21 観察
「……あら、この前の前橋さんのお友達さんじゃない。どうしたの? 面会かな?」
「は、はひ」
ある日、二人は再び面会に訪れた。
あれから一ヶ月が経過したが、依然として意識は回復しないままだった。
前回同様面会カードをぶら下げた二人は、慣れた足取りで前橋凛子の病室まで足を運んだ。
「……凛子ちん、何か変化あった?」
「ふふ。……普通なら、何も無いわ。って言うところだけど、実はね? ほんとに少しだけど、前よりも、笑っているように見える瞬間が増えたの」
確かな変化。
だが、早期の回復を願う二人にとって、それは些細な変化でしかなかった。
「……わ、笑うほかに、体調の変化とか……あったり、しませんか」
「ん~? そうねえ……。体調に変化は無いわ。……と言っても、私も毎日ずっと前橋さんのそばにいるわけじゃないの。精密検査だって、何か、変化がない限りはしないから……」
「……そ、そうですか」
今まで、年単位の努力をする経験の浅い生活を送ってきた高校生にとって、この一ヶ月間の些細な変化を、ポジティブな変化として素直に受け入れる心の余裕は無かった。
どうしても落ち込みを隠せない二人を見て、看護師は小さく笑う。
「ふふ。あなた達には小さな変化かもしれないけど、今まで、ずっと寝たきりだった前橋さんに変化があったのは、とっても大きな変化なの。……それにね、体調に変化があったなら、それは意識が回復したも同然だから……。大丈夫。前橋さんはきっと目を覚ますわ」
看護師は落ち着いた態度で、二人に優しい笑顔を見せる。
看護師が言っていることが事実なのか、それとも二人を安心させる言葉なのかは分からない。
"意識を取り戻す"ということが、立ち上がり、会話ができるようになるという意味ではないかもしれない。
それでも二人は、この看護師の言葉を信じようと思った。
「……あなた達も飽きないわね。私の相手なんて、わざわざしなくたっていいのよ」
「ここじゃないと一緒に遊べないんだから仕方ないじゃ~ん。だったら早く起きちゃってよ~」
「起きられるならとっくに起きてるわよ。……で、今日は、何をするのかしら」
平和な毎日だった。
渡良瀬愛依と六斎堂愛忌が、動画サイトやブログで見つけた面白い遊びを実践し、前橋凛子が、その遊びというものの時代の変化にいちいち驚く。
そんな毎日を過ごし、更に一ヶ月が過ぎた。
春も終わりの様相を見せ、高校一年の夏に差し掛かろうとしていた。
「ねえ、愛忌ちん」
「な、なに?」
「凛子ちんさ、正直なところ、どう思う」
「ど、どうとは、どういうこと……?」
「……目を覚ますかどうか、ってこと~」
「……少なくとも、僕たちが諦めたら、いけない」
「ま~、それは分かってるよ。今のままでいいのかな、って思っただけ」
六月に入り、渡良瀬愛依は考えていた。
夢の世界で前橋凛子の感情を刺激し続けるのが回復への近道だと思っていたが、実践してもう二ヶ月が経過した。
それは、遊びに対する新鮮味が薄れ、どうしても、新しいことへの感動が弱くなってしまう。
早い話、マンネリ化してしまう頃なのだ。
「……わ、渡良瀬くんとキスしていた頃がピークだった」
「ばっ……! ま、まあ、そうかもしれないけど~。……もう一回やる?」
「や……やめておく」
あれも、前橋凛子がまだ二人の人となりを知らず、久しぶりの来客であることも掛け合わさって、勝手に盛り上がっていただけである。
もう一度再現したとしても、以前のような効果は期待できないだろう。
「……長期戦になるのは覚悟している。僕一人でも大丈夫」
「いや、俺も、ここで諦めるような人間じゃないよ~。……今日もよろしくね、愛忌ちん」
「おっす、凛子ち~ん」
「……来たのね。……なんだか、いつも悪いわね」
「……今日は将棋。意外と楽しい」
「失礼ね。将棋は普通に楽しいわ。少なくともオセロよりは」
「オセロのほうが楽しいけど~」
「オセロには劣る」
「なっ……! これだから現代っ子は、簡単なゲームばっかり……」
複雑だとかどうとか以前に、将棋は三人で遊ぶゲームではなかった。
六斎堂愛忌と前橋凛子が対局する間、何かと茶々を入れていた渡良瀬愛依も、対局者二人が手元の歩兵を弄り倒し合った十分後には完全に飽き、一時間が経つ頃、二人の持ち駒は渡良瀬愛依が勝手に創り出した大量の飛車と角行で埋まっていた。
早く終わって欲しいらしい。
「……なかなか強いじゃない。現代っ子もなかなかやるわね」
「……今一番強い棋士は、まだ高校生。中学生の頃には、既に六段になっていた」
「そうなの……!? くっ……、そういうの、ワクワクするじゃない……!」
「……早く起きるといい」
「当たり前よ。既にリハビリは始まっているわ」
少なくとも、目が覚めたときの思考能力は正常に違いない。
筋肉系のリハビリ以外は、ここで済みそうである。




