第十六話 婚姻したのは誰ですか?
長い黒髪が特徴の奇麗な少女だった。いや、女性か。
女の子の成長はあっという間だ。やれ這い這いしただの、やれ立ったのだの言ってる間にすぐに走り回るようになる。
そして、走り出した子を追いかけるのが難しいことに、いや己が歳をとったことに嫌でも気付かされる。
それからすぐだ。妙齢な歳になり嫁ぐのは。
多くの者が嫁ぐのを見て来た。皆自分の血族だ。たまに遠い血族の者もいたが関係ない。等しく己の娘だ。
だが、一番気にかけた娘は、一番心に残っている娘は、そして、一番悔やむ娘は一人だけだった。
(本当によく似ておる……)
他の大公たちの話を聞きながら、己の対面に座る者を見てルドヴィークは一人の娘を思い出していた。
自分で決めたことはこの大公たる己を前にしても頑として譲らず真っ直ぐな娘だった。
ただ、何か失敗した時隠し事がある時など急に黙って静かにしている。
そう、今目の前にいるあの娘の忘れ形見がそうしているように……。
それが何かなどむろん知っている。色々と忍ばしている使いの者たちの手を借りなくとも、いやでも耳に入るほど噂されている。
もちろん、他の大公たちも知っているし、それに気付いている。だから、すまし顔でどうでもいい話をしているのだ。そのしおらしく黙っている魔王が面白いから。
本当に面白い。いつもは色々と聞いて来たり提案したりするのに、今日は本当に大人しい。
そんな様子のルクスを見てルドヴィークは、今とは違う様子だったルクスと初めて会った時のことを思い出した。
(そう、あの時もあの娘に似た仕草で真っ直ぐな目を向けてきおったな)
それはこの場所にルドヴィークが来なくなってしばらくの月日が経った日のことだ。幼いルクスがルドヴィークに会うため単身西方イスロルドの領主館に突然飛んで来たのだ。
先王の父親のこと、また母親のことで謝罪するので力を貸してくれと言うために。
幼くもルクスのその姿にルドヴィークはルスクの母親シルヴェーヌの面影をはっきりと見たのだった。
それまでルドヴィークは自責の念に耐えれなかった。この場所、この城に来れなかったのは何も先王ドュマドロスとに確執があっただけではなかった。
もしあの時、あの娘をシルヴェーヌをドュマドロスに嫁がせなかったら良かったのではないか。そうすれば今もあの娘も死ななかったのではないか。あの時、シルヴェーヌが言った事に断固反対していれば……。
魔王に嫁ぐのは名誉なこと。
そう言ってあの娘は嫁いで行った。あの真っ直ぐな目をして。
確かに魔王に嫁ぐのは名誉なことだ。今いるこの大陸の半分を手に入れている王となればこの世界の半分を手に入れているも同じ。そのような王へ嫁ぐのを臣下として一貴族として喜びはすれ悲しむことはないはずだ。例え平凡な王と言えど。
しかし、ルドヴィークは乗り気ではなかった。いや、心の内では反対していた。
それは王であるドュマドロスが先王と比べ劣っていたから、ではなかった。
ドュマドロスがシルヴェーヌを望んだ理由が黒髪だったからだ。
確かに黒髪を持つ者は保有している魔力が高い者が多い。しかし、黒髪ではないからと言って低いと言うわけでもない。
大公たちを見ればわかるように彼らは黒髪ではない。でも、魔王に次ぐ魔力を持っている。
だが、黒髪に幻想を持っている者は多い。そして、その一人がドュマドロスだった。
彼はその幻想に盲信にしていた。なので黒髪でない自分に嘆いた。
そして、自分の子にそれを求めた。
ドュマドロスがシルヴェーヌと結婚した時、歳は一五五歳だった。魔族では初老あたりか。
その年になるまで結婚の話など一切でなかった。魔族は寿命のこともあり結婚は遅くなりがちだが王族でそれは珍しかった。
しかし、まるっきり噂が無かったかと言うとそうではなかった。
いわく、黒髪女性を夜な夜な連れ込んでいる。いわく、生まれた子が黒髪でなかった場合親子ともども亡き者にしている
それらは確固たる証拠もない話だった。夜な夜な連れ込んでいれば隠しようがないし子が生まれたのならなおさらだ。
しかし、噂が出るにはちゃんとした煙があった。城に召し抱えた黒髪の女性が数人行方不明になっている。帰省の途中魔物にやられたと言われている。
そんな黒い噂がある者のところへ、ルドヴィークはシルヴェーヌを嫁がせたくはなかった。
しかし、ドュマドロスは熱心にシルヴェーヌとの婚姻を迫った。武力をチラつかせながら。それはどこか狂気にも似たものを感じさせ、なりふり構っていられないようだった。
流石にルドヴィークはただ自分が気に入らないからと魔王と全面戦争や決闘をするわけにもいかず、のらりくらりとシルヴェーヌが成人するまでドュマドロスの要求をかわしていた。
そんな中シルヴェーヌが成人し最後通牒じみた物がドュマドロスから来た時、シルヴェーヌが自ら魔王に嫁ぐと言い出した。あの真っ直ぐな目をして。そして、嫁いだ。
それはルドヴィークにとって大きな棘だった。
己が大公と呼ばれ魔王に次ぐ実力も持ちながら、あの娘の婚姻を退けられなかった。何と己の不甲斐ないことか。
そして、その棘がより深く刺さる出来事が起きた。
シルヴェーヌが懐妊し喜んだのもつかの間、産後の肥立ちが悪く20歳と言う若さで亡くなった。
失意のあまりルドヴィークは葬儀に行くことさえできなかった。今でもそのことを思い出すと胸が痛い。
それからだ。本気で引退を考え出したのは。失意で過ごした数年後、あの娘のためにとやっていた大公の仕事もほぼほぼ息子に受け継がせた。今でもその殆んどを息子が取り仕切っている。
そして、引退後どうしようかと考えていた時、ルクスが己に会いに来たのだ。
つい前にドュマドロスが亡くなったことは聞いていた。もちろんその後をルクスが継いだことも。しかし、そのことは息子たちが考えるべきこと。己はもう関わるつもりはなかった。
だが、ルクスがそうはさせなかった。あの娘に似た真っ直ぐな目を向けて。
要請の内容自体は簡単なことだった。
その年の北方のノルロルドでは大寒波で作物の出来が悪く、その上魔物の被害も増えていた。その内の魔物の被害をイスロルドで押さえてくれないかと言う物だった。
食料の方はウェルロルドとナーロルドで用意すると。
弱い十歳も満たない子がこんな遠い西方まで単身飛んで来て、他の領地とも言うべき場所の為に頭を下げる。
これを目にした時、本気で己が耄碌したことを感じた。
何が大公だ。何が最高齢の者か。ただの老いぼれに成り下がった愚か者ではないか。
気付いた時には、無意識に臣下の礼をとり、すぐさま領軍の出立の旨を伝えていた。
そして、いつの間にか棘が抜かれていることに気付いた。
体に残る古傷のように少し痛むこともある。
だが、あの子が選んだ道は間違いだったと思うことは奇麗さっぱり無くなった。
なぜなら、あの娘の忘れ形見が己の母が正しかったと証明してくれたからだ。
なら、己のすべきことは一つだ。あの真っ直ぐな目を曇らせないようにするだけだ。
そのためなら老い先短い命などどうでもいい。その命果てるまで支えるだけだ。
そう、魔王の臣下として。
そんな事とルドヴィークは胸に秘め、さてどうしたら面白く魔王をからかえるかと考えるのだった。
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