第六話 『しずくの過去と、消えた帰る場所』
夏休みに入ったある日。
相沢恒一が仕事から帰ると、部屋の中は妙に静かだった。
「……あれ?」
いつもなら、ソファでだらけている雨宮しずくがいるはずなのに姿がない。
「白雪、しずく見なかったか?」
隣の部屋を訪ねると、美月は少し困ったような顔をした。
「昼頃から出かけたまま戻ってません」
「連絡は?」
「既読もついてません」
その瞬間。
嫌な予感が胸をよぎった。
恒一はすぐにスマホを取り出すが、電話は繋がらない。
外はすでに夕暮れだった。
「……探してくる」
「私も行きます」
二人は急いで街へ出た。
駅前、公園、商店街。
思いつく場所を探しても、しずくは見つからない。
そして夜になりかけた頃。
河川敷のベンチで、小さく座り込むしずくの姿を見つけた。
「しずく!」
恒一が駆け寄る。
しずくは少し驚いたように顔を上げた。
「……なんで来たんですか」
「探したに決まってるだろ」
「別に、放っておいてもよかったのに」
その声はいつもより弱かった。
美月が静かに隣へ座る。
「何かあったんですか?」
しずくはしばらく黙っていた。
やがて、小さく口を開く。
「……家から連絡が来ました」
恒一と美月は黙って聞く。
「帰ってこいって。でも、帰りたくないんです」
夜風が静かに吹く。
しずくは膝を抱えながら続けた。
「家にいても、誰も私を見てませんでした」
その言葉は、とても静かだった。
怒りでもなく、悲鳴でもない。
諦めきった声だった。
「成績が悪ければ怒られて、良ければ当然って言われて。何をしても、意味なくて……」
恒一は拳を握る。
しずくはまだ高校生だ。
本当なら、もっと甘えていい年齢なのに。
「だから逃げたんです。最低ですよね」
「最低じゃない」
恒一は即答した。
しずくが目を見開く。
「つらかったなら、逃げてもいい時くらいある」
「……」
「少なくとも、俺はそう思う」
美月も静かに頷いた。
「一人で抱え込む必要はありません」
二人の言葉を聞いて。
しずくは俯いたまま、小さく肩を震わせた。
「……っ」
泣いているのかもしれない。
だが、恒一も美月も何も言わなかった。
ただ隣にいた。
それだけでいい気がした。
しばらくして。
しずくは涙を拭い、小さく笑う。
「……帰りましょうか」
「ああ」
三人は並んで歩き出す。
夜の街灯が、その背中を静かに照らしていた。
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次回は「天使様の嫉妬と、二人きりの買い物」です。
お楽しみに!




