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目の前には魔王がいた  作者: 八雲紅葉
新世界は異世界
32/38

~手当~

なかなか小説を書く時間が取れなかったのでずいぶんと遅れてしまいました。

これからまた週一ペースで更新したいと思います

 いや、寝る前にまだやることがあった。それに明日は休業しておいた方が良かったのかもしれない。

 どうしようか。ネタはもう600本分も仕込み終わったことだし、流石にそのネタをすべて廃棄するなんてもったいない。

 仕方ない。明日は出来るだけ早く売り切れるように努力しよう。


 と、俺はベッドから起き上がって転移。場所はシェリーが住む家の近く。

 俺はシェリーに用がある。

 ゆっくりと窓から中の様子をうかがう。今はシェリー以外全員寝ているみたいだ。

 俺のお目当ての彼女は窓から差し込む月明かりで裁縫をしているようだ。

 家の入口まで移動してドアを軽めにノックする。

「……誰ですか?」


 ドアをノックしてからただ裁縫道具を置いてやって来た。というわけではなさそうだ。それにしては時間がかかったからだ。

「あぁ。俺だ。お前の雇い主の雅彦だ」

 俺の声を聞いた彼女はすぐにドアをトビラを開けて姿を現した。

「ど、どうしたんですか。雅彦さん?」

「なに。今のお前の格好のままじゃ店に出したくても出せないからな」

 おそらくだが、彼女の家には風呂などないのだろう。せいぜい濡らした布で肌を拭くぐらいなのだろう。それに服装もあのボロイものだ。人が見ていて良いと思えるものではない。

「ど、どうしたら良いでしょうか、、、もしかして私解雇ですか?」


 怯えた目で俺を見ながら、声も震えている。見ていて可哀想だ。

 そして俺は鬼畜ではない。今日雇った人を汚れているから解雇などと口が裂けても言えない。

「いや、取り合えず風呂に入ってもらおうと思ったんだ。服は明日にでも買うとしてな」

 シェリーの手を取って転移。城の中にある風呂場の前にやって来た。

 あまりにも突然のことでシェリーはおどおどとして俺の右手を強く握りしめている。

「……雅彦? こんな時間にそんな幼女を連れてどこへ行く気だ?」

 偶然にも風呂上がりなのだろう。バスローブをシリルが風呂場から出てきた。

「いや、別にやましいことは何もない。ただシェリーを風呂に入れようかと」

「…ところでその幼女は一体誰なんだ?」

「そういえば説明をしていなかった。今日雇った子だよ。名前はシェリー」

 いまだおどおどしているシェリーを俺の前に出して紹介させる。


「シェ、シェリーです。雅彦さんに今日雇っていただきました。それで急にここに来たんですけれどもここはどこですか?」

「よろしく。私はシリル。雅彦の嫁だ。それではシェリー。一緒に風呂でも入ろうか」

「んじゃ、まかせるわ。俺もどうやって風呂に入れようか迷ってたし」

 風呂上がりの彼女がまた風呂に入ることになってしまったが、お小言は後から言われることにしよう。

「風呂からあがったら寝室に行くからそこで待っててくれ。色々と言いたいこともあるからな」

 怒っている。絶対に怒っている。こめかみに青筋とかは浮き出ていないが、笑顔が怖い。なんだか後で恐ろしいことが絶対に待ちうけているだろう。

 シリルはそのままシェリーと風呂場に向かって行った。俺は二人を見送ってから寝室に戻る。


 コレで体は綺麗になるだろう。次は服なのだが、どうしたものか。俺は裁縫なんてち出来るわけないのでどうしたものか。シリルのお下がりがあればなんとか一日ぐらいは凌ぎきれるだろう。

 それよりも明日は何時に仕事が終わるのだろうかという心配もした方が良いかもしれない。

 明日は600本。つまり最低でも300人が来店しなければ完売することなんてできない。

 600本なんて売れるはずないだろう。だが、売れる事を望んでいる俺は商売人で料理人なのだからなのだろう。

 だが、一体どれくらい売れるのだろうか。そろそろ限界をしっかりと知りたいところだ。その限界点を見極める事が出来ればネタのロスを出来るだけ抑える事が出来るだろう。今のところは品切れからのチャンスロスのほうが多いので、今は出来るだけ多くネタを作ることが一番良いのだろう。


 それにしてもシェリーを雇った事は正しいことなのだろうか? 孤児達の中で彼女だけを援助するような形になってしまったからなにか問題が発生しそうで怖い。

 出来ればなにも起こらなければ良いのだが。本当に。

「風呂から出たぞ。着替えはなさそうだから私のお古を着させたのだが良かったか?」

 寝室にやってくるバスローブ姿のシリルとさっきまで来ていた服とは違う、バスローブと同じ色の部屋着を着ている。

「あぁ。ありがとう。服も明日どうしようか迷っていたところだったんだ」

 風呂に入ってさっぱりした様子のシェリー。これからは毎日この城に連れてこようか?

