第六話 化けたのは誰ですか?
「いや~助かったぜぇ~」
そう言って男は相手の杯に酒を注いだ。
そこは場末の酒場で薄暗い壁の端にあるテーブルだった。そこに二人の男の姿がある。
片方は茶髪で短く髪を切っており、体格もガッチリしている。腰には剣も下げておりその男が剣士だと言うことを現していた。そして、もう片方は金髪の髪を少し伸ばしており服装も魔術師がよく着るローブだった。腰には宝石の付いた短い杖がある。こちらは見るからに魔術師風の男だった。
剣士は傷はあるが精悍な顔つきで一声女性に声をかければ何人かはついて来そうな雰囲気がある。しかし、一方の魔術師の方はどこかパッとしない顔で奇麗な金髪が逆に似合っていなかった。剣士よりも少し年を取ってそうで余計にうだつの上がらない人物の様に見える。おそらく女性に声をかけても一人も近寄らないだろう。
そんな対照的な二人が仲良く酒を呑んでいる。ここが場末の酒場だからもあるかもしれないが変な組み合わせではある。
そして、もう一つおかしなことがある。剣士の男は大声で喋っているのに関わらず周りは全く気にしていなかった。そう、声が全く周りに聞こえていなかった。おそらく魔術師が魔術で何かしているのだろう。それを考えるに魔術師の男は見た目はともかく、魔術の腕はあるらしかった。
「偶々騒がしかったから行ったまでだ。
そう言う意味ではお前たちは運が良かった」
「確かに俺たちは、いや、あいつらは運が良かったな。
魔王の散歩に立ち会えるなんてな」
そう言って剣士は己の酒を一口呑む。
そう、この剣士はあの魔剣を持っていた剣士だった。そして、一方の魔術師は……。
「魔王ルクロソス。
あいつら、散々誉めてたぜ、お前のことを。
流石魔王様ってな」
「……魔王と呼ぶなって言っているだろう、ラウル」
ルクスはそう嫌そうに言った。
「じゃ~、ルクロソス様ってか?」
「今はライトだ」
そう、その魔術師はルクスが魔術で化けたものだった。前世の自分を模して。
「ああ、悪い悪い。今は万年下っ端の魔術師様だったな」
そう言ってラウルと呼ばれた男はルクスの腰にある杖を見る。その杖は持っている者が魔術師であることを示すと同時に下級魔術師であることを示していた。上級魔術師は杖など使わないのだ。中級の魔術師の場合はもう少し立派な物を使う。そんな簡素で短い魔術師用の杖など下級の者しか使わない。
「しっかし、よく上手く化けるな。女が化けるのは常識だが男でそこまで化けるのはお前くらいだな」
「……人を厚化粧の塊みたいに言うのはよしてくれないか?」
「かっかっか。確かに化ける女は大抵厚化粧だな。今度ひび割れるか見てみるか」
「ひびがあっても指摘するなよ。
お前の顔がひび割れることになるぞ」
「おぉお~~。それはおっかねぇ~な」
そう言ってラウルと呼ばれた剣士は恐ろしそうに酒を一口呑んだ。
それを見てルクスは、実際にひびを指摘した前世の同僚を思い出していた。忘年会の酒の席だったとは言え、会社のお局様に言うとは。ある意味彼は勇者だった。まぁ、必ずしも勇者が生き残るとは限らない。おお、勇者よ死んでしまうとは情けない。それでは同僚は死ななかったが。
「しかし、お前ならもっとマシな面に化けれるだろう?」
「はぁ~。毎回言っているだろう? この顔が気に入っているのさ」
「美形の顔は見飽きたってか?
