~特別編:バレンタイン 後編~
勢いで書いた。とても眠い。でも頑張った。
そして時はあっという間に過ぎてバレンタイン当日。俺は厨房にこもりっきりである。
その理由として、まずは店で売る用のチョコレートの仕上げをしている。見栄えが少しでも悪いチョコは全て店頭には出さない。それが今の俺のポリシーだからだ。
初めてのイベントだから完璧にやりたいという心を持って取り組む。
そしてその作業と並行して行っているのは大量のチョコを湯煎にかけることだ。
このチョコは屋台で出している棒ナッツのバレンタインデー限定版として出すものだ。
いつもは粉糖をかけている棒ナッツだが、その粉糖の代わりにチョコを別の容器に入れて提供し、その容器の中に棒ナッツを突っ込んでチョコを食べる。初めてのことだから色々やりたくてこんなことをやってみた。棒ナッツの方も今日だけの特別版として生地にココアパウダーを入れて色をつけている。
「雅彦さん。こっちの準備は出来ましたよ」
一緒に作業をしていたココの合図で俺は動き出す。
「よし。それじゃあトリュフをこのまま運ぶ。ココもココでやりたいことがあったら今のうちにやっておけよ。今日は最初からラストスパートでことが運ぶと思うからな」
そして俺は今から何度も転移を行った。何回転移をしたら魔力の底を付くかわからなかったが、こういう時のために前々から自分の魔力を液体に込めていた。魔力が尽きそうになったらこの液体を飲めば回復する。
無事に倒れることなくチョコを全て運び出し、カロニチンの店に俺とココ。二人で店番をする。
湯煎していたチョコは既にシェリーに渡している。あとであっちにも顔を出しに行くとしよう。あっちもあっちで忙しくなるだろうし。
俺とココはショーケースにチョコを綺麗に並べる。パッケージ見本として5種類のチョコを綺麗に箱に詰めたものを見せて購買意欲を湧かせる。
あとは今からチョコを自作する人用の板チョコや生クリームなどの製菓材料も陳列。準備は万端だ。
この準備作業を眺める女の子が既に列を作って待っている。なかなか良い眺めではないだろうか? 俺が作ったものを買うがために並んでいるのだから。
その眺めの良いものを見つつ開店を迎える。
開店と同時に押し寄せる人の波。俺は女の子を舐めていた。正直侮っていた。自分の気気持ちを伝えるための手段を用意したわけだから忙しくなるということを想定はしていた。だが、これは完璧に想定外だ。忙しいとレベルを逸脱している。次々と変わる客。その客全員が違うものを注文する。その客の対応に追われるので精一杯で他のことに気が回らなくなる。
「ココ。お前は今から会計係だ。そっちは任せた」
ここまで来ると彼女には悪いが俺ひとりで動いたほうが効率が良い。なんてったって俺ひとりで何百人の動きができるのだから。体一つ動かさないで。
俺の意図に気づいたのだろう。すぐにショーケースから離れて会計所に動く。
俺は糸を出しまずは並んでいる客の注文を取る。糸を人型に形成し、なるべく人が動くように動かしながらどんどんと注文を取る。そしてその注文通りにチョコを箱に詰めていく。その箱を綺麗に包装紙で包んで注文した個数をわかりやすいように示してココに渡す。
そしてココで会計を済ます。これで一連の動作が滞りなく進むだろう。ショーケース内のチョコがなくなれば俺自身が取りに行けば良いし大丈夫だ。
たまに製菓材料を買いにくる女の子も居て、その子が製菓に詳しくないようだったらアドバイスをあげたりする。初心者でも簡単に作れるものもあるが、初心者は初心者。失敗して二度と作りたくないと思われるのは料理人としては悲しいのでちゃんと教えてあげる。
そしてようやく人の波が収まったのは全てのチョコが売り切れた時だ。トリュフはもちろん、製菓材料も全てなくなった。時間はまだたっぷりとあるが、ものがないのであれば仕方がない。
「お疲れ様。少し休んでていいぞ。俺は屋台の方に顔を出しに行ってくるよ」
疲れ果てて床に座っているココに一声かけてから店を出る。返事は帰ってきたが、声に生気がない。働かせすぎただろうか。
俺は例の液体を飲みながら屋台に向かった。そこでも行列を目にする。ここも凄い有様だ。
シェリーは懸命に生地を揚げ続けているが、それ以上に客が並んでいる。これは痺れを切らして帰っていく人も出てきてしまうかもしれない。
「シェリー。俺も手伝うぞ」
