33 朗報
「はっ……。ね、寝ちゃった」
悲しみに暮れ、涙で枕を濡らしていた六斎堂愛忌は、いつの間にか眠りに落ちていた。
時刻は十五時。
今寝てしまうと、新学期前に生活リズムが崩れてしまう。
さっさと起きてしまおうと、立ち上がったその時だった。
「あれ? 愛忌ちん?」
「…………えっ」
「うおお! 久しぶりじゃ~ん」
この昼過ぎの夢の世界に、渡良瀬愛依は滞在していた。
「な、なんで、渡良瀬くんがいるの……? 木下さんの家にいるんじゃ」
「ん? まいちんの家? なんで?」
「だ、だって、ずっといないから」
「あ~……。ごめん、一週間くらい前に、宿題やれって母さんにめちゃくちゃ怒られてさぁ~、そっからなんか昼夜逆転しちゃったんだよね~」
四人で買い物に出掛けたあの日の夜、渡良瀬愛依は母親に宿題の進度を聞かれた。
何一つ進んでいないことを知った母親は激怒し、その日の夜から宿題をやるよう渡良瀬愛依に命じた。
結局、毎日のように宿題を消化し続けた結果、生活リズムはすっかり昼夜逆転し、六斎堂愛忌と渡良瀬愛依は夢の世界ですれ違いになってしまったのだ。
「あれ、今何時? もしかしてもう夜ってこと!?」
「……三時くらい」
「えっ、昼の? 深夜の?」
「深夜の」
「ま、マジで……? お、終わった」
「うそ」
「あ、愛忌ち~ん……」
「……ふふふ」
六斎堂愛忌は、昼夜逆転についてなんの連絡もよこさなかったことに拗ねている。
しかし、渡良瀬愛依がいつも通り夢の中にいたことを知り、喜びと安堵の気持ちを隠せない。
「……もう会えないかと思った」
「そんな大げさな~」
「大げさじゃない。一週間も会えなかった」
「いや、一週間じゃん……」
「…………」
六斎堂愛忌は、無言で渡良瀬愛依の頭を叩く。
そういうことじゃないんだと言いたいのに、じゃあどういうことなんだと言われると何も言えない。
木下舞子と親密な関係になってしまったのかと心配していた気持ちを持っていく場所も無い。
仕方ないので、口ではなく手が出ていった。
「えっ、ご、ごめんって~……」
「許さない。僕は今、一週間ぶん怒っている」
「え~……。あ、そうだ、愛忌ちんは宿題終わったの~?」
「……あと、スタディアシストが二冊」
「仕方ない、愛忌ちんには、お詫びにこれを授けよう」
そう言って渡良瀬愛依が創り出したのは、分厚いゴミことスタディアシストの解答冊子だった。
「じゃ~ん! 凄いっしょ!」
解答冊子自体は、スタディアシストの冊子にホチキス止めされ付属していた。
当然だが、配布後すぐに、カンニング防止のため教師のもとに集められたのだが。
「こ、これ、どうして……?」
「フフフ……。集められる前に、一通り目を通しておいたのさ~」
明晰夢を最大限活用した小賢しい男である。
「全部数字の選択式だから、こう数字だけ……」
「二三二一四二……」
「そうそう。ある程度覚えたら起きて、メモして~、を繰り返すとすぐ終わるよ~」
「……渡良瀬くんは、もう終わったの?」
「当たり前っしょ!」
「じゃあ、それを学校で見せて欲しい」
「あ、うん……」
なんだかんだで、いつの間にか二人はいつもの調子を取り戻しつつある。
渡良瀬愛依と六斎堂愛忌の関係は、これくらいじゃ変わりようがなかったのだ。
「他にもまだ怒っている」
「え~、まだあんの~?」
六斎堂愛忌はそう言うと立ち上がり、教室内を一周するように歩き出した。
「何~?」
「……よく見て」
「あ~……。太った?」
飛んできた椅子を、渡良瀬愛依は間一髪で避ける。
「……痩せた? 髪切った?」
悪魔の手により、木下舞子の机と椅子は粉々になった。
「適当は禁止。次は無い」
「めんどくさいタイプの彼女じゃ~ん……」
「彼女ではない」
六斎堂愛忌は教室内を一周し、渡良瀬愛依の目の前まで戻ってきた。
痺れを切らした六斎堂愛忌は、そこで立ち止まると、もじもじと、自分の身体を見せつけるように立ち位置を変える。
そこまでしてやると、渡良瀬愛依はようやく変化に気がつく。
「……あ、分かった。そのパジャマ、新しいやつじゃん!」
「こういう変化には早く気付くべき」
「マ、マジで彼女じゃん……」
「それでもいい」
怒っているような口ぶりとは裏腹に、六斎堂愛忌の表情はニヤケ顔になっている。
しかし、六斎堂愛忌には、まだ一つ物足りていないことがあった。
「……か、感想は」
「感想? パジャマの~?」
「そう」
「……ん~。あ、愛忌ちん相手に言うのも変だけど」
渡良瀬愛依は、深呼吸をしてから、恥ずかしそうに口を開く。
「めっちゃ……か、可愛いと思う」
その言葉を聞いて、六斎堂愛忌は「変じゃない」と、とびきりの笑顔を見せて言った。




