05 制裁
「ご、ごめ、ひっぐ」
二人が保健室に向かう途中、六斎堂愛忌はひたすら泣きじゃくり、謝り続ける。
「もうそのことはいいよ~……。というか、なんかすっごい嫌な予感するし……」
嫌な予感というのは、二人の夢がリンクしている可能性のことだろうが、その場合謝らなければいけないのは十中八九渡良瀬愛依である。
渡良瀬愛依は考える。
その仮説をそれとなく立証する手段を。
勘違いだった場合「明晰夢で女っぽい同性の生徒を襲って楽しんむヤバい奴」というレッテルが貼られてしまう。
友達もいないままその汚名を着せられるのは、なんとしても避けたかった。
「あ~……愛忌ちん、俺はね、変なこと言われたりしても、ほら、今みたいにさ、傷付いたりしないからさ~……」
「……ひぐ」
「だから、友達になろうよ~……。そう、俺の母さん美容師だから、友達割でカットしちゃうよ~」
「…………!」
渡良瀬愛依は、夢の中で六斎堂愛忌に言った言葉を自然な流れで繰り返した。
予想通りと言うべきか、六斎堂愛忌はそれに反応した。
渡良瀬愛依はいよいよヤバいという顔をする。
「……な、なんで。…………なんで、それ、知ってるの……?」
「ん~? どどど、どういうこと~……?」
「……僕が、人と話せない理由のことも、髪の毛のことも……。ぜ、全部、夢で、渡良瀬くんに話したこと」
疑惑が確信に変わった。
渡良瀬愛依の顔は、青ざめ、社会的な死を覚悟した。
六斎堂愛忌は追求の手を止めない。
「た、たまたまっしょ~……」
「僕が初めて渡良瀬くんに夢であったとき、渡良瀬くんは担任の先生とキスをしていた。その後、強引に僕の胸を揉んできた。股間を擦り付けてきた。その次の日は、嬉しそうに僕の胸に顔をうずめていた」
「……ちょっ! 二日目のほうは、愛忌ちんが貸してくれた胸じゃ~ん! ……って、あ……」
「や、やっぱり、夢で話したこと、渡良瀬くん、知ってる」
見事にカマをかけられた。
自分から白状する形になり、渡良瀬愛依は窮地に陥る。
「い、いや、違う! 違うって! ……違うから!」
「……ゆ、夢で会ってないなら、渡良瀬くんが夜な夜な僕の枕元に立って、寝ている僕の寝言に合わせて会話をしていたとしか考えられない」
夢での卑劣な行為を認めるのと、夢枕に立つストーカーとして生きるのと、どっちがマシなのか。
どっちもどっちである。
「……と、とりあえず、また後で話すっしょ~……。色々と整理したいし……」
「う……うん。ぼ、僕も……で、できれば、夢の中で話したい」
衝撃的な事実を目の当たりにして、社交性皆無な二人は"延期"を選択した。
保健室へ向かう途中だったが、行き場を無くした渡良瀬愛依はあらぬ方向に消えていく。
六斎堂愛忌は教室に戻り、授業を受けるかと思いきや、懲りずに居眠りを始め、教室内をざわつかせた。
「……うっ! つめたっ」
五時間目は体育だった。
渡良瀬愛依は、六斎堂愛忌の鼻水にまみれた体操着を身にまとう。
これは現実なのか。
それとも、明晰夢を連続して見たせいで、夢と現実の区別が曖昧になってしまっているだけで、ここもまだ夢の中なのか。
「……あ、もうこんな時間……」
午後の渡良瀬愛依はずっと上の空だった。
気がついた時には、いつの間にか下校時刻を過ぎており、六斎堂愛忌は既に下校していた。
特に具体的な約束をしたわけではないが、帰宅し風呂食事と済ませ眠りにつくと、六斎堂愛忌は先に夢の中で待っていた。
「……マジじゃん……。夢が繋がってるとか、嘘っしょ~……」
「それは本当。渡良瀬くんのやったことは全て事実」
いつも以上に、六斎堂愛忌は饒舌になる。
「今日の午後は、渡良瀬くんがいつ襲ってくるのか、恐ろしくて勉強が手につかなかった。入学式以来眠るのが怖いのは渡良瀬くんのせい。唯一救いだった授業中にも渡良瀬くんが現れて、僕は絶望した。現在は転校も考えている」
六斎堂愛忌、強い言葉で渡良瀬愛依を責め立てる。
しかしその表情は、言葉の強さとは真逆で、なぜかとても嬉しそうだった。
「……?」
