし、解決の力だったし、隠すのは無理がある。
それに心配させてしまったティレアさんへの誠意なんじゃないかと思ったから。
信じてもらえないのではないか、気味悪く思われるのではないか、不安じゃないと言えば嘘になる。
「うっし。待たせたな。じゃあ、続きをしようぜ」
俺が汚れて破れてしまった服を着替え終わってしばらくしてから、ティレアさんは、ようやく整理がついたのか顔を上げると、じっと俺の顔を見つめてきた。
「それにしても生まれ変わりねえ。しかも、他の世界の老人の記憶とか。でっけえ話だな。想像もつかねえよ」
「……信じてくれるの、今の話?」
かなり常識はずれな内容だと自分でも思うんだけど。
生まれ変わりも、遺跡の話も。
「自分のガキを信じねえでどうすんだよ。まあ、実際にこんなになってるのを見れば嫌でも信じちまうだろうけどよ」
ティレアさんが順番に証拠を見ていく。
急成長した竜卵。
ありえない早さで治った大怪我。
角を生やしたシャンテ。
大聖堂のロザリオ。
どれもが普通では有り得ないものばかり。
子供の夢物語で片づけるには証拠が多すぎた。
「で、だ。オレが聞きたいのは、カルロは大丈夫かって事だ」
再び俺を見つめてくるティレアさん。
俺に異常がないか見逃さないと真剣な目だ。
「生まれ変わりってのは自分の中にそっくりだけど、違う自分ができたって事だろ? お前は平気なのか?」
距離を置かれるかなんて不安に思った自分が恥ずかしい。
ティレアさんは何よりも先に俺を案じてくれていた。
心の底から俺を信じてくれている。
「今はもう大丈夫。これから少しずつ『俺』と『儂』で折り合いをつけてくつもり」
正直、最初は『儂』が強すぎたけど、反省してからは逆に『俺』が強くなりすぎている。
時間は掛かるかもしれないけど、丁度いいバランスを見つけたい。
「そっか。なら、いい」
ようやく安心してくれたのか、肩の力を抜いてくれた。
ティレアさんはしみじみと呟く。
「まあ、一昨日からたまに変な話し方するなとは思ってたんだ。それでもやっぱりいつも通りシスコンのカルロだって感じたし、変わっちまったわけじゃねえんだろうな」
「信頼の証をシスコンって言わないで」
いや、まあ、シャンテは大切だけど。
俺の妹への愛情と、儂の孫への愛情がブレンドして相乗効果が出ているのもその通りだけど。
「なんかあったら言えよ。次にシャンテの事だ」
こっちの葛藤はさらりと流して、ティレアさんはシャンテに視線を移した。
シャンテは起きる気配がない。
穏やかな寝姿を見る限り、体調は悪くないと思うのだが。
「さっき魔族って言ってたけど、どういう事なの?」
儂はエタニモ礼拝堂の成り立ちから、あの遺跡に関連するのは精霊族だとばかり思い込んでいた。
だから、その遺跡が保護しようとしたシャンテも精霊族に関係があるのだと考えた。
これでは前提と結論が合わなくなる。
「まだノルト神父に教わってねえか。いいか、獣人族は動物の力と姿を持つ。精霊族は長い耳を持ってる。んで、魔族は数とか形はバラバラだけど、角を持ってるんだ。精霊族も魔族も魔法を使うんだけどよ、それぞれで全然違うんだぜ」
今度はこっちが待ってほしい。
となると、シェロカミン大聖堂は魔族のものという話になってしまう。
それがどうして精霊族の建てたエタニモ礼拝堂と繋がるのか。
混乱する俺に気付かないままティレアさんはベッドの上に置かれたロザリオを持ち上げてみせた。
「これも魔族のロザリオだ。奴らの信仰する『万素の叡智』がついてるだろ」
あの真球と円環は『万素の叡智』と呼ばれているのか。
こうも情報が揃ったのだから、俺の推論が外れていたのは確定らしい。
改めて考えると、いくつか新しい推測が思い浮かぶ。
精霊族と思われていたのは偽装した魔族だったとか、他にも精霊族が救いを求めて魔族に協力したとか。
この辺りは今度、ヴィオラに聞いてみよう。
「こうして角が生えてるんだから、シャンテは魔族の血が混じってるんだろうな」
