第九話 来ないのは誰ですか?
「まだ来ていないとはどう言うことだ?」
少し苛立ちが含まれたルクスの声が謁見の間に響く。
「そ、それがどこにもおられません」
係りの者がそんなルクスに少し慌てながら答える。その様子にルクスは少し冷静になると近くにいるセバスに問う。
「次の奴は新しいテラサインの大使で合っているはずだな?」
「はい、間違いありません。
ご予定ではその新しい大使との会見となっております」
先日魔王との変な噂が立ったテラサインの新しい大使がルクスに着任の知らせと顔見せをこれから行なうはずだった。
本来なら謁見者は控えの間ににて呼ばれるまで待つものだ。魔王側を待たせるものではない。
(まさか、怖くなってドタキャンしたか?)
そんな新入社員の面接試験か何かじゃあるまいしとルクスは思う。
「テラサインの大使館はどうなっている?」
「実は時間になってもその者が控えの間に現れませんでしたので、テラサイン国大使館に問い合わせたところ、まだこの国に来ていないとのことです」
「はぁあ!?」
素っ頓狂な声がルクスから出る。少しの間驚いた顔で固まる。
「何か予期せぬ事態でも起きたのか? いや、それならテラサインから連絡があるか……」
「それが詳細を問いただしたところ、今日にはこの国に着く予定だったと。そして、そのままこちらに直接来る手筈だったと」
「今日だと? 何でそんなに慌ただしい? 普通はもっと余裕を持つはずだろう?」
「そ、それは……」
「あ~~、お前に言っても詮無きことだったな。許せ」
焦る報告者にそう言ってルクスは安心させる。
(何かあるのか?)
普通、こう言うことは余裕を見てもっと先に現地入りするはずだし、それができないならキャンセルするとか、もっとずらすとかするはずだ。
それは前世の取引先の会社訪問でも同じ。アポを取っておきながら予定通りにいかないのなら即連絡は常識だ。ましてや、この世界では相手の機嫌を損ねれば即戦争となってもおかしくは無い。
特に魔王国はある意味人族の国と戦争状態でもある。直接攻めたり攻められたりは無くとも経済戦争は普通に行われている。現状魔界内で経済は回っているので、貿易に頼らなくても魔王国は問題ない。しかし、人族の国はそうはいかない。魔国の品々は品質が良く高く売れるからだ。それらを手に入れることは他の人族の国への牽制や取引にも使える。
それ故、魔王への謁見のドタキャンなどありえない。
その国の関係者の国外退去に入国禁止、貿易の停止、下手をすれば他国に働きかけて経済封鎖を行なうことだってあり得る。要は経済制裁だ。それが魔王国から行われてもおかしくはない。
(それはテラサインとて分かっているはずだ。それが分からないほどの愚か者なのか、新しい大使とやらは)
そう言えば新しい大使は王女だったことをルクスは思い出す。
(まさか、わがまま王女を地で行く奴じゃないだろうな)
そんな漫画か何かのキャラクターでもあるまいしと、ルクスは自分で否定する。
(それとも、何か別の理由でもあるのか?
魔王国に喧嘩を売って何になる?)
暫しの間ルクスは思いめぐらすがドタキャンの理由を思いつかない。
「まぁ、いい。
先日のテラサインの大使にでも伝えろ。大変遺憾だとな。ついでにしばらく関係者は国外退去な上入国禁止。もちろん商売人もな」
「他国へはどのようにいたしましょうか?」
「他の国にはいい。経済封鎖までする必要もないだろう」
「分かりました。ではそのように手配します」
そう答えたセバスに一つルクスは頷くと、もうこの件は終わりとばかりに次のことを考えようとした。しかし、先ほどの報告者がそれを止める。
「あ、あの~、お待ちください」
「何だ? 申してみよ」
「は、はい。実はそのテラサイン国の大使は既に帰国しているとのことです」
「……どう言うことだ? まさか後任が来る前に帰国したとでも言うのか?」
「は、はい。そのようでございます。
先ほどの詳細の確認を問いただしたところ、責任者は不在だと。
なので現状どうなっているかも現場の職員にも分からないとのことです」
「……つまり、テラサインに何かを伝えようとしても、大使館は当てにはできない。
そう言うことか?」
「は、はい、その通りでございます。
申し訳ございません」
「いや、お前の所為ではあるまい。事前に進言してきたことを褒めてつかわす」
そう言ってルクスはその報告者を労う。
「しかし、何を考えている? テラサインは」
「さぁ? よほど間抜け揃いなのでは?
もしくは神山があるとかで、思い上がっているのかもしれません」
「ああ、勇者を生んだ国だったか」
セバスの言葉にルクスは昔話を思い出した。
昔、まだ魔力の遷移が大陸で起きていた頃、魔界は大陸の東にある神山と呼ばれる所まで広がっていた。なので、人族はその辺りから東の方で生活をしていた。
そして聖界が広がり始める時、その東に追いやられた人族の中から勇者が現れた。
それは魔王との対極に在るような存在で、人族の中において最強であり唯一魔王に対抗でき、魔王をうち滅ぼせる者だ。……よくある物語のように。
そんな勇者が現れた場所。それが今のテラサイン国だった。
「いつの時代の話だ? そんな話、当の人族の間でも相手にされないだろう?
当時そこにしか人族はいなかったのだから、そこから勇者が現れるのは当然だし、今なら適当な国から現れるんじゃないか? もし現れるならばな」
そう、今は勇者は現れない。……そして、魔王も。
「現れると思っているのかもしれません」
「ふん。現れるわけなかろうに」
そう言ってルクスはチラッと王座の近くで刺さっている剣を見る。
(そう、現れるわけがない。この剣が……いや、あの剣があるかぎり)
ルクスはそう思い巡らす。
「まぁ、テラサインが間抜けかどうかはどうでもいい。ひとまずテラサインの関係者は国外退去な上入国禁止にしろ。こちら側と適当な国に伝えておけ。
そのうちテラサインにでも話が届くだろう」
「かしこまりました」
そう答えたセバスにルクスは頷く。
「さて、それじゃ時間が空いたな。ゆっくり休憩するか」
「それでは、執務室に準備いたします」
「だから、そこでは休憩にならないだろう? もっとテラスとか休み易そうな場所があるだろう?」
「いえ、休むのなら執務室が一番かと」
「……何で俺の城なのに、俺が休憩場所に行けないんだ?」
そうぼやきつつルクスはそこを後にしようとした。
しかし、慌ただしい音と声がそれを止めたのだった。そして、それはこれから巻き起こる騒動の始まりの合図だった。
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