さよならのパーティーです
最後の一週間は渚がいきたいところにいき、やりたいことをやろうと決めた。
渚にどこかいきたいところはないかと訊ねると、「私、遊園地にいってみたいです」とのことだった。
今の季節は冷えるから、しっかり厚着をして遊園地に向かった。休日の遊園地は家族連れやカップルで溢れていて、俺たちもその中の一組なんだなと思うと、幸せだった。
渚は遊園地に来るのは初めてだったようで、様々なアトラクションを見て目を輝かせていた。
渚の目にまず留まったのは、ローラーコースターだった。ローラーコースターを見るなり、あれに乗りたいといい出し、俺たちは乗り場の列に並んだ。寒くて手がかじかんだから、手を繋いで俺のコートのポケットに渚の手を入れて温め合った。
三十分ほど待って俺たちが乗る番になった。渚は少し不安そうな顔をしながらも楽しそうだった。ローラーコースターが一番高いところまでゆっくり上がっていき、一気に加速する。隣から歓喜の悲鳴が聞こえてくる。
乗り物を降りると、渚の足は少し震えていた。
大丈夫かと訊くと、
「平気です。ちょっと怖かったけど、楽しかったです」といった。
次は少し大人し目の乗り物に乗ろうということになり、メリーゴーランド
に乗ることになった。これならば足が震えることはないだろう。隣同士の馬に乗り、愉快な音楽が流れ始め、回転し始める。ここでは悲鳴の代わりに楽しそうな歓声が聞こえてきた。俺たちが乗る馬は上下に動き、周りの景色がどんどん変わっていく。
「私、小さい時からメリーゴーランド乗ってみたかったんです。でも、今まで遊園地にいく機会がなくて。小さな夢が叶いました」
それからいくつかのアトラクションを堪能した後、最後に観覧車に乗ることにした。観覧車のゴンドラがやってきて、乗り込む。扉が閉められ、俺たちはゴンドラに揺られ始めた。
ゴンドラから見える景色は徐々に小さくなっていった。
「雨宮さん見てください。私たちの街があんなに小さく見えますよ。こうやって高いところから見ると本当に小さいですね。ちっぽけな街ですが、私が雨宮さんと出会えた大切な街です。この三か月色んなことがありましたね。雨宮さんと出会って、友達作りを手伝って、デートの練習もしましたね。それから私が魔法が使えるようになって雨宮さんに友達ができて。今では私も川谷さんたちと友達になれましたけどね。そして雨宮さんと付き合って……まるで夢のようです。私はこの三か月で一生分の幸せを手にすることができました。全部雨宮さんのおかげです。どんなに感謝しても感謝しきれません」
それは俺も同じ気持ちだった。俺もこの三か月で一生分の幸せを得ることができた。友達、それになによりも大切な人と出会えた。
ゴンドラは頂上に達し、ゆっくりと下りていく。さっきまで小さくなっていた景色が徐々に大きくなっていく。ゴンドラを降り、観覧車を後にして家に帰ろうとしたとき、渚はこういった。
「今日は本当にいい思い出ができました。ありがとうございます。きっと私にとってはこれが最初で最後の遊園地です。一緒に来れた相手が雨宮さんでよかったです。これから先、遊園地っていう言葉を耳にする度に今日の事を思い出して泣いたり笑ったりするんだと思います。ずっと絶対に忘れません」
*
それからは二人で映画館にいったり、水族館にいったり、たくさん出かけた。
家ではずっと寄り添い合っていた。きっとこれを幸せというんだろう。
大切な人と過ごす時間、それを上回る幸せなど存在するのだろうか。
*
そしてついに最期の日、十二月二十四日がやってきた。俺たちは駅前にある商店街でケーキとチキン、それにシャンパンと、渚が飲めるように甘いノンアルコールのシャンメリーを買った。
この日は二人のお別れパーティーをしようという話になったのだ。ケーキに蝋燭を立て、火をつける。それから部屋の電気を消して、明りはケーキの蝋燭だけになっていた。とても幻想的で、まるで夢の世界のようだった。渚が勢いよく火を吹き消す。
「火を消すの一度やってみたかったんです。やったことなくて。なんだか悲しいような楽しいような不思議な気持ちになりますね」
部屋の電気をつけ、俺はシャンパンとシャンメリーの栓を抜き、それぞれのグラスに注ぎ乾杯をした。二つのグラスが鳴る。
「初めて飲みましたけど、これすごくおいしいです。アルコールが入ってないのは知ってますけど、本物のシャンパンを飲んだような気分になりますね」
