32 依存
「ついたね~! えっと、どうしよう、私は、洋服とか見に行きたいんだけど……」
「僕は洋服と枕を見たい」
「じゃあ、一緒に回ろっか~! 愛依くんとまいちゃんは、どうする?」
「……ゲーセン」
「あ、俺もゲーセン~」
「えっ……」
都合良く二手に分かれ、それぞれのグループは共通の目的地に向かった。
とにかく渡良瀬愛依から逃げたい木下舞子だったが、渡良瀬愛依と目的地が被ったのは大誤算だった。
「あっ、二人ともおかえり~。みんな揃ったね」
「いや~、盛り上がってたら時間忘れちゃった~」
二時間後、四人はショッピングモールのフードコートで再集合した。
六斎堂愛忌は、安眠枕や洋服など、お小遣いを使い果たしたに違いない量の紙袋を、両手いっぱいに抱えている。
「愛忌ちゃん、服の趣味同じだから嬉しかった~」
六斎堂愛忌と同じブランドの紙袋を持った神谷かのんは、嬉しそうに小さく揺れる。
恐らく、六斎堂愛忌の大量の紙袋は、神谷かのんに乗せられて買ったのだろう。
「わ、渡良瀬くんは、ずっとピコピコ……?」
「てか渡良瀬くんうますぎて笑ったわ。余裕でボロ負けしたし」
「いや、まいちんミスしないから焦ったよ~! やっぱ人とやると楽しいね~」
驚くことに、二人はいつの間にか意気投合していた。
一人でゲームセンターに通うことも多々あった渡良瀬愛依、そして木下舞子は、あらゆるゲーム筐体に触れ続け、その腕は熟練の域にあった。
その二人が今日、初めて人と隣り合わせでゲームをプレイしたこともあり、親密度がぐんと急上昇したらしい。
「てかサァ、メガミューのべリハの譜面見れるとかどんだけ目いいのって感じ」
「いや~、あれは目をつむってやってるんだよね~。見るとつられるから」
「ウッソマジ!? は~、神ですわ、ほんと」
二人は、決して混ざりたいと思えない痛々しいゲーム談義に花を咲かせる。
これがなかなか長いのだ。
結局、フードコートで食事を済ませたあとも、二人はゲーム談義を続行し、なんと集合時に集まった最寄り駅についてもまだ、その専門用語まみれの寒気がする会話は続いていた。
「あっ、じゃあここでバイバイだね」
「あ~、俺達ちょいゲーセンで遊んでから帰るわ~」
「あっ、そうなの? ふふ、もうすっかり仲良しだね~。今日は呼んでよかったぁ」
脇腹を突いていた頃が懐かしいくらいに親密度を上げた二人を見て、神谷かのんは嬉しそうだ。
六斎堂愛忌は、少し後ろからその光景を見ている。
「じゃ、途中まで帰ろっか、愛忌ちゃん」
「う、うん。……わ、渡良瀬くん、あの」
「ん~? じゃあね、愛忌ちん~、かのんちゃん! また遊ぼ~」
「はやくいこ、渡良瀬くん。あそこ六時過ぎるとすぐ追い出されるんだよね」
六斎堂愛忌は、渡良瀬愛依に何か言いかけていたが、渡良瀬愛依はゲームセンターに向かうことに気を取られていたため、その言葉は無視された。
時間まで残り一時間しかない二人は、華麗にオタクダッシュをキメて、彼方へと消えていく。
どうせ夢の世界でまた会えるので、あまり現実にこだわる必要も無いのかもしれない。
「……来ない」
その日の夜、六斎堂愛忌は一足先に夢の世界で渡良瀬愛依を待っていた。
しかし、体感では既に深夜を回ったあたりだろうか、それでも渡良瀬愛依は現れない。
「…………」
結局その日は、朝になっても渡良瀬愛依は来なかった。
その日以降、渡良瀬愛依は夢の世界に現れなくなった。
一週間が経過した。
夏休み終了まであと二日。
六斎堂愛忌は、朝からパジャマ姿のまま、たまった宿題を必死に消化している。
結局、四人で買い物に行った日から、渡良瀬愛依は夢の世界に現れていない。
もちろん六斎堂愛忌は、事故にでもあったのかもしれないと、心配に思い連絡しようと考えた。
「……っ」
しかしその度に、四人で買い物に出かけた日の、フードコートで木下舞子と楽しげに話す渡良瀬愛依と、解散後に二人でゲームセンターに向かい消えていく姿が頭に浮かぶ。
木下舞子と話す渡良瀬愛依の表情はとても明るく、六斎堂愛忌と一緒にいる時よりも楽しそうにも見えた。
木下舞子も楽しそうで、女の顔をしていたような気すらしてしまう。
「……い、今は宿題を進めるべき」
と言いながらも、良くない想像が頭に纏わりついて離れない。
解散後、ゲームセンターに行ったあと、二人は何をしたのだろう。
木下舞子の家は、どこなんだろう。
夢の世界の影響範囲の外に住んでいるのかもしれない。
渡良瀬愛依が夢の世界に来ないのは、木下舞子の家に入り浸っているからなのかもしれない。
「………………」
思い返すと、買い物に行った日、六斎堂愛忌は渡良瀬愛依と一言もまともに会話をしていない。
自分が神谷かのんに付きっきりだったから、渡良瀬愛依は離れてしまったのかもしれない。
そんな想像をしてしまう六斎堂愛忌の目からは、自然と涙が溢れ、机の上に開いたノートがぼやけていく。
「…………」
「………………」
「……………………もういいや」
宿題消化から一時間後、六斎堂愛忌は宿題を終わらせることを諦めた。
残るは、スタディアシストなる外部教育機関の発行する問題集が二冊。
これがまた分厚く、教師もいちいちチェックしてはいられないだろう。
こんなもので成績が付くわけがないのを察した六斎堂愛忌は、その冊子を投げ捨て、ベッドに横たわった。
「……寂しい」
この夏休みを振り返る。
思えば、海に行ったときから、少しづつ変わっていったことが一つある。
渡良瀬愛依と六斎堂愛忌の人間関係だ。
神谷かのんという異分子が、渡良瀬愛依と六斎堂愛忌の中に混ざり、それに続くように、木下舞子も加わった。
六斎堂愛忌は神谷かのんに懐いた。
依存先を失った渡良瀬愛依は、木下舞子に懐いた。
渡良瀬愛依と六斎堂愛忌の共依存の関係が崩れたのだ。
「…………」
気づいたときにはもう遅い。
失って初めて分かる、渡良瀬愛依の大切さ。
目先の新しい刺激に目がくらみ、その先の幸福を捨ててしまったのだ。
後悔してももう遅い。
二人の絆は既に消え失せた。
後悔してももう遅い。
後悔しても…………




