第14話:完成の足音と、届かない問い掛け
本義肢の最終組み上げ作業は、まるで繊細な精密時計を組み上げるかのように静かに、そして確実に進んでいた。
作業台の上には、鍛冶場で打ち出された銀白のパーツ群が整然と並んでいる。 カルラは拡大鏡を目に装着し、細いピンセットと微小な魔術刻印筆を使って、ソケット内部の魔導伝達針を一本ずつ組み込んでいた。
カチリ、カチリ。
静寂に包まれた工房に響くのは、精密な機械音と、すぐ隣に座るレオンハルトの静かな息遣いだけだ。
「……動かすんじゃないよ。あと二本で右腕のメイン回路が繋がる」 「……ああ」
レオンハルトは裸の右肩をカルラの前に差し出したまま、じっと動かずにいた。 カルラの指先が彼の皮膚に触れる。かつては緊張で硬直させていた肩の筋肉は、いまやカルラの手に全幅の信頼を寄せるように、柔らかく、温かく弛緩していた。
「よし……接続完了。……魔力流動、テスト」
カルラが呟くと同時に、レオンハルトは意識を集中させた。
――ウィーン……。
微かな作動音とともに、完成しつつある本義手の五本の指が、まるで本当の人間の肉体であるかのように滑らかに、寸分の狂いもなく開閉した。 仮義手とは比べものにならない反応速度と、肉体そのものと同化しているかのような圧倒的な一体感。
「すごいな……。皮膚の感覚すら、微かに伝わってくるようだ」 「当たり前だろ。ソケットの裏地に触感感知用の微小魔導結晶を敷き詰めてんだ。熱さも冷たさも、物の硬さも、あんたの脳へ直接伝わるようになってるよ」
カルラは拡大鏡を外すと、疲れたように息を吐き出し、満足げに胸を張った。
「これで……右腕と左脚の本組みは、全体の九割が完了だ。あとは明後日の最終適合テストと、魔力同期の定着確認をすれば……完成だよ」
「……そうか」
レオンハルトの返答は、思いのほか静かだった。
完成。それは、彼が待ち望んでいた「騎士としての再起」を意味していた。 右腕と左脚を取り戻し、再び戦場へ立ち、守るべき民のもとへ戻るための約束の時。
だが――その言葉が工房の空気に落ちた瞬間、胸の奥を刺すような、小さな痛みが二人の間に走った。
(完成する、ということは……この男がここを出ていくということだ)
カルラはハッと息をのんだ。 毎朝の爆音のような目覚まし。片手片脚で泥臭く運んでいた水バケツ。不器用に焼いてくれた手作りパンの味。そして、自分の作る道具や技術を、世界で一番の宝物のように眩しい瞳で見つめてくれた、あの真っ直ぐな姿。
当たり前のように二人で過ごしてきたこの工房の日常が、あと数日で終わってしまう。
「……何湿っぽい顔してんだよ」
カルラは寂しさを誤魔化すように、乱暴に作業台の工具を整理し始めた。
「あんたが早く騎士団に戻って手柄を立ててくれないと、金貨五十枚の残額が回収できないだろ。私は一刻も早くあんたを追い出して、美味しいお酒とふかふかのベッドを手に入れたいんだよ」
いつもの意地悪な毒舌。 だが、その声がいつもよりわずかに掠れ、震えているのを、レオンハルトは聞き逃さなかった。
「……カルラ」
「何だよ」
「俺が去った後……この工房は、また静かになるな」
レオンハルトは完成しつつある右手の義手を見つめ、静かに呟いた。
「毎朝の水汲みも、薪割りも、お前の無茶な注文に文句を言う奴もいなくなる。お前は……一人でこの大きな工房を守っていくのだな」
「当たり前だろ! 元々一人でやってたんだ、あんたというバカな居食い虫がいなくなれば、せいせいするよ!」
カルラは背を向けたまま、強がりを吐き捨てた。 だが、手に持っていたドライバーを握る指先が、強く白くなっていた。
去っていく男。 見送る職人。 最初から分かっていた関係だ。彼は「民を守る」ために戦場へ戻る騎士であり、自分は「生活を豊かにする」ために街でモノを作る装具士。交わることのないはずだった二つの人生が、傷と義肢によって一時的に重なっただけに過ぎない。
レオンハルトはゆっくりと立ち上がると、背を向けたままのカルラの隣へ歩み寄った。
カツン、カツン。
本義足の足音が、静かに響く。
「……カルラ殿」
「だから何だよ……っ」
カルラが振り返ろうとした瞬間――。
レオンハルトの右手が、そっとカルラの細い手首を包み込んだ。
「あ……」
本義手を通して伝わってくる、カルラの皮膚の柔らかさと、ドクドクと速まる手首の脈拍。 触感感知結晶が拾い上げた「彼女の体温」が、レオンハルトの脳へダイレクトに突き刺さる。
「……温かいな」
「っ……!」
「お前の手は、いつもこうして温かい。……お前が俺にくれたこの手と足は、お前の体温そのものだ。戦場へ戻っても、俺はお前と共にいると感じられるだろう」
レオンハルトの澄んだ青い瞳が、カルラの潤んだ琥珀色の瞳を吸い寄せるように見つめる。
氷の騎士と呼ばれた男。 自分の命など何とも思っていなかった男が、いま、一人の女性を手放したくないという、切ないまでの愛おしさに胸を焦がしていた。
「……レオンハルト」
「俺は……騎士団へ戻り、必ず成果を上げる。そして――」
レオンハルトの言葉が、一瞬だけ途切れた。
「そして、どうする」のか。 騎士として生涯を戦場に捧げるつもりだった男が、その先の言葉を口にしようとした時、己の内に芽生えたあまりにも巨大な望みに、自分自身で戸惑っていた。
民を守り抜いたその後に。 すべての義務を果たし終えたその後に――自分はこの温かい工房へ、この女性のもとへ戻ってきたいのだと。
「……なんでもない。今は、まだ口にするべきではないな」
レオンハルトは苦笑交じりに視線を下げ、そっと彼女の手首を解いた。
残された手首の冷たさに、カルラの胸がぎゅっと締め付けられる。
(言いたいことがあるなら……ちゃんと言いなよ、バカ……)
カルラは溢れ出そうになる涙を必死に堪え、握りしめた拳を自分の胸元に当てた。
別れの足音は、着実に近づいている。 だが、寂しさと切なさが増せば増すほど、二人を繋ぐ目に見えない絆は、完成していく義肢と同じように、より強く、美しく研ぎ澄まされていくのだった。
(第14話 終わり)




