23 帰宅
23
「出られたか……」
魔法陣に入った途端、視界が一変した。
水晶の照明がなくなり、薄暗くなっている。
そこは荘厳な大聖堂ではなく、木々に囲まれた空き地だった。
見回しても木ばかりで、後ろには緩い傾斜の坂。
ここはあれだ。
儂が目覚めた時の林じゃ。
まさか、ここが出口とはのう。
改めて観察してみても、足元には魔法陣の痕跡も残っていなかった。
ただの空き地にしか見えんが、人の手がほとんど入っていない林なのに、ここだけ空き地になっているというのも意味があったのかもしれんな。
空の具合を見るとまだ夜の気配が広く残っておる。
この様子だと東の空から朝日が昇るまでもう三十分程だろうか。
「完徹はきつい……」
結局、一睡もせずに歩き回り、戦い続けたのだ。
さすがに疲れた。
脱出できて安心したのか、疲れがどっと押し寄せてくるようじゃ。
さて、家に帰るまでが冒険じゃ。
重い足取りで坂を上がり、林から礼拝堂に向かって薄暗い街道を歩いていく。
シャンテの事や、エタニモ礼拝堂の真実など考えなくてはならんし、二人だけの秘密と誤魔化すのも無理だろうが、今はまず休むとしようかのう。
今の時間ならまだ皆も寝ている。
そっと入り込めば、ばれまい。
「よう。遅いお帰りだな、不良息子」
ダメじゃった。
礼拝堂と孤児院の門を開けた先にはティレアさんがいた。
腕を組んで仁王立ちしたまま、儂を睨みつけてくる。
何が恐ろしいかと言えば、ティレアさんのすぐそばに二本の剣が地面に刺さっている事だろうかのう。
ありゃあ、ティレアさんの竜卵から出たアームズだろうか。初めて見た。
「ティレアさん。これは、その」
「ティレアママと呼べと言ってんだろ」
なんとか言い訳をしようとするのもバッサリ切られた。
ティレアさんはしばらく空を仰いでから深々と溜息を吐いた。
儂を見る目はとても怖い。
「あー、シャンテは寝てるのか? じゃあ、とりあえず、まずはお帰りだ。不良息子」
「た、ただいま。ティレアさん」
頭に手を置かれて、強制的に俯かされる。
そのままティレアさんは話し始める。
「夜中に起きたついでに様子を見に行きゃあシャンテの部屋が空っぽでよ。おまけにカルロまでいやしねえ」
「えっと、ロミオ兄とアリア姉は?」
「起こしてねえよ。知ったら夜中でも探しに出ていくだろうからな」
ロミオ兄はともかく、アリア姉みたいな年頃の少女が出歩くのは危ない。
夜が明けたらすぐに動けるように、一人で準備していたのか。
「それは良かった。じゃあ」
「おい。カルロ。口を挟まねえで、オレの話を聞け」
ぐっと頭の上に力が入れられた。
真剣な声に口を閉ざす。
「なあ、オレがどんな気持ちで待ってたと思う? 大事な家族がいきなりいなくなって、平気な顔で寝てると思ったか? 嫌な想像ばっかしちまって、震えるなんて想像もしなかったか? やっと帰ってきてくれたらケガばかりで心臓が止まりそうになったんだぞ? なあ、カルロ。オレが心配するなんて考えもしなかったのか? それとも、オレがお前らなんて心配しねえと思ったのか? オレはお前らにとってそんなに安い奴だったのか?」
声も、手も、震えていた。
ティレアさんの靴の先にぽつりぽつりと水滴が落ちていく。
「別にお前らがわりいことしてたなんて思ってねえよ。お前ら、オレの自慢の家族なんだ。それぐらい信じてるさ。何があったかは知らねえが、それでもこうなっちまったのは、どうしようもなかったんだろ? でもよ……」
シャンテごと抱きしめられた。
言葉にしている内に気持ちが溢れてきてしまったのか、痛いほどに力いっぱい。
「どうして、どうして、一言でいいから、オレに相談してくれなかったんだよ」
ガツンと殴られた気分だ。
同時にかちりと何かが噛み合う音も聞いた気がする。
ああ。そうか。
儂は、いや、違う。俺は、大きな間違いを犯したんだ。
この時になってようやく自覚できた。
前世の知識とか経験とか好奇心とか、そんなものは俺の一部であって、全部ではない。
どうあっても俺は苅谷織人を否定できないし、なかった事にしてもいけないけど、同時にカルロ・メリヤだって大事にしなければいけなかったんだ。
カルロは一人で生きているわけじゃない。
シャンテがいるし、アリア姉がいるし、ロミオ兄がいる。
そして、
「心配したんだぞ、バカ野郎。よかった。無事で本当によかった。よがっだよううぅぅぅ」
子供みたいに泣きじゃくって、俺たちの帰りを喜んでくれるティレアさんがいる。
どんな理由があろうと、大事な家族を泣かせていいはずがない。
そんな当たり前の事を見落としていた。
冒険とか、遺跡とか、転生した意味とか、それよりも先に俺は、儂は、自分をしっかりと見極めなければならなかったのだ。
「ごめんなさい。ティレア母さん」
「ママって言ってんだろ、バカ野郎」
ティレアさんを抱き返すと、自然と涙が溢れた。
生まれ変わりから三日。
本当の意味で二人の自分が、一人になったのかもしれない。
「ぐすっ、くそっ。おい、カルロ。さっきのは忘れろよな」
ティレアさんが落ち着いたのは十分も経ってからだった。
乱暴に目を拭って、泣いたのを誤魔化そうとしているけど、真っ赤になってしまっているからちょっと無理がある。
「おら、治療するぞ」
今は怪我の治療をするために、俺の部屋に移動した。
シャンテはベッドに寝かせて、俺は椅子に座らされている。
「怪我はカルロだけなんだな? シャンテは怪我してねえんだな?」
「うん。怪我はしてない。俺もほとんど治ってるから大丈夫。でも……」
「治ってるって……きゃあ! ひどい怪我じゃない! ああ、こんなに血が! ああ、どうしよう、どうしよう! えっと、まずは血を止めないと!」
さっきは外で暗かったし、僕も普通に話していたからわからなかったんだろう。
動転したティレアさんはちょっと乙女っぽく慌ててしまっている。
無理もないよなあ。
巨兵人形や黄金人形軍に暴走シャンテとの戦いで酷い有様だった。
服はボロボロで血だらけ。疲労と寝不足で顔色も悪いだろう。
間違いなく重傷患者の姿だ。
「大丈夫だって。よく見てよ。もう治りかけてるから」
「そんなわけ……マジだな。おい、どうなってやがる」
ああ。いつものティレアさんに戻ってくれた。
応急処置で縛っていた布の下では、傷口が完全に塞がっていた。傷跡が少し赤くなっているだけになっている。
「それは後で説明する。それより先にシャンテなんだけど、これを見てもらえる?」
寝ているシャンテの前髪を持ち上げる。
そこには相変わらず小さい角があった。
怪訝な顔で覗き込んだティレアさんが硬直する。
ティレアさんに心労をかけてばかりで悪いけど、知らせないわけにはいかない。
「どこから説明すればいいかわからないんだけど……」
しかし、俺が説明するよりも先にティレアさんが茫然としたまま呟いた。
真っ青な顔で、震えて。
「マジかよ。これ……魔族の、角か?」
え? 魔族? 精霊族じゃないの?