シャンパンを何杯か飲んでいると、涙が頬を伝ってきた。こんなに幸せなはずなのに。
「なんで泣いてるんですか? パーティーの最中ですよ」
渚は口ではそういいながら、自分も目から光る雫を流していた。
「雨宮さんは本当に泣き虫さんですね」
俺は黙って渚を抱きしめた。渚のこの感触を未来永劫忘れないように、何年たっても思い出せるように、心に深く深く刻みつけた。
買ってきたものを全て片付け、部屋の電気を消し、二人でベッドに入った。
手を繋ぎながら、その手が離れないよう強く握って目を閉じた。
*
眩しい陽の光で目が覚めた。時計を観ると朝の十時頃だった。
まだ頭がぼんやりしている。体を伸ばし、目を開ける。
ベッドの隣にはだれもいなかった。部屋の隅にもだれもいなかった。
もう「おはよう」をいう相手もいってくれる相手もいない。
俺は顔を洗い、歯を磨くと外に出る準備をした。この部屋には思い出が残り過ぎている。とても一人で部屋にいられる気分ではなかった。
コートを着て、駅の方へ向かった。別に目的地があるわけではない。ただ部屋にいたくなかっただけだ。
駅の近くにある商店街ではクリスマスソングが流れていた。すれ違う人たちは俺と対照的にみんな幸せそうな顔をしていた。ここに来たことを失敗したと思った。今日がクリスマスだということを忘れていた。
街のクリスマスムードから少しでも離れようと、人や店が少なそうな場所を探した。するとちょうどいいところに小さな公園を見つけた。駅からそんなに遠くない割に、静かだった。
公園の端に設置されていたベンチに座り、タバコに火をつけた。
それからどれぐらいの間こうしていただろう。
俯きながらタバコを吸っていると、人影が視界に入った。
「雨宮じゃないか。なにしてるんだこんなところで。それに渚ちゃんはどうした?」
姿を現したのは川谷だった。
「渚とは別れたんだ」
「あんなに仲よかったのに、喧嘩でもしたのか?」
「初めから別れる運命だったんだ」
「理由はよく分からないけど、元気出せよ。そうだ、今から如月と片瀬と飲みにいくんだけど、お前も来ないか?」
「悪い。今はそういう気分じゃないんだ。また今度誘ってくれ」
川谷は心配そうな顔をしながら、そうかといって去っていった。
俺はまた俯きながらタバコに火をつけた。少し風が出てきて、体が冷えた。
それでもずっとこの場から離れなかった。
気がつくと、目から涙が零れていた。クリスマスに一人、公園で泣くなんてどれだけ惨めなことだろう。
涙はなかなか止まらなかった。むしろ余計に多く溢れてきた。
涙でぼやけた視界にまた人影が入ってきた。
もしかしたら俺を心配した川谷が如月と片瀬を連れて戻ってきたのかもしれないと思った。
しかし、
「どうしたんですか、泣き虫さんの雨宮さん」
聞き慣れた声が聞こえてきた。
忘れられるわけがない声。
だが信じられない。まさかそんなはずはない。
俺は顔を上げ、声がした方向を向いた
そこには少女が立っていた。
「どうしてここに……?」
俺は状況が飲み込めなかった。
幻なのではないか、そんな思いがした。
「魔法協会抜けてきちゃいました。これで私は魔法少女じゃない普通の女の子です」
「でもそれじゃ、せっかく魔法が使えるようになったのに……」
俺がそういうと、その少女は笑っていた。
「いいんです。私には魔法よりも大切なものがありますから」
そして少女は今までで一番の笑顔でこういった。
「魔法使えないけどいいですか?」
まずは最後までこの作品を読んで下さったことに感謝を申し上げます。ありがとうございました。
さて、この作品ですが、なろうではあまり見かけない、現代恋愛ドラマです。ですが、皆様のおかげで日刊二十七位を記録することができました。感無量です。
この作品は私が今まで書いてきた物の中でも特に思い入れのある作品です。私が書きたい物語、書きたい文章で書くことが出来たのです。
処女作のリング・リング・サマーでは自分の思うように書けませんでした。ですが、掌編二作を挟み、やっと自分がどんな事を書きたいのかが分かりました。それがこの作品です。
私の作品は、なろうのトレンドからは遠いところにある事は分かっていますが、これからもこの路線で書いていこうと思っています。
もし、私の小説を気に入って下さった方がいらっしゃいましたら、今後も応援して下さると嬉しいです。