はっ、流石王都一、いや魔界一の色男は言うことが違うねぇ」
「ほっとけ」
虫を払うように手を振ってルクスは言う。
(悪かったな不細工で)
胸の中でルクスはそう呟く。確かに今のライトの顔は美形とはかけ離れている。幸いアジア系の顔は魔界にも南の方の土地で見かけるので違和感はないがイケメンと言うには無理がある。
「髪の色ぐらい黒色にすればいいのに」
「この姿で変に目立ってどうする。」
「言うほど目立たねぇだろう?」
「それでも嫌なんだ」
「そんなに『制定王』と一緒なのが嫌なのかよ」
「悪いか?」
「はん。そっちの方が珍しくて目立つだろうに」
その気持ちが分からないとでも言うように首を振りながらラウルは言う。
「『制定王』ジベルタ様。かの王に憧れないのはお前ぐらいだな。流石魔王様だぜ」
「よせって言っているだろう。
それに……憧れるからこそだ。たかが髪の色だけで一緒だと言われる方の気持ちになって見ろ。
かの王と比べものにならないくらい自分がよく知っている」
そう自分を評価してルクスは言う。
(そう、彼女とは比べるまでもない)
『制定王』ジベルタ・トレク・レド・ガドロルド。
二千年と少し前にいた、本物の魔王。
長い黒髪の美しい女性だった。今も彼女の肖像画などが溢れている。今でも人気だ。確かに綺麗で美しいかった。
しかし、ただそれだけではなかった。
それにはこのゼネロスと呼ばれる大陸、いやセフィロルと呼ばれる世界を少し語らねばならない。
今世界はゼネロス大陸のおおよそ東西を半分に分ける形で魔界と聖界とに分かれている。
しかし、そのジベルタ王がいた当時はそれが定まっていなかった。
およそ千年周期に魔界と聖界の境界が東西に動いていた。要は魔力濃度の分布が遷移していたのだ。一番薄い時は大陸の西の端近くまで、逆に濃い時は東の端近くまで。
その遷移を止めたのだ、このジベルタ王は。魔と聖の境界を制定した者。だから『制定王』と呼ばれている。
「確かにな。かの王のおかげで今の俺たちがある。
もしかの王が今の様に魔界と聖界との境を固定しなかったら、今頃俺たちは西の島で縮こまって生きてただろうぜ」
「そうだろうな」
そう、生活できる範囲が増えればそこを自分の物にしようとする。それは生物の根本にある生存本能だ。
だから、魔界の領域が減れば人族は侵攻して来た。このガドロルドへ。
それは酷い有様だっと伝えられている。魔族の物は根こそぎ奪われ、そして魔族は大量に殺された。
「人族はろくでもねぇからな。こちらは侵攻したことがねぇって言うのによ」
「そうだな」
ルクスは相槌を打つように言う。
(まっ、史実を信じるならば、だろうが)
ルクスは心の中ではラウルの言葉に若干疑問を呈していた。
人族は魔界には住めない。そして、魔族は聖界に住めない。
聖界は周りの魔力が少なくて己の魔力が回復し難い。だから、ホイホイ魔力を、魔術を使っていてはすぐ魔力切れになり動けなくなる。ただ何気なく生活しているだけでも魔力を消費している。いや、発散している。
別に聖界に入ってもすぐには動けなくなる様なことはない。しかし、長く住むには適してはいない。
だから、魔族も聖界に侵攻しようとは考えない。
では魔界の領域が増えた時はどうだったか?
人族ほど強欲ではないからしなかったのか?
そう言う訳ではない。ただ単に出生率の問題だ。
魔族は魔力を大量に保有し強い。寿命だって人族よりも長く生きる。しかし、そのためか出生率は低い。
だから、聖界が千年間広がった後魔界が千年間広がる間、人族に壊された自分たちの街などを復興するのに精一杯でとても東の端まで攻めていく余裕がなかったのだ。それにまた聖界が広がった時に人族に奪われる前提ならば、態々人族の領域に街などを作るのは余計なことでしかない。
しかし、人族憎しで攻めて行った者もいるだろう。まぁ、建てた物がなど残っていないで分からないが。
ちなみに、人族が建てた物などは魔力が濃くなると壊れるので、魔界が広がった時大抵の物が風化する。
「だから『制定王』様様だが、お前も卑下するほど悪くはないと思うぜ、魔王様よ」
「だからよせって言っているだろう」
「これはこれは、ルクロソス陛下。なにとぞお許しを」
「今はライトだ」
「でも、お前のおかげで部下たちが助かったのは事実だぜ。俺も感謝している」
茶化すの止めてラウルはそう真剣な顔でルクスを見て言う。その目は魔王ではなくルクス本人を見ていた。
「ならいいさ」
ルクスはそう少し気恥ずかしそうに、そして嬉しそうに答えたのだった。
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