なので俺も参戦。彼女は俺の姿を見て安堵の笑みをこぼした。応援が来てくれてとても助かったみたいだ。そんな表情だ。
それから二人で黙々と生地を揚げ続け、弟達は粉糖をかけたり、チョコを容器に注いだりしてこっちも大忙しで仕事をこなす。仕事が終わったのは夕暮れ。全ての生地がなくなった時だ。
「……お疲れ様。後片付け頼むわ。売上はいつもどおりよろしく」
流石に一日中働き続けたせいか体が重い。だが、その重い体を動かさないと城には帰れないので頑張って歩く。彼女達もこんなに忙しい日を体験したことがなかっただろう。ヘトヘトだ。
「今日はありがとうございました。私だけじゃあれだけの人数捌ききれませんでした」
「なに。今日が特別なだけさ。明日からはまたいつものような感じに戻るから平気だよ・。それじゃあまた明日」
ヨロヨロと歩きながら俺は店に戻る。
そこでは既に帰りの準備を終えていたココが待っていた。
「あぁ。ありがとう。あのあとは自由に過ごしてて良かったのに。今日はそういう日だし」
「いえ。ここまでは私の仕事でもありますので」
もちろん、こんな時でも彼女はこういうふうにしっかりと後片付けをしてくれる娘だと知っている。ただ、彼女にも思い人はいるだろう。もちろん彼女に思いを寄せる人間を俺は良く知っている。だから無理やりというわけではないがその人間と彼女をくっつけたいわけだ。
「そうか。それじゃ後片付けも終わったみたいだし城に移動するか?」
俺がそう申し出ると彼女は少しうつむく。考えているようだ。色々と。
「……雅彦さんは絶対にシリルさんと離れないんですよね?」
「あぁ。そのつもりだ。俺からは別れを切り出したりはしないだろう」
俯きながらココは言う。話の内容はわかっている。
「……それでもこの店に居続けるんですか?」
「あぁ。今は俺の土地だからな。せっかくリフォームもしたわけだし」
「じゃあ、、、」
「スマンが俺は途中でこの街から去る。それはもう最初から決めていることだ。今だからはっきり言うが、お前と出会ったのだって偶然だ。偶然が重なり合ってお前も無事で店も新しくなる。俺達は偶然でつながっているんだ」
ココが何かを口走るのを遮って俺の考えを述べる。人の関係は偶然。偶然の重なり合いなのだ。全てが。俺がこの世界にいるのも偶然、神様が助けたからだ。
「そんなこと言ったらこの世の全てが偶然じゃないですか」
「あぁ。この世に必然なんてない。すべて偶然だ。ココの親父がどこかに行ったのだって偶然だ。俺がシリルと結婚したのだって偶然だ」
彼女の肩が小さく震える。小さな声が漏れる。小さな雫が床を零れる。
「これ以上は言わなくても分かると思う。俺は少し出てくる」
店を出て俺はとある家に向かう。今は俺では無理だ。だからあいつに任せる。
「やぁナルシス。出番だ。俺の店に行け。今すぐだ」
ナルシス達の家に行き、彼の尻を蹴飛ばして店に向かわせる。いきなりの来客で驚き、その客に尻を蹴飛ばされる。当然怒るだろうけど、俺の何かを察してくれたのか何も言わずにそのまま走って行った。お膳立てはしてやったんだ。後はあいつに頑張ってもらいたいものだ。
「どうしたんだい店主。そんなに眉間に皺を寄せて」
「そうだな。ただのおせっかい焼きかね。あと妹がどっかに行くような感じかな」
ミラはマグカップを二つ持って話しかけてくれた。
「そうか。色恋事は大変だ。偶然だからな。全てタイミングが肝心だ。いまは絶好のタイミングなのか?」
彼女からマグカップを受け取り一口。ほのかに甘いコーンスープが心に染みる。
「……最悪なタイミングじゃないだろう。少なくとも今あいつは弱ってる。弱みにつけこむことは悪いことじゃない」
「そうかい。ならそんなしんみりとするんじゃないよ。しんみりするぐらいならそのまま現地妻としておけばいいじゃないか」
確かに彼女の言うとおりだ。いまの関係が良いのならばココを現地妻にしちゃえばいいのだ。だが、それはシリルを裏切る行為だし、ココの未来も潰してしまいかねない選択だ。
「それよりも、今日はもう帰るのか? 私としては弟の恋を見ているのはなんとも言えない気分になるんだ。あとは言わなくてもわかるよな?」
「……シリルを連れてくるよ。すぐに来るから待っててくれ」
俺は転移して城に戻る。
「どうした雅彦? 流石に疲れたか?」
疲れきっている俺を見た彼女はそう問う。彼女にはすべてを話してもいいのだろうか?
