~逢瀬~
カロチニンにまで来てしまった俺達。別にこのまま帰れないわけではないのだから、このまま帰るのも手だ。
だが、せっかくこの街に来たんだ。食事の一つでもしてからでも良いだろう。
「飯でも食いに行くか。この街一番の店を知っているんだ」
俺はシリルの手を取って街の中を歩きだす。急に手を取られて歩きだされたシリルは前のめりになったがすぐに体勢を整えて俺の右隣りを歩く。
「この街で一番の店ねぇ。それは期待しても良いのか?」
「あぁ。値段は張るが、それぐらいの価値はあるものだから安心してもらっていいぞ?」
初めて訪れた時はかなりの食費がかかったが、今回は二人で行くんだ。そんなにお金を使わないだろう。
「そうだ。夕食にしてはまだ早いからこの街を紹介するよ。ココの店とか色々」
早速建築中であろう店に向かう。まだ一月しか経っていないから建物を壊している最中か、壊し終わって更地になっているかもしれない。
しかしその土地にあるものは店だ。長い年月が経って雨などで良い感じに変色した木材の店。もちろん新しく建ったと言うわけではない。なにも手つかずのままだ。
「ほう。これがお店なのか。なかなかの店ではないか。すこし中にでも入ってみるかね」
シリルは店の扉を開けて入っていく。店の中は扉を閉めると外の喧騒が聞こえなく程の静けさ。そしてあの血だまりは無くなっているが、木に染み込んで不気味な染みとして残っている。
「悲惨な状況だったんだな。それでも生きていてくれて良かった。夫を亡くすというのは分からないが、大切な人を失うということを考えるのは胸が凄く痛む」
店の中心にいる俺に向かって足早に戻ってきて抱きついてきた。それを俺は受け止めて髪を撫でる。
「今はこの通り元気だから安心しろ。それに今の俺は魔法を使えるんだ。不意打ちを受けても大丈夫なように今も全身に糸を出しているんだぜ?」
魔力のコントロールもここ一月で巧くなったようで、一日中糸を出現させていても以前みたいに夜にはぶっ倒れる。ということは無くなった。それは俺の仕事が減ったということなのかもしれないが、魔法のコントロールも巧くなったのだ。そうなのだ。
「雅彦がそう言うんだったら安心するしかないな。魔法に関してはまだ不安があるがな。そうだ。そういえば私は雅彦が厨房で作業をしている姿をあまり見ていないんだ。だから頼まれてくれるか?」
彼女の言うことはその言葉通り、厨房に入るだけで良いのだろうか? 冷蔵庫もないこの厨房で料理なんて出来るわけないし。
でも彼女の願いだ。数少ない願いだから俺は叶えてあげよう。そう思う。
今来ているスーツのまま厨房に入ってなにをするでもないのにただ経ち続ける。やはりなにも出来ない厨房は楽しいものではない。
「カウンター越しだと雅彦はこういう風に見えるのか。なかなか優秀そうな料理人に見えるぞ。流石は私の夫だな」
満面の笑みを向けるシリル。その言葉と表情で俺は気恥ずかしくなりそっぽを向く。
「あの~。良い雰囲気の中すいませんがなにをなさっておられますかね~? 店主」
シリル以外の声が聞こえると思って店の入り口を見る。そこには一緒にこの街にきたキャサリンと特別保安官であるミラがいた。その表情はなんとも言えないものだった。
「いや~。自分が所有している土地に入っているのは別に問題無いんですよ? でも私との約束を破るってのはいかんせん駄目だと思うんですけど、そこのところ、どう思っているんですか?」
「……おい雅彦。あの女は誰だ? それと約束ってなんだ? やっぱ雅彦の女癖は悪いようだ。後でおしおきだから覚えておけよ?」
カウンター越しで小声で脅してくる魔王様。女癖は決して悪いわけではない。そういう関係ではないし。
「いや、とりあえず、忘れていたわけじゃないんだ。ただコイツのところに戻っていただけなんだ。それでまぁ色々とあったわけだよ」
「とりあえず、まぁこの娘の話は聞いたよ。雅彦の隣にいる女の正体も諸々な」
剣を抜いていないので今すぐ戦闘になるというわけではなさそうだが、ミラの顔は強張ったままだ。
「おいおい。落ちつけよ。それでどうなんだよ。キャサリンの父親の友達はどんな奴なんだよ。」
「あぁ。そいつならいま捜索中だ、と言ってももう探し回って1カ月経つんだ。キャサリンの父親以外にも同じような案件がいくつか入ってきている。もちろん加害者の方は全員名前は違うのだが背格好は一緒だ。同一人物の犯行としてみても間違いはないだろう」