 それより、シェリーはシリルと初対面の時におどおどしていたのだが、今はなんだか打ち解けているように思える。それに彼女の角を見てもなにも思っていないようだし、風呂場で何かあったのだろう。

「それじゃ、帰ろうか。弟達がもしかしたら起きているかもしれないし」


 俺は右手を彼女の前に出す。その手をシェリーは掴んで握ってくる。それを俺は握り返して転移。シェリーの自宅に戻る。

「急なことですまなかったな」

「い、いえ。ただこんな可愛い洋服を頂けたことも嬉しいですし」

 確かに可愛い格好だ。ヒラヒラのついたスカートを着ているし、そんなモノを着ていたシリルを想像すると、何だろうか。犯罪的な匂いがプンプンする。

「いや。それじゃあ明日も迎えに来るからよろしくな」

「はい。こちらこそよろしくおねがいします」

 ペコリと頭を下げてからシェリーは帰っていく。それを見送って俺は再度転移。シリルの持つ寝室に帰る。


「それで、あんな年端のいかない少女を雇った事だが、その理由はもうすべて聞いた。もう色々呆れたよ」

 ベッドの上に腰掛けているシリルの隣に俺も腰をかける。ふかふかの感触を尻で楽しむ。

「すまんな。ただ、俺も従業員がもう一人ぐらい欲しかった所だ。だから調度都合の良い感じにスリっ娘がきたわけだったのさ」

「いや、だからと言ってそのスリを雇うことはないだろう。あの凶暴そうな女にでもつきだせばいいのに」

 凶暴そうって。確かに凶暴そうだし、実際にその腕を拝見したけれども。

「それで、今日言っていた賃金の話だが、まぁ雅彦の好きにすれば良いと思う。あんな少女でも家族のために頑張っているんだ。少女だからと言って過小評価などせずに厳正な評価で賃金を決めるんだ」

 彼女は真面目な顔でこっちを向いてそう言う。その顔は俺と初めて出会った時と同じ顔だ。誰にでも等しく一切の感情を持たない冷徹な顔だ。

「……そんなこと言われなくても分かっているさ。まぁ俺の好きにさせてもらうよ」

「あぁ。そうしてくれ。なにか問題があったらすぐにアイツに突き出せば良いんだ」


 どうもシリルはシェリーの事を良く思っていないようだ。理由は分からなくもない。どう考えたってスリの犯人を雇うなんておかしいの一言だ。

 それでも俺はシェリーを選んだ。別に誰でも良かったから。というわけでもあるが、それでもやっぱりあんな年端の行かない少女が弟達のために自分のやりたいことが出来ていないということが可哀想だと思ったからだ。

「アイツはもうそんなことしないだろうよ。そんなことをするのならばもちろん突き出す。それにしてもお前はどうしてそんなにも目の敵にしているんだ?」

「……別にそんなことはない」


 シリルは俺から視線を外しそのまま俯く。

 何かを隠しているに違いない。ただ、俺はその隠していることを聞きだす事は出来ないだろう。彼女の取っている行動の意味をつかめていない今の俺には。

「……そうかい。そんじゃ俺は寝るぞ。明日も早いんだ」

 なんだか今のセリフは倦怠期にさしかかった夫婦の会話みたいだ。疲れているから先に寝るぞ。とか。この年で経験するなんて思ってもいなかった。

 俺は深々と布団の中に潜りこむ。後を追うようにシリルも布団の中に潜る。

「……言わなきゃわからないのか。……バカ」

 背中から二つの風船がつぶれるような感触。つまりはそうだったのか。

 うちの魔王様はどうも幼い。今まで恋愛事をしてこなかったということもあるのだろうか、それともなにか他の原因があるのか、甘えるというか、感情を出すのが下手なのだ。

「言わなきゃわからないこともある。そうだろ?」

「確かにそうだが、それでも今日は気づいてくれても良かったじゃないか」

 俺の前で組まれている腕に力が加わる。ちょっと腕が締められて痛いです。

「……悪かったよ。それで、愛しの魔王様は嫉妬していたわけですか」

「……そういうわけじゃない。ただ最近雅彦と話していなかったし、寂しかったというかなんというか」


 最近っても3日間ぐらいじゃないか? 本当に甘えん坊な魔王様だ。

 ただそんな甘えん坊な魔王様が愛おしい。

 腕のホールドを解き、対面する。

「可愛いが、少しは節度を持ってくれ。今はこうやって毎日一緒に寝る事が出来るが、店が完成したら俺はここで暮らす事は出来なくなるんだからな?」

「……だったらそれまではもっと構ってくれ」

 布団の中で俺の手が握られ、そのまま俺の指がシリルの口の中に運ばれる。

 彼女の口の中は暖かい。その暖かい口の中で舌が暴れているようで、指に舌が這いずりまわっている。

「……それは誘っているのか?」

 いや、そんなことは彼女に限ってないだろう。奥手のシリルだ。ただ構ってほしいと言うのが恥ずかしいからこんな行為をしているのだと思う。

「……私だって女だ。ただ、まだ心を決めてないからこんなことしか出来ないんだが。……駄目か?」

 上目遣いでそんな目で見られたら駄目だなんて言えるわけがない。ただ、俺も男だ。自分の嫁がこんなことをして平常心のままではいられない。

「いや、大丈夫だが、それ以上されると俺が困るというか、何というかだな」

「やっぱり迷惑だったか?」

 しょんぼりと俯く。いや、迷惑じゃないんだが、性欲を押さえられないというかとにかくヤバイ。

「とりあえず、迷惑じゃない。ただ、お前を傷つけたくないっていうか、お前はもう俺のモノっていうか、だから焦らなくても良いっていうか」

 うまい言葉が見当たらなく、とりあえず、出来るだけ直球にならないように今の俺の心の中を伝える。うまく伝わるかわからないけれども。

「そ、そうか。雅彦がそう言うのならば私も大人しくするが」

 そう言って大人しく俺に抱きついてくる。これはもうあれだ。駄々っ子だな。

 それでも可愛いシリル。本当になんでこんなにも愛おしいのだろう。

 腕を彼女の背中にまわしてポンポンと軽く叩く。

「そんじゃおやすみだ」

 胸の中で頷くのを確認してから俺は瞳を閉じた。


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