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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第一章 シェロカミン大聖堂
13/179

11 大聖堂

 11


「さて、始めるか」


 竜卵について考えている間にしっかり休めた。

 シャンテが寝ている間に通路を調べておこう。

 すぐに戻るつもりだし、リュックは置いておくか。ランタンだけ持っていくとしよう。


「その前に」


 通路に残っている人形の残骸を竜卵で殴っていく。

 ううむ。どうやら砕けはするが限度があるというか、粉末にはならんな。

 部品というか、素材というか、そこからは砕けない。ある程度までしか壊しきれんのは儂の竜卵の成長が足りんという事なのか、竜卵そのものの性能限界なのか。

 それに叩き方も軽く当てる程度ではあまり壊れん。

 全力でなくても大丈夫だが、それなりの威力が必要のようだ。これは竜卵の力を遺跡群の内側まで浸透させるためだろうか?


 とにかく、塞がっていた通路を儂らが通れる程度に確保しておく。

 もしも、奥から新手が来たなら、ここまで戻れば一対一に持ち込めるだろう。


 一人の考古学者としては、遺跡の出土品を破壊してしまうのは心苦しいのだが、状況が状況だ。

 あれだけ暴れ回った後では今更という話でもあるので、割り切ろう。


 作業を終えて、ランタンを片手に通路を調べる。

 まずは人形がいた窪みの部分だ。


「これは、魔法陣かな」


 天井と床部分に魔法陣がある。

 最初の部屋の床にあったものより小さく、シンプルな構造だが、同じ系統のようだ。


「精霊族の魔法は魔法陣が必要なのかな」


 儂が持っているランタンにも魔法陣が刻まれているのだろうか?

 気にはなるが、さすがに唯一の光源を素人がばらして使い物にならなくなっては笑い話にもならん。

 今はもっと気になるものに注目しよう。


「しかし、これは……」


 窪みの壁。

 そこに見覚えのある物があった。


 赤い宝石だ。


 人形の頭にあった物と同じだろうか。

 サイズは人形のそれがコブシ大とすれば、こちらは小石程度でかなり小さい。

 そんな宝石が壁面から飛び出しておる。

 そして、天井からポツンと銀色の滴が落ちてきて、足元の魔法陣の上に蓄積しようとしていた。


「ふむ」


 コン、と竜卵で叩いてみる。

 キイィンと音を立てて宝石が砕けた。

 ああ、やはり、人形と同じ物だったか。


 人形は他の場所が無事でも、この宝石が砕かれれば機能を停止している。

 心臓部なのか、頭脳部なのか、どちらにしろコアなのは間違いない。


 それが、ここにこうしてニョキッと出ているという事は……。


 急いで他の窪みも調べる。

 だが、ふたつ目にも、みっつ目にも宝石はない。例の魔法陣だけがある。

 と思っていたが、観察していると儂の目の前で壁から宝石が出てきおった。

 なんというか、鍾乳石ができる様子を高速で見たような感じだ。

 壁から赤い粒子が染み出してきて、みるみるうちに宝石になっていく。

 この防衛機能は再生能力まで持っているのか。


「ふん」


 というわけで、竜卵で叩いておいた。

 みっつ目も、よっつ目にも、その先にもあったので同じく砕く。よし。このまま奥まで全部やっておくか。

 うむ。

 放っておけばいずれ復活するのだろうから、当然じゃな。

 遺跡は大切だが、シャンテの安全が第一よ。

 また生まれるというなら人形を壊した事も気にならなくなったし、すっきりしたわい。

 まあ、この様子だと再び人形が出来上がるまでそこそこの時間が掛かりそうだ。少なくとも数時間で、とはいかんだろうから念のための処置だが。


 そうやって宝石を砕いていくと、やがて通路の奥に到着した。

 さっきの扉と同じような扉だが、こちらの方には装飾がされているのう。

 魔法陣ではない。この紋様はなんだろうか?

 中央に真円と、真円に絡むふたつのリング。それらを大小無数の正方形で囲んでおる。正方形は確かなパターンがあるらしく、扉の前面を埋め尽くしているが整然として美しく見えた。


「手の込み方からすると割と重要な施設に繋がっているようだけど」


 防衛を考えるとまだ歩かされると思ったのだが。

 この通路だけで侵入者を撃退できると信じていたのか?