かなり大げさなことになっているようだった。それにしても冒険者と言うものは仲間を信用するものなのだろうか? いくら仲間と言っても所詮は目的が同じだから集まっているだけにすぎないのに。
「まぁ、ソイツに関してはそれまでだ。それで。ここの店主様は魔王の夫とは知らなかったよ。ここには何しに来ていたんだい? 新しく魔族の拠点でも作ろうと言うのかい?」
「ずいぶんなことを言っているが私は今持っている城だけで十分だ。人生を寄り添うパートナーも見つけたし、他にほしいものはあまりない。まして人間界の拠点なんぞ銅貨以下の価値だ。そんなものはいらない」
売り文句に買い文句。シリルとミラの会話は開戦直前の激しさだ。どうして良いかわからない俺とキャサリンはおどおどしている。
「そうか。まぁ店主が魔王の夫だからと言って何かするとは思えないがな。とりあえず、今日は約束を守ってもらうぞ。1回しか集、、、奢ってもらってないんだからな」
いま絶対に集るって言いかけた。絶対だ。
「……シリル。今日の飯はアイツらと一緒で良いか?」
「構わん。雅彦との関係を色々と問いただしたいところだからな」
これは焼きもちか? 普段から見せたことのない険しい顔をミラに向けている。男としては嬉しいことだが。
「それともこのまま逃げるか?」
「店主よ。約束は守るためにあるんじゃないのか?」
「いやいや。約束は破るためにあるもんだろ」
俺は不可視の魔法を発動した。すると、ミラは突然の出来事で戸惑っているようだ。辺りを見渡している。キャサリンも同じような顔をしてキョロキョロとしている。
俺は糸を体中に巻いて不可視の魔法を使っただけ。不可視の繭の中に俺達は包まれているわけだ。
「おい店主! どこに行った!? くっそ。せっかくあの店のメシが食えると思ったんだが。しょうがない。帰るとしよう。キャサリン。お前も自分の家に戻っても良いぞ」
ミラはこれ以上ここにいてもしょうがないと理解したのか、店から出て行く。キャサリンも今までの事でひと段落が付いたわけなので、これからはまた一人で冒険か何かを続けていくのだろう。
「ふぅ。ひとまず安心か。この魔法って色々と応用出来るから良いもんだな」
糸の魔法を解いて店の中に姿を現す。
「それは雅彦が頭を使っているからだ。まぁ魔法の使い方には慣れてきたようで私も鼻が高いがな」
「それじゃ今度は市場にでも行こうか。本当に短い間だったけどお世話になった人がいるからさ」
市場に行ってもシリルにとっては楽しくない場所かもしれないが、この街を紹介したい俺は色々と引きずりまわしたいのである。
「夜は絶対にメシを奢ってくれよ店主? 逃げようたってそうはいかないからな?」
店から出ようとすると、先に店から出て行った2人が入口をふさぐ。ミラの顔は少しだが怒りが伝わってくる。
「お、おう。お前らは帰ったんじゃないのかよ」
「いやさ、姿は消えたけど気配は消えてないんだ。私ぐらいの実力だと気配を探るぐらい出来るのさ。それでお得意の嘘。と言うわけさ。まだまだ詰めが甘いなぁ」
最初からばれていては仕方がない。素直に奢ることにしよう。仕方ない。今日もまた出費がかさむ。
それにしてもミラは分かったとしてもキャサリンが俺の気配に気づいていたのかと言うとそうではないみたいだ。俺が店から出ようとするのは見たときは驚いたような顔をしていた。まぁキャサリンがミラ並みの力の持ち主だったらシリルも無事ではないだろう。
「飯は夜な。場所はこの前と同じところ。それまでは自由にさせてくれても構わないよな?」
「あぁ。店主がちゃんと奢ってくれるのならば私は別に構わない。今度は逃げるなよ?」
そして俺達は別れた。俺達はそのまま市場に。
「ここは何とも面白いところだな。市場と言うものを聞いたことはあったが、それをこの目で見たことは今まで一度もなかった。こんな風になっているんだな」
はじめて見る光景に彼女は興奮しているようで、少し鼻息が荒い。まぁ喜んでくれるならそれは何より。
「雅彦。あれはなんだ。初めて見るぞ」
シリルは大きなパラソルの下で商いをしている店の商品を指さして騒ぐ。こんなにはしゃいでいるシリルも可愛いものだ。
そのテンションのまま俺の腕を奪ってその店まで走る。
「いらっしゃい。桃のハチミツ漬けだが、どうかね? 今ならお安くしておくが」
