20 病院
「は~、夢見んのが憂鬱っしょ~……」
「も、申し訳ない」
次の日の学校では、二人は今後の前橋凛子との対応を考えることでいっぱいいっぱいになっていた。
高校生が抱える案件としては重すぎるこの出来事は、少なくとも、コミュニケーション能力の欠けた二人が背負うべきものではなかったかもしれない。
「……今日は、びょ、病院へ行きたい。前橋さんについて、もう少し知っておく必要がある」
「ま~、そう言うと思ったけどね~。俺達だけで面会できるといいけど……」
前回帰り際に交換した、前橋家の電話番号に電話をかけると、前橋凛子の母親は、快く入院先の病院を教えてくれた。
前橋凛子が入院している病院は、この特殊な夢の世界のルール通り、学校からバスで数分足らずで着く、近所の大きな大学病院だった。
「あ、あの、面会希望、なんですけど」
「こんにちは。面会の方ですね。こちらにお名前の記入をお願いします」
諸々の受付を済ませ、二人は渡された面会カードを首にかける。
七〇二号室に案内され、様子をうかがうように病室に入ると、そこには、夢の世界で会った女の子の面影を残した、前橋凛子という大人の女性が穏やかに眠っていた。
「前橋さん、お見舞いの方が来ましたよ~!」
付き添いの看護師は明るく声をかけるが、当然ながら反応はない。
「……凛子ちん、全然美人じゃん」
「…………綺麗」
眠っているその女性は、何十年も寝たきりであるようにはとても思えない、美しい姿をしていた。
夢の中の前橋凛子に、そのまま大人の美しさを宿したような、思わず見惚れてしまう雰囲気を漂わせ、彼女は眠っていた。
「ふふっ。二人とも、変なコト考えちゃダメですよっ。……でも、ほんとに綺麗なんです、私が来たときから、ずっと。きっと、楽しい夢でも見てるのかなぁ」
看護師は、前橋凛子の身体を抱え上げ、濡れたタオルで優しく首筋を拭きながら言う。
長い間、彼女の身の回りのお世話をしている看護師の一連の所作は、見ている二人をも安心させた。
「あ、あの、前橋凛子さんは、目を覚ます可能性って、ど、どれくらいなんですか」
「う~ん……。分からないわ。もしかしたら、今日目を覚ますかもしれないし、この先ずっと、目を覚まさないかもしれない。前橋さん次第、って言うと、冷たく聞こえるかもしれないけど、現状では信じて待つしかないの」
遷延性意識障害。
植物状態とも呼ばれるこの症状は、脳に大きなダメージはあるものの、脳幹という、生命を維持する部分は生きた状態のことを言う。
脳幹が損傷している、いわゆる脳死状態に比べ、意識を取り戻す可能性は高いとされているが、一年以上植物状態が続いた患者が意識を取り戻すケースは、ほんの僅かな例、それも、特殊な実験的治療法を施した例に限られる。
前橋凛子は夢の中で、「三年も経っていない」と言っていたが、そういった植物状態に関する知識がなかったのは、精神的な部分で幸いだったかもしれない。
「……あ、でもね。最近、なんとなくだけど、前橋さんの表情がね、少し明るくなったような気がするの。……今日は普通に寝てたみたいだけどね? ほんとに、少しだけ」
「! それって、もしかして~……」
「…………」
看護師の言葉を聞いて、二人は確信した。
望みはある。
前橋凛子の表情が明るくなったとするなら、この二人が前橋凛子と出会ってからに違いない。
夢の中から、彼女の脳に干渉できる。
その可能性を知ることができたのは、二人にとって、大きな収穫だった。
「また来てね。前橋さんの、お友達さん」
二人は看護師にお礼を言うと、すぐに病院を後にした。
前橋凛子の意識を取り戻す。
お節介と思われるかもしれないが、二人は、何と思われようともその目的を果たす覚悟を、この日あらためて決意した。
「……何の用、あなた達」
「おっす、凛子ちん。落ち着いた~?」
「見れば分かるでしょ。落ち着いたわよ」
廃工場内はすっかり綺麗になり、もう飛ばす物が何も無くなっていた。
二人がここまで来るとき、やたらと廃材が道に転がっていたのは、前橋凛子が一通り暴れた後だったからだろう。
「……今日は、現実世界の前橋さんに会ってきた」
「……! 何してるのよ、本当に……。どうせ、醜い女だったんでしょ、私は」
「……そんなこと」
「い~や、それは目を覚ましてからの秘密っしょ~!」
渡良瀬愛依は六斎堂愛忌の言葉を遮る。
「……ふん、別にいいわ。どうせ、もう興味も無いわ」
「あ、そう? 良かった~、愛忌ちんが寝てる凛子ちんにキスしたやつ、お咎め無しっぽいじゃ~ん」
「っ! ……そう。お、王子様のキスは通用しなかった」
「ちょっ……! あんた達、何してんのよ……!」
「あっれ~? 興味無いんじゃ無かったの~……? ま、全部ウソだけどね~」
「……ぐっ……! なんてムカつく奴なの……!」
急に無茶なフリを飛ばされた六斎堂愛忌は、渡良瀬愛依を睨みながらも上手く合わせた。
二人なりに、前橋凛子を元気付けようとした結果だった。
「……で、今日は何? もう、あなた達と関わることなんて何も無いわ」
「そんなこと言わないでさ~。愛忌ちん、病院で眠ってる凛子ちんに惚れちゃったんだから~」
「……そういうの、大丈夫よ。私をおだてたところで、何も変わらないわ」
「惚れたのは嘘。でも、僕と渡良瀬くん、そして付き添いの看護師が前橋さんに見惚れてしまったのは本当」
前橋凛子は、六斎堂愛忌の正直な言葉にむず痒そうにたじろぐ。
「……と、ということで、前橋さんに恩を売っておくために来た。……今なら夢の中で一緒に遊んであげないこともない」
「あなた、いい性格してるわね……。はあ、なんかどうでも良くなってきちゃったわ。……そうね、今流行ってる遊びでもやってみせて」
「……分かった。ペンとリンゴを用意する」
少しづつだが、荒れた心を取り戻しつつある前橋凛子と共に、二人はこのあとの一ヶ月間、毎日のように彼女と夢の中での時間を共に過ごした。
タイムリーなことに20年以上寝たきりの人が目を覚ましたニュースが..




