03 眠い
「ねむ~……」
翌朝、渡良瀬愛依は学校に着き、席に座るなり大あくびをする。
彼は寝不足だった。
今までは「明晰夢を見る」と意識しない限り明晰夢に突入することも少なかったが、最近は、無意識に明晰夢に突入することが多くなっていた。
明晰夢を見るデメリットとして、"脳が休まらない"という点が挙げられる。
週に何度か見る分には問題ないが、毎日続くと寝不足になるのは当然だ。
「あ、愛忌ちん、おはようっしょ~……」
六斎堂愛忌が静かに教室に入り、席に着く。
すると、渡良瀬愛依は反省もなく、六斎堂愛忌に絡む。
勝手に夢の中で許された気でいるところが、明晰夢に毒されていることを証明していた。
「…………」
当然、六斎堂愛忌は喋らない。
そう思ったが、
「……ご」
「?」
「……ごめ、さ、い。一昨日、から、ほと、ど、……寝、られて、なくて」
「あれ~? 夜更しはお肌の大敵っしょ~!」
継続は力なりとはよく言ったものだ。
こんな適当なコミュニケーションに、六斎堂愛忌は応えようとしている(拒絶反応ではあるが)。
お互いにコミュニケーション能力がマイナス方向に振り切れているのが掛け合わさって、プラスに転じたのだろうか。
「…………ぐう」
その日一日、六斎堂愛忌はうとうとと頭を上下に揺らしながら授業を受け、後ろに座る渡良瀬愛依の集中を掻き乱した。
「み、三日連続は、さすがに運命じゃ~ん……」
案の定、この日の夜も明晰夢だった。
そして、渡良瀬愛依の夢の世界にいる人物もまた、案の定六斎堂愛忌だった。
「……僕達は唯一関わりのあるクラスメイト。夢に出てくるのは必然。ただ、ちょっとしんどい」
「……何もしないほうがいい?」
「非常に助かる。しかし、普通に散歩するくらいなら問題はない。脳に余計な負荷をかけなければお話をしてもいい」
夢の中の六斎堂愛忌は、意外にも人懐っこかった。
渡良瀬愛依も、三日連続で奈落の底から目覚めるのは勘弁なので、今日は六斎堂愛忌に従うことにして、二人で校舎内を散歩することにした。
「……俺、この学校全然知らね~んじゃん……」
二人は校舎内をうろつく。
現実で見覚えが無く再現不能な箇所は、近接した補完できる箇所に合わせた色が置かれる。
視界の端に一度でも映った景色については、正確ではないがぼやけたイメージが反映される。
渡良瀬愛依の見る景色は、そういった曖昧な景色で埋め尽くされていた。
「……あっれ~? 職員室、入ったことあったっけ……?」
教室のある五階から二階まで降りていくと、大抵の部屋の内観はところどころ再現不能な状態になっていたが、何故か職員室だけは細部まで再現されていた。
「……ところで、なんて呼んだらいい」
「ん? 俺の名前~? 愛依でいいぜ~っ」
「承知した。これからは渡良瀬くんと呼ぶ」
「……あれ? まあいいけど~……」
「名前で呼ぶのは特別な時。言葉には言霊が宿る。無駄撃ちはしない」
六斎堂愛忌は、意外と堅物である。
「……ま、なんにせよ~……現実でもこれくらい、ふつ~に話してくれたらいいんだけどね~」
「話したいことは頭の中にたくさんある。しかし口には出せない」
「え~っ、全然トークしちゃおうよ~! どんなトークでも傾聴しちゃうよ~」
「……現実の渡良瀬くんには人格が存在する。本物のあなた……、渡良瀬君は、今のように僕の下僕として存在しているわけではない。僕が話せばきっと傷付く」
「いや、もう傷付いちゃったけど~……」
「そういうこと。僕が喋るといつもそうなる。僕のコミュニケーション能力は絶望的。切れたナイフ」
「……ま、そこは否定できないっしょ~……」
そうは言っても、奇跡的に噛み合うのがこの二人であり、その後もなんだかんだで話が弾み、二人は久々に平和な夜を過ごした。
「あ、おはようさん、愛忌ちん~?」
「お、……おはよう」
三日目にして、ついに六斎堂愛忌が挨拶を返した。
少し照れた顔は隈が目立つが、それでも、昨日よりかはいくらかマシに見えた。
尚、当然ではあるが、その後いくら渡良瀬愛依が話しかけても、六斎堂愛忌が返事をすることは無かった。




