~開発~
まったくの別の話だが、日本のブーイングはないと思う。
マチルダとの契約を終えて早2週間。俺は新商品作りが難航して頭を抱えている。
あの日すぐにカロニチンに向かい出店街にある土地を借りて商売をする約束をつけてきた。土地の利用料は一日で銀貨10枚。かなり安い。
だが、その安さのだからか借りた場所は食べ物を売っているブースの端っこ。わざわざこっちまで来てくれる人がいるのだろうか。と思うほど客の流れが少ない。
店が出来ていれば街の中央街なので客の流れは良好。そして菓子の匂いに釣られてやって来てくれる客がいるはずだが、まだ2ヶ月半。店が出来ているはずがない。てか、ようやく更地になっていた。やっと仕事をしたようだ、あの大工は。
そして商品。本当に頭を抱える。
一応、火を使っても良いことになっているので料理に幅が出る。だから何を作っても良いのだが、それが厳しい。
何を作っても良い。と言うけれども、その中で売れる商品と言うのは皆が皆作るもの。つまり商品がかぶり過ぎなのだ。土地の契約をしたときにリサーチとして回ったが、果物のハチミツ漬けや砂糖漬けが圧倒的にありふれていた。そんな商売場所で一体どんなものが新しいものが流行るのだろうか?
出店街だから気軽に食べられるものが好まれるだろう。でもそれは観光に来たの考え。あのカロニチンに観光に来ている人なんてあまりいないだろう。あそこに来ている人はナルシル達のような冒険者。なるべく無駄なことはしないだろう。
だとしたら保存食? でもそれで最初に思いつくのは砂糖漬け。もはや堂々巡りだ。
「雅彦さん。お客さんですよ」
自分の部屋で頭を抱えている俺にココが話かけてきた。
「え? だれ?」
「……おい。ケーキはどうした。週一の約束だろ?」
ココの後ろから出てきたのは鬼の形相をしているマチルダ。そういえばまったくケーキなんて作っていなかった。お冠じゃないですか。やだー。
「あぁ。そうだった。わざわざすまないな。じゃあ気分転換に何か作るか」
いつまでも考えてばかりではいられない。今の兵士達にも指示だす立場になったんだ。上の人が迷ってばかりでは全体の士気が下がってしまう。
「今日はケーキって気分じゃないんだが、別のモノが良いんだ」
ケーキではないもの。ひとまず何を作ろうか。
「ひとまず厨房に行くか。ココはどうするって今は夕食を作ってる最中か」
ココにはあの三人の指示を出させている。俺が厨房にかかりっきりなれない立場になってしまったので、指示を出せる人と言うことでココを料理長として任命した。
俺達は厨房に向かう。三人はテキパキと仕事をこなしていた。ここに来た時よりも的確な作動が出来るようになって何か感動する。
「んじゃ、ココは引き続き作業をお願い。俺は隅っこの方で何か作るから」
でも何を作ろうかな。適当なもので良いだろうか? 美味しければ良いか。たぶん。
まず小麦粉に膨らまし粉としてアイリンというものを加える。
このアイリンというものは地球でいうところのベーキングパウダーに良く似ている。マチルダとの貿易でこの粉の事を知って以来、アイリンの使い道も研究している。
粉同士を混ぜて、溶かしたバターが入っているボウルに粉をふるいながら加えていく。小麦粉が勢いよくバターを吸っていく。そこに卵の入れて再びさっくりと混ぜる。さらに粉々に砕いて粉状にした黒糖を少しだけ入れる。これは味付けというよりも香り付けとしての役割が大きい。
すべてを均一に混ぜ終わり、底の深い鉄鍋に大量の油を入れて加熱していく。その間に手に油をつけて混ぜたタネを一口大にちぎって丸める。
油の温度は高すぎず低すぎず。160℃の温度に保つ。温度計のないこの世界でそれはかなり精神を使う作業だが、いままでの経験を頼りにその温度を見極め、大体のところでタネをゆっくり油の中に入れる。