人柄が良さそうな顔をしたおばさんが掌に乗るぐらいの大きさの瓶に口が閉まらなくなるんじゃないかというほどにパンパンに入っている桃のハチミツ漬けを売っている。
シリルは物欲しそうな顔をしているが、自分が無一文ということを思い出したようでしょんぼりとうなだれる。
「おばちゃん。それひと瓶だといくら?」
「ひと瓶で銀貨1枚だよ」
「そんじゃ2つほどもらっていくよ。お代はコレで」
麻袋から銀貨を2枚取り出しておばさんに手渡す。そして桃の瓶を2つ受け取る。
「ありがとね~。また宜しく頼むよ~」
俺達は瓶を片手にその出店から離れる。
「あ、ありがとう。ではまずはいただきます」
お礼もそこそこにシリルは瓶の中に指を入れ、桃を一口。
美味しいみたいで、顔の締りが無くなってゆるゆるに緩みきっている。
そんなに美味しいのだろうか。俺も桃を一口。
確かに美味い。桃本来の甘みを後押しするハチミツの風味。ハチミツの甘さもあまりくどくない。確かに美味しい。
「雅彦が作る飯も美味いが、こういうお菓子も良いな。今度作ってくれ」
期待の意を瞳の中に込めてこっちを見つめてくる彼女。まぁ作れないことはないだろうけど、あれぐらいに美味しくするのには骨が折れる。あれを作るのにどれだけの労力をつぎこんだのだろうか?
「お、おう。頑張ってみるよ」
ただ、愛しの嫁のために頑張ってみるのも良いかもしれない。
「なんだか、こうやって二人で歩くのって初めてだな。というか、人間の街に訪れるのが初めてなんだ。色々と初めてづくしだ」
嬉しそうに俺の右腕に絡みついてくる。まぁ彼女が幸せそうで俺も嬉しいが、すこしは周りの目を気にして貰いたいものだ。
それからも市場を練り歩いては食べ歩きをして夕食までの時間を潰した。
「それで今日はどの店で食べるんだ?」
いままで散々食べ歩いてきたわけなのだが、これ以上食べるのは凄いと思う。
「おぉ。店主。約束通りちゃんとここに来たわけだな」
「そりゃ今回も約束を破ったら、次会った時になんてことをされるかわかったもんじゃないからな」
今回破ったら2回奢ってもらうとか言い出しそうだし、素直に従っておくべきだろう。
「そんじゃあ今日はぱーっと行くか~!!」
ミラを先頭にしてまたカロチニン一の飲食店に進んでいく。5人でだ。女性3人、男性二人。俺とナルシスだ。
「姉さんがなんかしつこくてすいません」
「いや、もうしゃあないさ。もう諦めてたことだし」
まぁもう食事を楽しもうじゃないか。飯をするときに楽しまないのは作ってくれた料理人に失礼だし、何よりも料理になった材料達に失礼だ。
「なぁ。魔王さんよ。人間との夜の営みはどうなんだよ? 教えてくれよ」
今回も葡萄酒を飲み過ぎて酔っぱらったミラはそんなことを口走る。
「……そんなことアンタに教えるわけないでしょ。そんな順調だなんて口が裂けても言えない」
おーい。魔王様。思いっきり口。裂けてらっしゃいますよ。確かにここ一月は毎晩のようにということはなかったが、同じベッドで寝ていた。つまりはそういうことである。
「おぉ。熱い熱い。それでどこまで行ったんだ?」
「……どこまでって。そのぉ、一緒に手をつないでそのまま寝たりするぐらいよ。これぐらい当たり前よね」
したり顔で威張りながらそう言う彼女。しかしミラはその一言で一気に酒が抜けてしまったような顔をしてシリルを見た後に俺を見て、彼女にも向けた顔をこっちにも向けてきた。俺はアイコンタクトでそれを認めた。
「……別に、お二人がそういうので満足するのなら私はいっこうに構わないよ。でもな、もう少し大人になれよ。お互いそういうことをしても構わない歳だろ?」
確かに俺はもうそういう歳だ。シリルだってそういう歳なんだろう。婚約者を見つけるために強い奴を見つけることをしていたわけだし。ただ、あの純情娘であるシリルが相手なのだ。さっき彼女が言ったように今は手をつないで寝ているのが現状。その行為でさえ恥ずかしがるのだから、今の状態で満足するしかない。
「べ、別に良いんだ。私達はゆっくりでいいんだ。スピードが重要じゃないんだ。質が重要なんだ。愛の質が」
「はいはい。そうですか。酔いが醒めちまった。もっと酒をくれ!!」
もう一度、酒に酔うために葡萄酒を煽るミラ。その一方で恥ずかしがる俺の魔王様。そして何事もなかったように黙々と食べ続けるキャサリンとナルシス。この二人は食べることにすべてを捧げているように見える。冒険者だからなのだろうか?
