12 捜索
12
「あ――っづう!」
叫びかけたところで唇を噛んで耐えた。
口の中に血の味が広がるが知らん。
すぐにでも叫びながら走り出そうとする心を、なけなしの理性で制する。
ダメだ。
落ち着け。
冷静になれ。
しかと考えろ。
徹底的に冷静に。
パニックになるな。
そうなれば、本当に取り返しがつかなくなるぞ。
真っ白に塗りつぶされた頭の中に、必死に単語を並べていき、暴れる感情に手綱を掛ける事ができた。
自覚が持てたところで、五回の深呼吸。
息を吸って、吐くという単純な日常を繰り返して、頭に響くほどの鼓動をなだめる。
「まだじゃ」
シャンテはいなくなってしまったが、最悪ではない。
少なくとも、ここで息絶えたシャンテを見つけたわけではないのだから。
生きている。
きっと生きている。
無理やりな根拠とはわかっているが、今は自分に言い聞かせる。
そうでなければとても動き出せん。
シャンテが寝ていたタオルに触れる。
まだ温かい。
ここを離れてからまだ時間は経っておらん。
「シャンテ。カルロじゃ。お兄ちゃんじゃ。いるなら返事をしておくれ」
まず、シャンテが自分で隠れている可能性を確かめる。
通路の端まで届く程度の声量で呼びかけるが、耳が痛くなりそうな静寂が漂うだけ。
かわいらしいシャンテの声は聞こえてこない。
元から一直線の通路だ。隠れられる場所は少ない。
それに、人形の影や窪みに隠れていたとしても、戻ってくる途中の儂がシャンテの姿を見落とすとは考えられん。
何より、暗闇の中で目を覚ましたのならシャンテは泣いていただろう。儂の姿を求めて名前を呼んでいただろう。
確かに儂は大聖堂の威容に見入っていたが、それでもシャンテの声が届いていれば聞き逃すものか。
やはり、この通路にシャンテはいない。
そして、自分の意志で離れたわけでもない。
となると、一番可能性が高いのは最初の部屋だろう。
慎重に動いている余裕はない。拙速を選ぶ。
儂は竜卵を片手に扉を引きあけて、左手のランタンで部屋をぐるりと照らし出す。
「いない、だと?」
元の部屋があるだけ。
四方から天井まで漏れなく見渡すが、シャンテの姿は見当たらなかった。
となると、大聖堂への道しかないのだが、そちらには儂がいた。すぐ近くを通っていて気づかないわけがない。
たとえ儂が認識できなくなるような方法があったとしても、その時は隙だらけの儂を見逃す理由はない。
「考えろ」
隠し扉があったのか?
そこからやってきた人形にさらわれた?
いや、さらう理由はなんだ?
排除するなら殺害した方が簡単なのに?
竜人族の儂とシャンテを捕える理由は?
そもそも、隠し扉などあるのか?
疑いながら最初の部屋を、通路を調べていく。
もしも、扉があるとすればどうしても痕跡は残るのだ。
僅かな境い目。何かがこすれた跡。不自然なスペース。そういったなんらかがあるはず。
だが、見つからない。
いや、だからないと決めつけられんか。
儂とてこの世界の遺跡はここが初めてで、知識も経験も何もないし、もっと根本的な話でこの世界には不思議な力があるのだ。
礼拝堂からここへと運ばれた移動法。
おそらくは瞬間移動の類だと思われるが、それが使われたとしたらシャンテを眠ったまま運び出すなんて実にたやすい。
「儂が連れ出されんかったのは竜卵のせいか?」
どうだろうか?
それなら、礼拝堂からの移動も止められたと思うのだが、人形どもを倒して成長したおかげで回避できたのかもしれん。
シャンテが竜卵を持っていたかどうかだが、持っていなかった気がする。
起き抜けで、そのまま来ていたからのう。肌身離さずにいるように教えられているが、寝起きで忘れてしまったとしても不思議ではない。
ここにシャンテはいない。
それだけが確かな現実。
結論を出し、儂は素早くリュックに荷物を詰めた。
鉄の味のする唇を舐めて、今度は深呼吸を一回。
このエタニモ大聖堂のどこかにいるシャンテを見つけ、救い出し、脱出する。
「一刻も早くだ」
早足で大聖堂へと通路を進みながら、思考を続けていく。
問題はどこにシャンテがいるか。
ここは隠された聖堂なのだから、生きて捕えた侵入者を拘束するための牢屋のような場所があるはずだ。
そこを見つける必要がある。
となると、遺跡の全体の構造がわからないのが痛いが、とっかかりがないわけではない。
大聖堂の構造や様式を思い出す。
世界が変わろうと、文化が変わろうと、技術の推移が変わろうと、二足歩行する人類には変わらない。
ならば、表層が変容しても、遺跡の構造には類似点を見つけられる。
聖堂や礼拝堂の在り方。
前世におけるキリスト教と似た様相が多い。
そこから予測する。
聖堂の形には意味があり、キリスト教では箱舟を象った長方形と、キリストの十字架を象った十字架形となっていた。
なら、このエタニモ大聖堂の場合はどうか。
「あれよな」
通路の扉や大聖堂にあった彫像と祭壇上の光景。どれもが中心や最上に、真球とリングの構造物が据えられていた。
精霊族の信仰のシンボルはあれだ。
他にも宗教的な意味のある形はあるかもしれないが、そんな要素は見つけられないので、今はまずその仮定でいく。
中央の真球部分が大聖堂であり、この遺跡にとって一番重要な場所だとすれば、そこに周囲の二本のリングが大聖堂の周辺施設――ざっと並べて玄関、前室、貴賓室、衛兵室、懺悔室、宝物庫、食堂、貯蔵庫、楽隊室、尖塔などか配置されているはず。
おそらく、実際は一階部分に円状の通路があり、その二階部分に空中回廊といったところか?
牢屋があるとすれば、そのどこかだろう。
「またしても仮定ばかりで頭がおかしくなりそうじゃ」
予想が外れればシャンテの危険が高まるのだ。
だが、ぼやいても始まらない。
やらねばならぬからする。
それだけを考えておればいい。
「待ってろよ、シャンテ。すぐに行くぞ!」
目の前には大聖堂への扉。
儂はその扉を蹴り開けて、危険は承知で突入した。
すぐにでも襲い掛かってくるだろう遺跡群を想像して、どこから来ても対応できるように竜卵を構える。
だが、そこに大聖堂はなかった。
「……はい?」
さすがに足も思考も止まる。
広場。
広場だ。
広場だな。
広場だろう。
いや、違うか。
正確には小規模のドームだ。
横幅も高さも通路よりずっと広い。大学の体育館ぐらいはある。
ドームと言っても半球状ではなく、横長の……かまぼこ型とでも言えばわかりやすいだろうか、そんな形状。
床も壁も天井も灰色のタイルによって整然と覆われており、ランタンの灯りが届く範囲は全て同じだ。
果たして、暗闇の向こう側がどうなっているのか。
とりあえず、ひとつだけ言わせてくれ。
「大聖堂はどこに行きおった?」
そんな儂の声に反応したのか、どうか。
暗闇の向こう側から音が聞こえてくる。
ガギィィン
石と鉄がぶつかる甲高くも、重々しい音だった。