「……そうだな。疲れたよ。人が自分から離れていくのは辛いな」
「ん? 誰か離れていくのか? この場面だとココが離れていくのか?」
いや、俺が離したのか。突き飛ばしたんだ。今更思うとひどいことを言ったものだ。自己嫌悪で寝込みたい。
「それで、どうしたんだ? 街からいきなりここに飛んでくるなんて」
「あぁ。三人で飯を食おうと思ってな」
「そうか。じゃあ連れて行ってくれ」
彼女の手を握り転移。再びミラの家へ。
「ふむ。話はわかったがそれは仕方がないことだと私は思うぞ」
三人でいつもの店で飯を食べている。シリルとミラには事のいきさつを少しかいつまみながら教えた。
そして返ってくる当然の答え。やはり仕方ないのか。
「やっぱそうだよな。むしろ一人の男としてしっかりと答えを出してるところは女として高評価だぞ店主。結果はどうなれ」
今日は同じ意見なのか二人の仲は悪くない。
「二人があのままくっつけば良いんだけどさぁ」
「なに。あれでもしっかりしているぞ。なんとかなるんじゃないか?」
大きな口で口に入り切るかわからない程の大きさに肉を頬張りながら答える。ただの姉目線だから信憑性に欠ける発言だが、この姉を持っているのだから納得できてしまう。不思議。
「これでココが城に戻りたくなど言うのかが心配だな」
シリルは俺が心配していることを的確に察してくれる。葡萄酒を飲みながら。
「そうなったらうちで養ってやるよ。でもあれか。あの店を経営するとなるとやっぱり店主が必要になるんだろうな。そうなった場合はどうするよ」
「どうしたものかな。俺としてはあそこの土地代とリフォーム代が回収できて、ココの親父が戻りでもしたら城に戻ろうと思ってるんだけどな。土地主の証明証とか全て置いていって」
二人にはもう俺の近い人生設計を打ち明けよう。
「嬢ちゃんの親父って何してるんだっけ? 冒険者か? もしそうならこっちでも探してみるけど」
「いや、冒険家。いや、冒険者になるのか。でも調べられるものなのか?」
冒険者を調べる。データベースみたいなものがあるのだろうか? だとしてもその冒険者がどこにいるのかまではわからないのではないのだろうか?
「まぁ時間はかかるな。だが何もしないよりかはマシだとおもうがな」
「なにもかも穏便に行くとは限らない。今回はそれがわかって良かったんじゃないか?」
確かに冒険者のそういう仕組みがわかっただけだけでもよかったのかもしれない。
「それで、今日は嬢ちゃんを連れて帰るのか?」
今日の本題を出してくるミラ。さて、どうしたものか。
「いっそのこと若いモノ同士に任せるとするか?」
「別にそうしても良いが、そうすると私の寝床がなくなる。用意してくれるのか?」
まぁそうなるよな。客間は空いている筈だし良いか。
「そりゃそれぐらいはするさ。メモでも残しておけば誤解はされずに済むだろう」
ここで、置き去りにされたなんて思われたりしたら最悪だし。
「それじゃ店主達の愛の巣にでも案内されてみようかな。どんなところか気になるところだしな」
ジョッキに入った葡萄酒を一気に飲み干して、彼女はニカッと笑う。
「それじゃ書き置きしてから行くからな」
店を出たあと、書き置きをミラ達の家に置いていき3人で城に戻った。
「ほぉ。なかなか綺麗な場所だな。こんなところに住んでるとは流石は魔王といったところか」
城の内部を見て彼女はそう感想を漏らした。まぁ毎日掃除もしているし綺麗だろう。
「ほら。お前の部屋はこっちだ、案内するからついてこい。雅彦は先に風呂でも入ってろ」
シリルはミラを客間に連れて行くようで俺は彼女に言われた通りに風呂にでも入るとしよう。
風呂に入り、今日の疲れを癒し、寝室に戻る。まだ話しているのか、それとも二人で風呂にでも入っているのか。寝室には誰もいない。ベッドで横になると、思いのほかすぐに睡魔が襲ってきた。