そんなこんなで食事会は終わった。会計はもちろん俺の支払い。金額は前回よりも増えていた。たぶん、ココの代わりに入った冒険者がその原因だろう。
「それじゃあな。今度はいつ会えるかわからないが、たまにはこっちにも顔を出してくれよな」
上機嫌のミラはナルシスに担がれながら。キャサリンもその二人に付いて行った。残されるのは俺とシリル。
「そんじゃ。俺達も帰るか」
シリルは酔っているようで反応が鈍い。握っている手に力があまり入っていないようで俺がしっかり握っていないとすぐに解けてしまいそうだ。
「……雅彦は満足していないのか?」
おそらくさっきまでの話だろう。彼女も彼女なりで色々と気にしているようだ。
「そんなことはないさ。別にいままで通りゆっくりとステップアップする感じで良いさ」
別に嘘を付いているわけではない。まだまだ若い俺だ。シリルの肉体を目の前にして我慢をするのはなかなか厳しいものはある。だが、急いでも良いことはないのだ。彼女のペースに合わせることが大事なんだ。
「別に私は雅彦がしたいのなら、その、しても良いと思っている。ただ、まだ、心の準備がだな……」
「これでもお前の夫だぞ? お前が恥ずかしがり屋ってのはもうわかりきっていることなんだ。だからお前のペースでやっていけばいいんだ。ゆっくりでいいんだ。速さより質なんだろ? だったらそれで良いんだよ」
街の外に出て魔法をイメージする。城。シリルと俺がいつも寝ている寝室。その場所に移動するように魔法を唱える。
魔法を唱え終わえ、目を開くと俺達の寝室に移動が完了した。
「そんじゃ俺達も寝るか。今日は色々と疲れた」
俺は寝巻に着替えてベッドの中に潜る。恥ずかしがり屋のシリルは着替えているところを見られることも恥ずかしいのでいつも見ることはしていなかったが、今日は何故か見ていた。
ドレスを脱いだ彼女は真っ白な肌を露出する。こちらを見ていないようで俺の視線には気付いていないようだ。
この世界にはブラジャーというものは無く、常にノーブラみたいだ。月明かりに照らされた彼女の体はとても白く、本当に陶磁器のような白さだ。
「……別に見たいなら構わないが、見たいならちゃんと言ってくれないか。やっぱり恥ずかしいんだ」
俺が見ているのは気付いていたらしく、白い顔は耳まで赤くなっている。
「……そのままじゃ寒いだろ。着替えてこっちに来な」
その言葉を聞いたシリルは服を着て俺の横に来た。体が密着するほど近くに。
「……今の私はこれが限界だ。これでどうか許してくれないか」
緊張から来る震えなのか。それとも恥ずかしさから来る震えなのか、声を震わせながら目を瞑り、そして。俺の唇へと軽く口づけをした。軽く触れるだけのキス。それでも彼女のぬくもりを感じた。
「……許すもなにも大した進歩だよ。でも焦ることはない。まだ先は長いんだから」
俺からも一回だけ。触れるか触れないかという感じで口づけをする。
「それじゃ、寝るか」
今日は手を繋がない。その代わりに今日はお互いに抱きついた状態で眠りに入ったから。




