お別れを描くのなら
遅くなってしまい大変申し訳ございません。
また本日からは毎日投稿に戻らせていただきます。
重い足取りで、我が家へと戻る。
重苦しい沈黙が広がる扉を開けて、私は震える声を絞り出した。
「ただいま」
「急に外なんて行ってどうしたの?」
「……なんでもない」
「そう?」
アンナさんの言葉を背に寝室に戻り、数少ない自分の私物を一つ一つ自分のバッグに詰めていく。
詰め終わり、アンナさんに最後に挨拶をしようとリビングへと向かう。
でもここで心配をされてしまうと決意が鈍って、この家を去りづらくなってしまうから、あくまでも普通に、いつも通り、笑顔で……
「アンナさん、いつもありがと」
「どういたしまして、元気があるなら朝ごはん食べなさい」
「わかっ……」
いつものように、テーブルに並んだ温かいご飯に手を伸ばそうとした、その瞬間、
――早ければ早いほど良い
頭の中で、あの男の冷徹な言葉がこだまする。
ここでのんびりしていたら、この優しい人たちが巻き添えで殺されてしまうかもしれないのだ。
「……っ、ごめん! やっぱり、後で食べるね!」
「ちゃんと食べなさいよ。片付かないんだから」
その呆れたような小言を背中で受け止めながら、私は涙が溢れそうになるのを堪えて、一気に玄関へと走った。
もう、この声を聞くこともない。
そう思うと足がすくみそうになったけれど、私はぐっとドアノブを握りしめ、最後に一度だけ振り返った。
「……ありがとうございました」
届くかどうかもわからない小さな声で呟き、私はそのまま外へと飛び出した。
重々しい音を立てて、我が家の扉が閉まる。 その瞬間、私の大好きな日常が、二度と開くことのない境界線の向こう側へと永遠に閉ざされてしまったような気がした。
◇◇◇
「まとめてきました……」
戻ってきたときそこにはドームはなく、再びフードを身に着けた男がいた。
「じゃあもう出発するぞ。」
男がそう言って踵を返した、その瞬間だった。
朝の静寂を切り裂くように、地響きを立てて激しい馬蹄の音が響き渡る。
「なに……!?」
男性が瞬時に私の腕を掴み、生い茂る木々の影へと引きずり込んだ。
「あぁ、だから準備は早くしろと言っただろうに……今は俺がいるからいいものの…」
すかさず例の半透明な水色のドーム――認識阻害の結界が、私たちの周囲を覆う。
結界ができたのち男性はドームから出ていこうとした。
「っ……!?なんで…!?隠れないと!」
「ここで待ってろ」
男性は忌々しげに舌打ちをして私の下から離れていく。
男が結界を抜けて出ていったすぐそこに、恐ろしいほどの殺気を放つ一団が到着した。
漆黒の重厚な鎧を身に着け腰には剣を下げている。
しかし、目の前にぬっと現れた男の姿を見た瞬間、集団の先頭にいた騎士は、心底嫌そうな声を漏らした。
「なんだ、なぜお前がここにいる」
「ここらでしか取れないteva-keraがあったのだ。お前らはなぜここにいる。俺を殺しに来たのか?お前らごときがを俺を殺せるとでも?」
男の言葉に応じるように、周囲の殺気がさらに膨れ上がる。
少し離れている私にまで生々しく伝わってくるその圧迫感に、体が震えた。
「……ここでpova-luが感知されたと聞いて来てみれば……とんだ無駄骨だった。帰るぞ!」
「はっ……!」
先頭の騎士が周囲に呼びかけると、一団はすぐにその場を離れていった。
騎士たちの姿が見えなくなるのと同時に、男が私の方へと近づいてくる。
「多分もう戻って来ないだろう。出てこい」
言葉とともに、ドーム型の結界が溶けるように消えていく。
「行くぞ。ついてこい」
「あっ、ちょっと……!」
私が腰を上げるより早く、男は背を向けてスタスタと歩き出してしまった。
私は慌てて立ち上がり、遠ざかる背中を必死に追いかける。
しばらく歩いてたどり着いた先は、私の家も、町も一望できるような丘の上だった。
「あの……ここで一体、何を?」
「お前に関わったすべての人間から、お前に関する記憶を消す。分かったらもう喋りかけるな」
私の質問に、男はいら立ちを隠そうともせず吐き捨てる。
「え……なんで消すんですか……!? 別に、消さなくても……!」
さっきの集団は去ったのだからと抗議の声を上げるがそれもまた一蹴される
「先ほどの奴らを見ていなかったのか? 奴らは、魔力を持つ者を手に入れるためなら手段を選ばない。そう言ったはずだ。もう一度聞くが、お前は家族を殺したいのか?」
「……いいえ」
「町の奴らを道連れにしたいのか?」
「…………いいえ」
私は喉の奥から、辛うじてそれだけの声を絞り出した。
男の唇が微かに動き、聞いたこともない言語の羅列が呪文となって紡がれていく。
それに呼応するように、男の足元から淡い白銀の光が染み出し、波紋のように丘の地面を浸食していった。
男の紡ぐ呪文らしき言葉を耳にしながら、私はただ、その様子をぼんやりと見つめることしかできない。
そして私の頭の中にはとりとめもない思考がぐるぐると駆け巡っていた。
――どうせ忘れるならもっと、ちゃんと、お礼、言っとけばよかった
―――ご飯食べてくればよかった
―――申し訳ないことをしたな……