タネの中の少ない水分に反応して油がパチパチと鳴く。ゆっくりとすべてのタネを入れて後は底に沈んだタネがふらふらと上がるのを待つ。160℃で揚げるので時間はかかるが、それまではゆっくりと考えられる。新商品の事を。
「雅彦。今日のは美味しいのか? 油で揚げるお菓子なんて聞いたことがないのだが」
何やら深刻そうな顔をしたマチルダがそう聞いてくる。
「あぁ。見たことないのか? 結構美味しいぞ」
「私も見たことがないです。でも美味しそうな匂いですね」
ココは匂いに釣られてきたのだろうか? いつの間にかココまで来ていた。それにしてもココも見たことがないか。油で揚げたお菓子は。フライドポテトとか唐揚げはメニューで出したから油で揚げる料理自体を知らないというわけではないだろう。
「そうか。見たことがないのか。そうか」
だとしたら、この手の商品は色々と使えるかもしれない。ドーナツだったり。揚げパンだったり色々と新商品のカテゴリーが増える。
そうこうしている間にタネが浮いてきたので菜箸でコロコロと油の中を1分ほど泳がしてから救出。綺麗にこんがりとキツネ色のサーターアンダーギーが出来上がった。
そして熱いうちに粉糖をかければ出来上がりだ。
「マチルダ。今日はコレで我慢してくれないか?」
「美味しければコレで許してやろう」
そして一口。その一口がでかい。一個が大きくならないように作ったが、それでも一口では食べきれないような大きさに作ったのだが、それでも目の前のマチルダは一口で口の中にしまい込む。化け物だ。
口の中をモゴモゴと動かして飲み込む。ごくりと声が聞こえそうなほど喉が動く。
「美味いじゃないか! これがまだ試作段階なのか!?」
咀嚼を終えたマチルダが一言。とても満足した顔でそう言ってくれる。だが、まだ油から取り出したばっかりなのだが、口の中は火傷しているのだと思うが。
「お、おう。そりゃ良かったが、火傷とか大丈夫なのか?」
「これぐらいで火傷なんて負わないさ。なんてたって私は火を吹くことが出来るんだ。こんな具合にな」
そう言って何もない上空を見上げてから、口から真っ赤な炎を出し始めるマチルダ。
「お、おう。分かったからこの城を燃やすようなことはしないでくれ。頼むから」
俺の言葉を聞いてくれた彼女は火を吹くのをやめてくれた。
それよりもドラゴン以外で火を吹く魔物なんているのだろうか? まぁ良いか。
「それで、今日はコレで許してくれるのか?」
「そうだな。許してやらないことはない。まぁこれからもちゃんと私を満足させてくれるならばの話だがな」
そう言ってまた一つ。揚げたてのお菓子を一口で口の中に収める。見ているこっちが火傷を負いそうだ。
「良かったよ。それじゃお土産でこいつもやるよ」
油を切った物を箱に詰めて手渡す。揚げたものの半分はこの中に入っている。
「あぁ。ありがとう。これで今度一週間は仕事に集中することが出来る。先週はいつまで経っても食べ物がこなかったから仕事がはかどらなかった」
「そりゃ悪いことをした。これを出店で売ることに決めたから、来週からはマチルダ用で色々なケーキを作れるから期待しておいれくれ」
と、言っても俺の持っているケーキのレパートリーはそこまで多くない。ケーキレシピのストックもある程度必要だな。
「分かった。それじゃ今日は帰るよ。最後に質問なんだが、お前はその仕事でいくら位稼ぐつもりなんだ? いくら私から安く材料を得たとしてもかなり高価な物を作っているわけじゃないんだろ?」
まっすぐ俺の目を見てマチルダは問題を突きつける。
確かに彼女の言うとおりである。今ある借金は金貨500枚。奇跡が起こったとしてもすぐに返せる金額ではない。
今作ったお菓子を売るとしよう。5つ入りで銀貨1枚ぐらいで売る。計算だと一応10セット売れば銀貨9枚ほどの利益が出るほどのぼったくり商売。それで一日110セット売れば約金貨1枚分の利益が出る計算だ。
