9 人形戦
たったかうよー!
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ひとつ、息を吐いた。
接敵までの貴重な時間を費やして、呼吸を意識する。
このような状況でリラックスするなど無理な相談だが、無理でもする。
緊張は足を引っ張るのだ。
だから、呼吸という日常的な行為で、自らを冷静であるように律する。
戦う考古学者なんという物騒なふたつ名の意味を教えてやろうじゃないか。
伊達に武装盗掘団を撃退しておらんのだ。
そんな強気な考えで自らを鼓舞する。
「シャンテ、後ろにおれ!」
と言っても、この状況で七歳児はすぐには動けないだろう。
だから、儂から前に出る。
リュックを下ろしている時間はない。
最初に動き出した人形へと距離を詰めた。
わずか三歩の距離。
その間に全力で人形を観察する。
ある国の遺跡調査に際して、護衛という名の監視のために同行した軍の男から教えてもらった。
何かと戦うなら、まずは敵を観察するのだ、と。
そして、最善を選びとれ、と。
人形。
細身のシルエット。
成年男子と同じ程度の身長。
美術のデッサン人形に似ている。
腕や足、胴体に球体関節。
体はくすんだ銀色の、おそらく金属。
動きは、固く、鈍い。
動作と動作の間に、一時停止する瞬間がある。
元からの性能なのか、それとも長期間稼動していないせいで鈍っているのか。後者なら時間を置くほどに滑らかに動くようになるかもしれん。
ならば、今がチャンスだ。
「――っ!」
儂を殴打するために伸びてきた両腕をかいくぐる。
遅いが、風圧はある。力が強いわけか。
当たれば、捕まれば、抵抗できない。よし。またひとつ情報が増えたぞ。
観察と考察を続けながら、行動を進める。
「ふっ!」
人形の右足。
その膝の球体関節にペーパーナイフを突き立てた。
ガチンッ!
硬い手応え。
刺さらない。
だが、挟まった。
人形は構わずに腕を振るってくる。
後ろに跳んでバックハンドブローを躱し、素早く周囲を観察する。
他の人形はまだ起動したところだ。
敵の増援が来るまで、もうしばらくか。
それまでに人形の攻略法を見つけなければ、詰む。
片足が動きづらい状況での大振りで、人形は体勢を崩しながらももう一方の手を伸ばしてくる。
半ば転びながらだ。
どうやら賢くはないらしい。
恐らく、元からこの人形は数の暴力で敵を制圧する目的なのだろう。
だから、その懐に潜り込む。
倒れ込んでくる人形の下。
頭の宝石に狙いをつけ。
すれ違うタイミング。
横へと抜けながら。
掌底を突き出す。
下から上へと。
カウンター。
直撃した。
手応え。
硬い。
ジンと痺れる左手を庇いながら、掌底の反動も利用して、その場に留まらずにすぐさま距離を取る。
倒れ込んだ人形はそのまま腕を伸ばしてきたが、儂には届かんかった。
「ちっ」
あの頭の宝石が弱点と思ったが、壊すどころか、外せる様子もなかった。
まるで頭と一体化しているみたいな手応え。
ああもあからさまな弱点、無防備にはしないか。
再び奥を見る。
人形がこちらへと動き出している。
時間はない。
一度、部屋に戻るか?
いや、否。
侵入者の撃退を目的にしているなら、部屋が安全と考えられない。
扉なんぞ、どうとでもなるだろうし、ガスなり、魔法なり、送り込まれればどうしようもない。
だから、考えろ。
一秒で思いつけ。
人形への対策だ。
奇跡など願うな。
リュックにない。
持っているのは。
「一か八かよ!」
儂はポシェットの竜卵を握り、起き上がろうとしていた人形に迫る。
両腕で抱え込もうとしてくる人形。
ラグビーのタックルみたいな形。
その腕を跳躍で回避する。
人形の反応は目に見えて遅かった。
下、下と避けておったのはこの時のためよ。
そして、目の前には無防備な人形の頭部だ。
「ふんっ!」
そこへ竜卵を叩きつける。
普通なら卵が『グチャアッ』と砕けるところだろうが、通路に響いたのはキイィィンッという甲高い音だった。
人形の頭の宝石にひびが入っている。
宝石から光が失せ、たちまちの内に砕け散った。
脆い。
不自然なほどに。
だが、宝石を失った人形はだらりと手足を弛緩させて、倒れたまま動かない。
賭けに勝った。
遺跡群特効。
竜人族が竜帝から与えられた能力。竜卵から生み出される武具や道具は他種族の能力を打ち破るという。
ただし、それが羽化前の卵にあるかどうかは知らんかった。
ぶっつけ本番で試す事になってしまったが、成功のようだ。
「ならば、やりようはある、のう!」
次に近かった人形へと迫る。
奴らのペースに流されれば数で押されてしまう。十歳の体の持久力には期待できん。ここは先手必勝だ。
人形の対応は掬い上げるような右腕の一振り。
腕の外側へと回避。
同時、その腕を竜卵で突き上げた。
キイィィィンッ!
反応は宝石の時と同じ。
卵のあたった肘の部分が砕けて、前腕部分が飛んで行く。
金属部分も遺跡群特効は通じる、か。
逆の手が伸びてくる前に、卵を目の前の人形の腰に叩きつける。
前の二回と同様に腰の球体関節が砕けて、人形は半分に折れていった。
「まだか」
宙に浮きながらも尚、腕を伸ばしてくる人形。
腕を潜り抜けて、頭部へと接近。
宝石に卵を当てて、そのまま地面へと激突させた。
頭部ごと宝石が砕けて、完全に動きを停止させる。
ここが弱点なのは間違いないだろう。
また、情報が増えた。
三体目と四体目が迫ってくるのが見える。
高度な連携ではなく、たまたまタイミングが重なっただけか。しかし、数が増えるのは単純に脅威だ。
ならば、同時に相手などするかよ。
タイミングを狙って、一歩下がり、大きくもう一歩、この度は方向を変えて下がる。
倒した二つの人形の残骸が、迫る二体のそれぞれの進路に入るように。人形は仲間を避けるような事はしなかったが、それでも回り込むなり、乗り越えるなりせねば、儂の所までは来れん。
その結果、儂へと到着する時間がずれた。
三体目。
大振りの腕の下に入る。
蛙飛びの要領でアッパー。
顎への一撃で三体目が機能停止する。
四体目。
三体目ごと押し潰そうとして来たので、横に回避。
四体目はそのまま転倒する。
しかし、儂の回避先には五体目が待ち構えていた。
ちょこざいな。
見えておるわ。
五体目へと自ら跳躍し、顔面に卵をぶつけ、崩れ落ちていく膝を足場に四体目へと飛び掛かり、起き上がる前に後頭部を強打。
二体とも、崩れ落ちる。
卵、最強じゃのう。
竜人族が精霊族や獣人族に勝てた理由がよくわかる。
人形たちは仲間が五体もやられたというのに、恐れずに迫ってくる。
元から数で押し切るコンセプトなのだろうが、戦い方さえ知れたなら恐るるに足らん。
「さあ、来るがいい」
問題は儂の体力が果てるの先か、人形が尽きるのが先か、だが。
「お兄ちゃん、かっこいい! すごい!」
後ろからシャンテの声援が飛んできた。
今まで恐怖や驚きで固まっていたが、儂の戦いぶりに感動しているようだのう。
……ふふふ。
かっこいい、か。すごい、か。
おじいちゃん、頑張っちゃうからのう!
人形如きがシャンテに指一本触れられると思うでないぞ!
儂は卵を片手に、人形の群れへと襲い掛かった。