渡良瀬愛依の反応が芳しくないことに、六斎堂愛忌は首をかしげる。
どうやら、今の非難は六斎堂愛忌による"好意的ないじり"らしい。
これでは友達がいないのも納得である。
「…………ごめん、愛忌ちん……いや、六斎堂さん。転校……なら、俺がするよ。席も明日から代わってもらうから。本当にごめん」
当然ながら、冗談として受け取るわけがなく、渡良瀬愛依は猛省し、深く頭を下げる。
予想に反する返答に、六斎堂愛忌は大慌てで弁解する。
「……! しかしそれはもう終わった話。今のはただのぼやき。すでに心の整理もついている。過去は振り返らない。今後気をつけてくれれば何も気にしない。今までどおりで構わない」
「……? そ、そうなの、六斎堂さん……?」
「愛忌ちんでいい。僕の苗字は長い」
「あ、愛忌ちん」
「そう。……ぼ、僕達が考えないといけないのは、これから二人でどうしていくかということ。争っている場合ではない。夢の中でのルールはもちろん、明晰夢を見続けることによる身体への負担についても」
六斎堂愛忌は、先ほどの話題を流すように、やや強引に真面目な方向に話を進める。
「たしかにそうだね~……。愛忌ちんは、いつもは夢の中で何してたの? というか、愛忌ちんも明晰夢見てたんだね~」
「普段は、ストレスを発散するために、怪獣になりきってあらゆる物を破壊している。ちなみに僕は、中学三年生の頃から明晰夢を見ている。夢の中で勉強ができたら天才になれることに気付いたのがきっかけ」
そう早口で語る六斎堂愛忌は、心に闇を抱えているようだ。
「ま、まあ夢の中にまで干渉する気はないけど、悩みがあったら言ってくれれば聞くよ~……」
「僕は今のところ心身ともに健康。気持ちだけで十分。人の良心につけ込むような真似はしない。そして」
「そして?」
「最近気になっていることがある。何故か夢を見ると必ず教室にいる。前までは道路だったり、公園だったりもした」
夢を見ると必ず教室が舞台になる。
これは、二人が疑問に思っていた現象だった。
「俺もそうなんだよね~。というより、普通の夢を見なくなったような……。って、話がずれたね。……ルールとか、寝不足になるって話だっけ~?」
「……そう。特に睡眠不足は深刻な話。既に実害が出ている」
「確かに……。とにかく明晰夢を見なくてすむ方法が見つかるまでは、こっちでも大人しくするしかないっしょ~……」
「僕もそう思う。渡良瀬くんが性獣と化していなければ、いくらかマシにはなる」
「や、もうそれはないっしょ。今更愛忌ちんに性欲とか沸かないし」
「…………」
六斎堂愛忌はキッと渡良瀬愛依のボケ面を睨む。
同性だろうが異性だろうが、言い方によっては人を傷つけることもあるようだ。
微妙な間が生まれながらも話は続く。
「とにかく、極力、脳に負担がかかりそうなことをしなけりゃ問題無いと思うけど~」
「……ストレス発散ができないのが辛い」
「辛くなったら、俺に話してくれればい~よ。辛くなくてもね」
「…………そうする」
当面の予定を立てた二人は校舎内を探索し、再現できている箇所とできていない箇所をチェックした。
原理は不明だが、夢の世界の構築にはルールがあった。
まず、現実世界で見たことのある景色のある場所に、夢の世界でも訪れる。
そして、本来その景色のある場所を視界に入れると、そのあたり一面が記憶をもとに構築される。
つまり、渡良瀬愛依の家があったとしても、渡良瀬愛依自身が夢の世界でその家のある住所まで行かない限りは、六斎堂愛忌は渡良瀬愛依の家には行けないということだ。
次に、夢の世界で移動させたり、壊したりしたものについて。
具体的な境界線は不明だが、明確な意思を持って移動させたものは、次に夢に入った時にもその移動は継続する。
反対に、なんとなく机を動かした、というようなものは、いつの間にか元に戻っている。
このあたりは、意思の力が強く反映するらしい。
「それじゃ、また学校で」
「うん。またあとで」
夢の世界の仕組みを理解しながら一通り校内を回った後、二人は現実世界へ帰って行った。