 まあよい。

 少しだけ様子を見てみるかのう。

 さっきのように人形が待ち構えている可能性を考えて、竜卵を片手に持ったまま扉を押してみる。

 やはり軽い手応えで奥に扉は開き、隙間から覗いてみた。


 息を飲んだ。


 眩いほどの光量で照らし出された空間。

 反対側の壁には扉が並んでいた。儂が開いた物と同じような装飾の扉だ。

 もしかしたら儂のいる方も同じようになっているかもしれん。

 それ以外の壁面には幾何学模様の壁紙で埋め尽くされている。


 中はかなり広い。

 等間隔で太い柱が立ち、いくつかの方形のブロックに区切られているのだが、それですら大学の広い教室と同じぐらいある。

 そんな区画が横に五。縦に十。それぞれ整然と並んでいた。


 真ん中の区画は大通路なのだろう。

 一定間隔で背の高い燭台が並んでいる。

 その先には巨大な扉が見えた。


 他の区画には黄金の像。

 人物像だ。

 人にしても様々。王侯貴族らしき者、武装をした者、みすぼらしい服装の者、果ては異形の者まで多くの人間が彫刻されていた。

 モチーフは色々とあるようだが、統一して真球と楕円状のリングの組み合わせが見られる。


 そこまで見入ってから、遅れて気づく。

 ここは照明があるのか。

 見上げれば、天井は黄金の輝きで満たされていた。

 十メートルはありそうな高い天井いっぱいに水晶のような鉱物が広がっており、まるで自然のシャンデリアのよう。

 水晶の内側から光は溢れて、空間の全てを映し出している。


 聖堂――いや、規模を考えれば大聖堂と呼ぶべきか。

 しかし、儂の目を捕えて放さなかったのは祭壇だった。

 何かを安置するための台――おそらく、アナロイと同じような役割だろうか――の上空。


 まるで3Dホログラムでも見ているかのようだ。

 一際巨大な水晶から降り注ぐ無数の色が絡み合い、何もないはずの空中に映像を描き出していた。


 至上に位置する真球。

 真球の周囲でそれぞれ逆方向に回転する楕円のリング。

 それらを讃えるように、敬うように、崇めるように、いっそ畏れるように見上げる角を持った異形の人々。

 彼らの周りで首を垂れた人間たち。

 そして、異形の人々と、人間たちの下に踏みつけられる二種の異形。

 ひとつは、獣と人の混じり合った姿――おそらく、獣人族。

 もうひとつは、一見すると人と変わらないが、長い耳をもつ姿――あれが魔族なのか?


 そんな疑問が儂を正気に返してくれた。

 見事な光景に我を失っておったわ。

 そっと扉を閉じたところで座り込んで、止まっていた息を吐き出す。


「これは、すごいな」


 それ以外の言葉が出てこない。

 前世では世界中の世界遺産を目にしてきたが、それに勝るとも劣らない格があった。


 これが異世界の不思議な力による装飾なら、こうも心を奪われはしない。

 ただ美しいだけだ。

 それでは美術品への感心しか持てない。

 しかし、ここには歴史があり、文化があり、理念があり、それらが装飾や構造でもって表現されていた。

 並々ならぬ想いが宿っていた。

 それこそ、大自然の雄大な光景に通じるほどに。


 畏敬の念とは、個人では対抗できない『何か』に抱くのだ。


 儂はこの大聖堂の設計者の並々ならぬ情熱を感じた。

 だが、もう一度深呼吸をして、気持ちを切り替える。


「まあ、もう少し見たかったけど、それは我慢だな」


 中央通路の先にあった大扉。

 普通の大聖堂ならば祭壇の反対側のあそこが出口に通じているはずだ。


「大聖堂の内側なら防衛装置もない、といいのだが」


 考えても始まるまい。

 実際に突入する以外に答えは出ん。


 だが、その前にシャンテの様子を見に戻ろうかのう。

 そんなに時間を掛けてはおらんが、起きていたら暗闇の中で怖い想いをさせてしまっているかもしれん。

 泣き声もせんから大丈夫だとは思うがの。




 そうして、人形の残骸の向こうに戻った儂が見たのは、石畳に敷かれたままのタオルとリュックだけ。

 シャンテの姿はどこにもなかった。

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