第十二話 邪な者は誰ですか?
「また、魔王様宛の熱い恋文が届いております」
ここはルクスの執務室だ。ルクスは目の前にある山のような書類に目を通し処理をしている。いつまでたっても無くならないのは何か魔術がかかっているのかと思う。まぁ、ただ単に文官が付け足しているだけだが。
そんなルクスが少し休憩しているとセバスは銀のお盆に格式ばった手紙を乗せルクスに差し出してきた。
恋文と言うには少し硬い感じのする便箋にどこかの国の紋章が描かれている。
ルクスはため息をつきながら、一応と言うことで中の手紙に手早く目を通す。そして、「燃やせ」と言ってセバスに返した。
「たくっ、余計な事に労力をかける」
「確かにそうですな。
しかし、紙面通りになさったらどうです?」
「婚約しろというのか?」
そう言ってルクスは驚く。
燃やせと言った手紙には、今朝の朝食を食べていた少女、ミレイユと呼ばれるテラサインの王女との婚礼に対して書かれていた。
そう、いつの間にかルクスと婚約したことになっている話だ。もちろんルクスは、魔王国はそんなことを承諾した覚えはない。人族側が流した勝手な噂話だ。
「いえ、そうではなく。あれらを国に帰したらどうですか?
おそらくそのような事が書かれてたのではないですか?」
「ああ、確かに王女を国に帰せとあったな」
「返せばこのような手紙も無くなるのでは?」
「ふん、帰しても変わらんさ。どうせ、傷物にしただのと言ってくるだけだ。
もしかすれば、王女を亡き者にしてこちらの所為にするかもしれないぞ」
「流石にそれはないのでは?」
「どうだか。昨日の話を聞いただろう?」
「それは……はい」
「態のいい厄介払いさ」
そう言ってルクスは昨日の会話を思い出した。
―― ◇ ―― ◇ ――
「どう言うつもりだ?」
少し狭い部屋。今は使われていない城の一室に、ルクスとセバス、そして、勝手に城に入り込んだ者たちがいた。そして、その侵入者たちにルクスは鋭い視線で詰問した。
それは力弱い人族なら失神でもしそうなほどきつい物だった。並の魔族でさえきついだろう。
しかし、その侵入者たち。自己申告を信じるならば、テラサイトの王女兼大使とそのメイドはどこ吹く風で痛痒にも感じていなかった。
「部屋に入ったら、誰もいなかったのでちょっと座っただけよ。まさか人が来るとは思わなかったけど」
そう、目の前にルクスと同じように座る、ミレイユ・ファル・トア・テラサインと名乗った少女は答える。
黒髪の少女で綺麗だが、脅威になるとは感じられなかった。
しかし、衛兵が二人気絶させられている。
「衛兵を二人を倒しておいてか?」
「謁見の間の道を聞いたのだけど、血相を変えて問答無用で襲ってきたのよ。
全く、女性に暴力を振るうなんて酷いと思わない?」
そう少し憮然とした顔でミレイユは答える。
(おそらく、衛兵たちは自分たちの守っている古い謁見の間に行かれると思ったのだな。それで捕まえようとしたと)
「その前に何故勝手に入った? 表門、西にある門から入ればいいだろう?」
「ああ、何か西に回れって言っていたわね。でも、回るのは時間かかりそうだし、時間に遅れ気味だったからね」
「それで勝手に入ったと。……どうやって入った?」
「それは乙女の秘密よ」
「はぁあ!?」
少し語気を強めて問いただしたルクスにすまし顔でミレイユはそう答える。
何が乙女の秘密なのだろうか。訳が分からない。
そう思いルクスは鋭くその乙女とやらを睨む。しかし、その乙女の目には一片の恐怖や畏敬も浮かんではいなかった。
そう、まるっきりルクスに対して、魔王に対して何とも思っていなかった。
その目にはどこか面白がるような物さえある。
ふと、ルクスはその後ろにいる者にも視線を走らせる。
そちらの者も黒髪でその切りそろえられた前髪から覗く冷たい黒い瞳は、こちらが座っているのこともあってどことなく見下されているようにも見える。実際はメイドらしく視線を合わせずにいるだけだが。
しかし、そのメアと紹介されたメイドもルクスの視線に痛痒も感じていなかった。
(面白い。この俺の視線にビクともしないとは。そのような者はセバスや大公たちぐらいだと言うのに)
そんな風に少し面白がる心がルクスに沸き起こる。
「まぁそれはいい。
だが、あの謁見の間に入ったのはそれだけか?」
しかし、捨て置けないこともある。
「? それだけって?」
「あれを取ろうとしたわけではあるまいな?」
そう言っていっそうルクスは圧力を高める。普通の者なら圧し掛かられたわけでもないのに、倒れて這いつくばるだろう。それくらいルクスから魔力が溢れ、部屋中に見えない圧力がかかる。
「あんな古臭いのはいらないわ。
ああ、そもそも勇者の剣なんて欲しくはないわね」
しかし、ミレイユは何も感じないのか、平然とそう答える。
そう答えた少女の真意を知ろうとそのままルクスはその黒い瞳の奥を見ようとする。
その瞳は深淵のようで、それでいて澄んだ泉のようだった。ルクスはどこかでその瞳を見たような気がした。そして、それはどこかを思い出しそうになる。しかし……。
「邪な目で姫様を見ないで頂けますか?」
「ぶっ」
辛辣な物言いでそれは中断される。そして、今度はしっかりと冷たい目がルクスを見下ろしていた。そこにははっきりと汚物を見るかのような嫌悪感も現れている。
「何が邪な目だ!」
「邪気が溢れておりました」
「ただの魔力だ!」
「魔の力ではありませんか。それは邪とも言うのでは」
「言うか!」
「仕方がないわ、メア。男は皆、そうやって言い訳をするのよ」
「するか!」
「なるほど、それは仕方がありませんね」
「話を聞け!!」
声を荒げて言うが、この王女とメイドはそんなルクスを無視して納得し合っている。
「はぁぁ~~~~~」
どっと疲れがルクスを襲う。日頃感じる疲れとは一線を画する物だ。変な徒労感も沸き起こる。
「テラサインはどう言うつもりでお前を送って来た?
俺にそんなアホなことを伝えに来たのか」
ルクスは肘掛けに頬杖をつきながら、どこか疲れて聞く。既に魔力での圧力は霧散している。
「さぁ~? 知らないわ」
「知らない?」
「二日目前にいきなり伝えられたのよ。魔王国に大使として行けって」
「はぁあ!? 何故にそんな直近に知らせる?
いや、それより、もっと前から話はあったはずだ。こちらには一月ほど前からお前の名前は大使の後任として来てたぞ」
「さぁ~~。まぁ、私たちは国から離れて生活しているから、それで遅れたかもね」
「テラサインの国には住んでいなかったと言うのか? またどうしてだ?」
「二重で忌み嫌われているからね、私たちは」
「二重?」
「黒髪で『狭間の者』なのよ、私たち」
そうミレイユは自分の髪を指して告げる。
それは忌み嫌われていると言いつつも、どこか誇らしげに言うようにルクスには聞こえたのだった。
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