いつもなるべく同じ時間に寝ようという口約束があってそれをなるべく守っていたが、今日はそれを守れそうにない。あまりにも魔力を使いすぎたし、肉体的にも疲れた。
するすると俺の手から逃げるように意識は消えていく。
目が覚めると横にはシリルとミラ。シリルはわかるがミラはどうしているんだ。俺が寝ている時に二人で話し込んでいたのだろうか? まぁ仲が良いことは喜ばしいことだ。
さて、ココのことが心配だがこんな朝早くから行っても無駄だ。夕方になるまで今はゆっくりとしていよう。ただでさえ昨日は魔力を使いすぎたんだから休もう。
そして夕方。ミラを連れて街に戻る。
「あそこの生活もなかなか悪くないね。ただ娯楽がないのがいただけないね」
「そりゃどうも。たぶんあそこに行くことはないだろうけど、もしまたそんな機会があっても我慢してくれ」
そんなやり取りをしつつ彼女に家に向かう。
彼女の家の前には二人の人影が見える。ココ達だ。
構図が構図なので、俺とナルシスが人質交換をしているように見える。
「ココ。帰るぞ」
そう短く言うと彼女は俺に近づいてきてくれた。ホッとしている。もし帰ってこなかったらどうしようかと内心ヒヤヒヤだった。
「それじゃミラ。昨日はありがとな」
「こちらこそ。美味しい食事をあんがとさん」
俺の言葉にこちらを振り向かずに返事をするあたり、彼女の本心がつかめないでいる。別に本心をつかもうとしているわけではないが。
俺はココの手を握り城に戻る。会ってからずっと顔を俯かせている。
「ココ。気持ちの整理は……まだついてないよな。それじゃここからは俺の独り言だ」
ここで一度咳払いをして間を取る。
「俺はお前の保護者だ。会った当時はそうじゃなかったと思ってたが、いつの間にか保護者としての感情が大きくなってきていた。だから俺はこれからもココの保護者として接していくからな。なにか言いたいことはあるか。今は聞くぞ」
「……いえ。大丈夫です雅彦さん。お気遣いありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね。雅彦さんの料理を頑張って盗むんでそれもよろしくお願いします」
顔をあげた彼女の顔は酷いものだった。目元は泣き腫らして真っ赤。こんなに苦しいのなら愛などいらぬ。なんて言わないだけでも良かった。そこのところはナルシスに感謝だ。
そして彼女は自分の部屋に戻っていく。たぶんこれで良かったんだろう。これがベターなやり方だ。ベストのやり方なんて人それぞれだし、そもそもベスとなやり方があったのかどうか怪しいものだ。
さて、俺もこうしているのも時間の無駄だ。シリルに渡しそびれたチョコでも渡すとしよう。
「シリル。昨日渡しそびれたチョコだ。一日遅れのバレンタイン。受け取ってもらえるか?」
仕事をしているところにチョコを持ってきた。
「ふむ。解決したようだな。ひとまずは一安心という感じか。それでチョコか。昨日たくさん見たのとは違うな」
彼女は俺が出したチョコに興味津々だ。トリュフではない別のチョコを出したからだ。
「それは生チョコさ。柔らかいチョコの食感は面白いぞ。」
フォークで刺しチョコを持ち上げようとすると重力に負けそうになる生チョコ。
チョコが落ちないように彼女は落ちる前に口になかに運んだ。
「ふむ。このチョコは見た目通り柔らかいな。でもやっぱり美味しい」
やっぱ、俺にはシリルの笑顔だけがあれば良いと思った。
「来年にはチョコを作れるように頑張るから待っててくれよな」
ココアパウダーが口に付着させながらそう言い、軽いくちづけをする。最近はキスぐらいなら簡単にできるようになった。常に進歩を続ける我が嫁。愛おしい。
こんな甘いバレンタインを過ごしたのは初めてだ。
「続きはベッドの上でな」
俺の言葉に反応して顔を真っ赤にして