だが、一日で110セットなんか売れるわけがないだろう。それにそれが毎日続いたとしても500日。一年とちょとぐらいで完済。
まぁ皮算用だな。と自嘲。実際はそんなにうまくいくわけではない。
「1年で金貨30枚ぐらいが目標。それにそれ以外にも農業でもやっていこうかと思う。この城の周りには土地が有り余っている」
「……あんな土地で何か作物が育つとでも思っているのか?」
流石の商売人。呆れ顔だ。
食べ物を扱うんだ。その知識があるのは不思議ではないし当然だと思っている。
確かにこの城の周りは某世紀末の荒廃した土地なのだろう。草木が育つような土地ではないことが一目でわかるほどの。
だからこそ、俺はこの土地を有効利用したいと思う。そのためには俺は自分が持っている知識を最大限に使ってあの土地を生き返らせたいと思う。
「なに。時間はかかるが、少しずつ再生していけばいいんだ。雨だって降る。気温だって正確に測ったわけではないが草木が育たないほどの悪環境ではないと思っている」
四季はないが日本の春と同じような気温が常に続いている。だから春物の作物が育つと思っている。
「夢物語。まぁ私の力が必要な時は気軽に話してくれ。お菓子を持ってきてな」
マチルダの口元が緩む。相談するだけにお菓子が必要なのは少しばかり気になるが、商売人の助力を得られるのならばお得なのだろう。
「それじゃ私は本当に帰るよ。意地悪な質問して悪かったな」
そう言ってマチルダは厨房から出て行った。まだ先は長い。ゆっくりと行けば良い。急いだって何かが変わるわけではないのだから。
「ココはゆっくりと返していくのか? それとも急いで返すのか?」
「わ、私ですか? 私もゆっくり返して行きたいですかね。雅彦さんと離れたら何をしていいかわからなくなってしまうんで。今だって、3人を指導するよりも一緒に行動しているわけですし」
ココはなかなか嬉しい事を言ってくれる。ただ、それではいつまでも空に飛ぶことを恐れる雛鳥と同じ。俺はココの店が安定して商売が出来るようになって従業員が増えれば離れる予定を考えている。あそこは俺の土地ではない。あそこはココの持ち家だ。ただそれを俺は預かっている身。だからいつかは返さなくていはいけない。
「そうか。まぁココはそれで良いんじゃないかな。誰かに指示を出すんじゃなくて皆と一緒にやっている方が好きってことなんだよ」
だが、それまでは俺がココの親代わりになろうと思う。年齢が近すぎるから親と言うよりも兄と言う感じだが。
「そうですね。私は私でゆっくりと行こうと思います。雅彦さんは一緒にいてくれますか?」
上目遣いで。俺を見つめてくる。なんとも、こう、守りたくなってくるような気持ちになってくる。
「ん、まぁそうだな。うん」
と、濁して返す。いつまでも一緒というわけにはいかない。区切りの良い所でココとは距離を置かなければいけない。でもそれは当分先の事だ。
「なんですか、その反応は。私と居たくないような感じですか? もしそうだったら私、傷つきますよ? てか、傷ついてます」
慰めてください。と言わんばかりに寄り添ってくるココ。その仕草はなんとも可愛い。
そう主張してくるココを俺は両腕で抱きしめてやり、そして右手でココの右肩を軽くはたく。
「はいはい。ココはまだ一人立ち出来てないんだよな。一人立ちできるまでは一緒にいてやるから」
心から思っていることを口にする。だからそれまでは一緒にいるだろう。
さて、試作品のお菓子をシリルにも食べさせてやろう。まだアツアツのモノがあるからそれをアイツの部屋に持って行こう。
ココから離れてすぐに移動する。ちょっとココには悪い事をしたなと思った。早く男でも作ればきっと俺にいつまでも付いてくることはなくなるのだろうか?