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃねえ」
ティレアさんの表情は厳しい。
この答えはなんとなく予想できていた。
シャンテの角を見た時のティレアさんの様子はそれだけ衝撃を受けたように見えたから。
「魔族は魔大陸にいたんだけどよ、ここ数年、こっちの大陸に攻めてきてるんだよ」
「そうなの?」
「人に話すんじゃねえぞ? まだ竜帝大陸でも北の方だけで知られてねえんだ。あんまり悪いうわさが広めたくねえって、どの国も隠してるからよ」
「なんで、そんな事をティレアさんが知ってるんだよ」
どうやら口を滑らせたらしい。
ティレアさんはしまったと眉間をしかめて、諦めたように話してくれた。
「これも話すんじゃねえぞ? 教会には教会の情報網があるんだよ。そこっつうか、そこに所属してるノルト神父から聞いたんだ」
情報網って、諜報機関があるって事だよな。
まあ、不思議ではない。
歴史を紐解けば、宗教が独自の体制を構築するのも珍しくないのだから。
それに竜帝大陸のどの国のどの町にもほとんどの場合、教会があるのだから、情報を集めるのは得意なのも頷ける。
けど、いま大事なのはそこじゃない。
シャンテの事だ。
「じゃあ、魔族は」
「元から付き合いの悪い連中だったし、偉そうだったから、他の種族からも好かれてはいなかったけどよ、今は竜人族と完全に敵対関係。しかも、教会とは信仰も違うから、仲は最悪だ。シャンテの角を見られたら……」
言葉を濁したけど、想像は簡単だった。
排斥される。
元から人間というのは似て非なる相手に冷たい。
前世でも体の違い、言葉の違い、文化の違いで、同じ人間同士で争っていた。
しかも、こちらは完全に別の種族。
溝はとても深い。
それが自分たちの敵となれば思い留まる人は少数だろう。
今はまだ情報を伏せられているからいいけど、これから戦火が広がるなら隠していられるのは時間の問題だ。
中途半端なうわさが流れるくらいなら、国も自分たちで情報を操作できるように発表していくだろう。
そうなればシャンテの角を見ただけで、理由もなく敵視する人間は出てくる。
「だから、シャンテの角は隠す。いいな? ロミオとアリアにもちゃんと話して、協力させる。もちろん、お前もだ。シャンテはまだちいせえから、オレらで支えてやらねえとすぐにばれるぞ」
「ティレアさんは……」
教会の関係者だけどいいのか、と聞こうとしてやめた。
この人は教会のシスターである事より、俺たちの親である事を選んでいる。
それなのに覚悟を問うなんて失礼になってしまう。
「わかった。全力で守る」
「よし。いい返事だ」
ティレアさんは乱暴に頭を撫でると立ち上がり、景気づけとばかりに拳と手のひらを打ち鳴らした。
うん。そんなんだから、ママって呼んでもらえないと思うんだよ。
どっちかっていうとパパだからね、それ。
「角はちいせえからそれっぽいヘアバンドでも作ればいいだろ……アリアが。説明も考えねえとな……ロミオが。できるだけ誰かが一緒にいた方がいいから、それはオレとカルロでいいか。あ、とにかくまずはノルト神父だ。あの人、融通がきかねえから……」
これからの事を考えているティレアさんには言わないでおこう。
と、段々と俺もまぶたが落ちてきた。
徹夜での連戦に次ぐ連戦。
竜卵のおかげで強化されても体力の限界らしい。
それに急ぎで対処しないといけない問題に目処がついたのも手伝って、緊張の糸が切れてしまった。
「カルロ……って、そうだな。後は任せて今は寝てろ」
椅子の上で舟をこいでいると、ひょいっとティレアさんに持ち上げられて、抵抗する間もなくベッドに寝かされた。
ああ。布団の感触は反則だ。
もう睡魔に抵抗できそうにない。
「よく頑張ったな。おやすみ」
ティレアさんの優しい声と、頭を撫でる手の感触に導かれるように、眠りに落ちていった。
一章は終了です。
次からは幕間という名の日常の予定。




