お茶会とお泊りと不穏と
立っているのは何だからと、ダリアさんは可愛い木製の椅子を引いてくれた。
目の前のテーブルにはすでにお茶の準備が整っている。ふわりとハーブティーのような良い香りが漂うなか、ダリアさんは自分の分のカップを手に取り、ふと思い出したように私を見た。
「そういえば名前どうするの?」
「え?本名のソ……」
「ちょっと!本名をそんなに軽々しく言っちゃだめ!」
私が名前を紡ぎきるより早く、ダリアさんが勢いよく身を乗り出してきた。 あまりの剣幕に、私の口は「ソ」の形のまま固まる。ダリアさんは大慌てで周囲の気配を窺うように見回したあと、はぁーっ、と深く大きなため息をついた。
「シエから何も聞いてないの?」
「なにも……?」
私がきょとんとして首を振ると、心底あきれたようにこめかみを押さえている。
「もう……あの子ったら……本当に相変わらずなんだから……」
ダリアさんは真剣な表情に戻ると、椅子の距離をぐっと詰めて、私の目をまっすぐに見つめてきた。
「いい?簡単に言うとrekh、つまり本名は自身の設計図と同意義のものなの。だから他人に知られてしまうと、その設計図を勝手に書き換えられて、体を強制的に変異させられる。または、繋がっている根源から魔力を根こそぎ奪われる、ということが起きてしまうのよ」
ダリアさんの声音が一段と低くなり、部屋の空気がピリッと張り詰める。本名を知られるだけで体が変異するか、魔力を奪われる……。
なんて物騒な世の中……普通さ、ファンタジーってとんでもないチート能力持って、何も考えずにその力を行使して、みんなからモテモテでぅぇーいっていう感じではないのか……?おかしくね?一片しか見えていないがなんかダークだぞ……?
「あたしたちvrel-lu達は、私も含めて魔力で生かされてるから、魔力がないと死んでしまう……そこら辺の詳しい仕組みは、後でシエに聞きなさい。あの子があなたの師匠なんだから」
「え?師匠?」
今度は別の衝撃的な単語が飛び出し、私は間の抜けた声を上げてしまう。あの男が、私の師匠?
私の反応を見たダリアさんは、呆れをも通り越し、もはや同情に満ちた眼差しが私に突き刺さる。
「そこも聞いてなかったの……あなたも大変ね……」
ダリアさんは気の毒そうに私の肩を優しくぽんぽんと叩き、困ったような苦笑いを浮かべた。
「まぁ言うなれば、teva-lu(テヴァ=ルー)を持つ人を保護して、一人前になるまで育て上げるのが師匠の役目。あのシエがねぇ……。まぁサポートならするから……頑張って?一応いい子よ。シエも。一応」
ダリアさんが紅茶を飲もうとカップを持ち上げたところで中の紅茶がなくなっているのに気づく。
「あら、もう紅茶がなくなっちゃった。それにもう暗くなってきたしお茶会はお開きにしましょ。今日は泊まっていきなさい。基本的には弟子は師匠の家で暮らすのが一般的だけど、あの子多分何の準備もしてないわよ」
あぁ……たしかに何も準備などしてなさそう……風評被害ありそうだけど……
「じゃあ……お言葉に甘えさせていただいて……」
「今日は私と一緒に寝る?来客用の部屋もあるけど」
「あ、それなら来客用のお部屋で大丈夫ですよ」
一応初対面であるダリアさんと一緒に寝るのは流石に気まずいなぁと思いやんわりとお断りさせていただく。
すると、ダリアさんは分かりやすく両眉をハの字にして、唇をぷくっと尖らせた。
「えーー!一緒に寝ましょ!パジャマパーティーしましょ?お布団は広いから大丈夫よ!」
「どうしてもいやって言うなら無理強いはしないけど……」
そんな寂しそうな顔で言われたら、断れるわけがない。美女のシュンとした表情は、それだけで罪悪感を刺激するのだ。
私は完全に降伏し、白旗を上げた。
「………一緒に寝ましょう………」
「やった!」
さっきまでの寂しそうな表情はどこへやら、ダリアさんはパッと顔を輝かせて、まるで小さな子供のように嬉しそうに両手を叩いた。
完全に策に嵌められた気もするけれど、この笑顔を見せられたらもう何も言えない。
「じゃあ準備しないと!フェシアもアトルもこういうの一緒にしてくれないからなぁ」
子どものように喜ぶダリアさんの口から飛び出した新しい名前に、私は首を傾げた。
「フェシアさんとアトルさんですか?」
「えぇ私の弟子と弟子。かわいい子達よ」
お弟子さん!!いたんだ……何歳だろ?またとんでもない年齢だったりして。