でも今の環境だと男と言えば俺か兵士の連中しかいない。早く店が完成しないだろうか。
と、こんなことをぼやいていても仕方がない。今は今出来る事をやるしかない。というわけなのでシリルのお菓子を食べさせに行く。
「シリル。試作品が出来たんだ。食べてくれないか?」
シリルは執務室でなにか作業をしていた。と言ってもただ帳簿を書いているだけだ。俺が指示をして書かせていたが。
「そうなのか。味は心配しなくても良いよな?」
「あぁ。もちろんだ。マチルダが遊びに来てそれで作った奴だから味は問題ない」
手元の作業には眼鏡を使っているらしく眼鏡を外して近寄ってくる。その眼鏡のレンズには度は入っていない。伊達眼鏡だ。
彼女曰く、そっちの方が雰囲気が出るから。というそんなしょうもない理由から付けているみたいだ。
「ふむ。マチルダの後に食べるのか。私のために考えて作ってくれたわけじゃないのか」
「あのなぁ。それぐらいで落ち込むなよ。もともと、マチルダが来るなんて思っていなかったし」
「分かっているよ。それで新作は何だ?」
彼女が催促をするので俺はバットに移したお菓子をバットごと手渡す。それを受け取った彼女はそのお菓子をどうやって食べようかを考えだした。
そのまま食べれば手は汚れてしまう。とか、でも他にどうやって食べようか。とかを悩んでいるに違いない。
「そうだ。雅彦が食べさせてくれ。糸の魔法を使えば二人の手は汚れない。なかなかの名案だとは思わないか?」
確かに名案だと思った。ただ、シリルの言うそれはいわゆる「あーん」というやつだ。あのなかなかにこっぱずかしいアレだ。
だが、それをやらないと彼女の事だ。他に案を出せー。だの言ってきそうだから従うしかない。
「し、仕方ない。まだ熱いから火傷には気をつけろよ」
糸を使って一つを持ちあげ、ゆっくりと大きく開いたシリルの口に近づける。
決してアツアツの味のしみ込んだ大根を箸で近づけて押しつけるなんてことはしない。そんなことをすれば何をされるか分かったものじゃないから。
そして近づけた菓子をシリルは一口かじる。ふわふわした生地のカスがポロポロと机の上に落ちる。幸い、書類の上に落ちたりはしていない。
「ふむ。油で揚げたお菓子なんて初めてだが、美味しいんだな」
本当に美味しかったのだろう。シリルはまた一口かじり、咀嚼し。また一口かじっては咀嚼を繰り返した。糸まで食べられないか心配だ。
「そんなに食べてくれるのならばこのまま店に出しても大丈夫かな」
味も少し心配だったが、こうも魔族の娘様達が喜んでくれるのなら大丈夫なのかもしれない。
ひとまず、商品と値段は決めた。後はもうやってみるしかない。やってみなくては分からない。
「あ、そうだ。またシリルのつてで出店で働ける人を探せないかな?」
すこし忘れてたが、俺やココ以外で店番が出来る人を探さなくてはいけない。店が完成してしまったらそこにつきっきりになんてなれないのだから。
「そうだな。少し探してみるが、雅彦の方でも色々と探ってくれないか? カロニチンの街に職を探している人もいると思うし」
確かにわざわざ魔族関係の人でなければいけないとわけではないのだ。ただ、店番などをしてもらうだけなのだから別に人間でもエルフでも良いのだ。
「あぁ。明日から出店を始めるからその時にでも探してみるよ」
そして俺は執務室から出て厨房に戻った。




