~珍客~
新しくケイト達がやってきて早いもので一月が経った。
三人とも成長をしているようで、俺とココが少し手伝えば簡単に仕事が終わるという。もう俺とココが居なくなっても支障をきたさないようになっている。
そんなのんびりと仕事が出来る日常になってある日のこと。いつも通り糸の魔法で料理を作っているとき。異変は起きた。
厨房が急に震える。その威力は立ったままではいられないほどだ。下から突き上げるようなものではなく、横からくる衝撃だ。
爆発音も聞こえたし誰かの襲撃か何かか? 平和な世の中だと思っていたが、そういうわけではなかったみたいだ。俺もその音が出たところに向かう。もちろん火を消してから向かう。
破壊音の間隔はどんどん速くなっていく。かなりの破壊工作をしているようだ。かなりの修復費用がかかると思う。
俺が破壊工作の現場に辿り着く。すると、女一人でこの城に攻めてきていた。その相手をしていたのはこの城の主であるシリル。あんだけ沢山の破壊音を出していたのにもかかわらず、城には一切傷が付いていない。
女はいかにも冒険者という格好で剣を二本。それと盾も持っている。あの爆発音はどうやって出しているのだろうか?
「えぇい! 父さんの敵ぃ!」
女は特に剣を抜いたりはしないが、ズボンのポケットから何か丸いものを取り出してそれをシリルに向かって投げる。それは火花を上げてシリルに向かう。爆弾だ!
急いで俺は糸を出してその爆弾を掴もうとする。
しかし、爆発するのが早かったのか糸に触れる前に白煙をまき散らして爆発する。爆発による衝撃波は強く地面は震えるわ、俺は吹き飛ばされそうになるわ。で大変だった。
煙が消えると、爆発の影響が分かった。 ただの目暗まし用の煙幕でした。どこかが壊れているような箇所は一切ない。
だが、女の表情は絶望が満ちている。冷や汗と共に眼を見開いてシリルを見ている。一体どうしたというのだろうか? まさか煙幕を投げるつもりではなかったのだが、間違えてしまったからあんな顔をしているのだろうか?
「父さんの敵。か。すまないが私はお前の父親とは一切の面識がない。この5年間、私は一切の殺人行動はとっていないからな」
「嘘だっ!! 父さんの遺書にはお前が殺ったと書いてあるんだぞ!!」
女は遺書らしきものをシリルに見せる。が、距離が遠すぎてシリルには見えないだろう。シリルもシリルでその遺書を見ようとはしていない。見ているのは最初から彼女しか見ていない。
「それは本当にお前の父親が書いたものなのか?」
「本当だ!!」
「誰かが書いたものではないのか? 筆跡を真似る輩なんて世界中、数えきれない人がいるんだぞ。それでもまだ私の事を疑うか?」
「もちろんだ! 私の意志は揺るがない!」
女はいっこうに引く気配を出さないが、シリルも身の潔癖を証明するために引かない。どちらも本当のことを言っているようなのだが、はたして真実はどのようなものなのだろうか?
「それではもう一度だけチャンスをやろう。お前が私に傷つけることが出来たら、大人しく私の首をお前に授けよう」
シリルはそう言って女から来る攻撃を受け入れようとしているのか、両手を広げて仁王立ちになる。
「……分かった。さっきは失敗しただけだ。大丈夫。私はやれる。私は強いんだ」
女も女で自己暗示をかけているようでぶつぶつと何かを言っている。
意を決したのか女は剣を抜きシリルへと向かった。
シリルは目を瞑っているのか反応が一切ない。
女の刃はシリルの体を引き裂こうとそのまま突進を続ける。
しかし、女の刃はシリルの服にすら触れることが出来なかった。女の体が動かなくなってしまったからだ。
「なんだ。このっ! はなせっ!!」
糸のついたマリオネットのような動きをする女。
いつまでも刃が届かないことを不思議に思ったのか、シリルは目を開けて現状を確認する。変な動きをしている女を見て一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに気付いたのか周りを見渡している。
「雅彦! どうして私の好きにさせてくれなかった!」
俺の事を見つけるや否やそう怒鳴ってきた。俺が悪いことをして叱るような口調で。
「どうしてって。助けるのが普通だろうが。お前はこの城の主で魔王なんだから」
見つかってしまったのだから身を潜める必要はなくなった。なのでシリルのそばまで歩く。
「やっぱり貴様が魔王ではないか! 父の敵を取らせろー!」
女は俺の魔法から抜け出せていないようでまだもがいている。
「ふむ。やはりその魔王というのが今回の原因みたいだな」
シリルは俺を見る。もしかしたらそうなのだろう。とアイコンタクトで送ってみる。
「そうなのだろうな。魔王という種族を引退したいものだな。ややこしくて仕方がない」
とぼやく彼女。確かにややこしいものだ。種族が魔王というものは。
「とりあえず、お前の父親を殺したのは私ではない。これは本当だ。そしてお前の父親を殺したのかもしれない相手を私は知っている」
シリルは小さな子供に言い聞かせるようにゆっくりと丁寧に言葉を紡ぐ。
「……わかった。お前の話を聞くことにする。ただしお前の話が嘘ならばお前の首は頂いていく!」
「あぁ。分かった。雅彦。すまないがそのまま客間に連れて行ってくれないか?」
「了解。それじゃ動かすから動かないでくれよ?」
彼女を傷つけないように慎重に運ぶ。動けないことを悟っているのか俺の糸に身を任せている。
客間に付いたので彼女に絡ませている糸を外す。離した瞬間に俺に向かって攻撃するようなことを予想して自分に細かく編んだ防護膜を張ったが、その防護膜を使うことはなく、彼女は椅子に静かに座った。拍子抜けだ。
「ありがとう。私達は少し話す事があるから」
「あいよ。少し席を外しておくわ。そんじゃごゆっくり」
俺は客間から出て厨房に向かう。
そして急いで紅茶を茶菓子を用意する。
「色々と騒がしかったんですけど大丈夫だったんですか?」
俺が現場に行く前までは厨房にいたココ。彼女に城の安否を聞かれた。
「あぁ。城も壊れてないしシリルも無事だ。それよりもティーポットとティーカップを温めておいてくれ。温度は分かってるよな?」
来客を迎えるために厨房係の全員には紅茶の淹れ方をしっかりと教え込んだから平気である。温めたティーポットと沸騰したお湯、茶葉、茶菓子をトレイに乗せてワゴンで客間まで運ぶ。お湯の温度を下げたくないので出来るだけ早く客間へと向かう。
「やぁ。話し合いは一通り終わったかい?」
あの二人を同じ部屋に置いておく。結構危ない行為だったが二人は戦闘などは一切しないで大人しくソファに座っていた。
「なんだ。二人ともなにも話していなかったのか。まぁ良いや。少しこれで落ち着いてみようか」
少し冷めてしまってしまったお湯を熱気の魔法で沸騰させてからティーポットに注ぐ。注いだら紅茶を蒸らすために3分ほど放置。
「それで? 君の名前は?」
「……キャサリンだ」
俺の事も敵だと思っているんだろう。彼女、キャサリンは俺の顔を見ずに口だけを動かす。冒険者だからなのだろうか、スレンダーな体系なのだが、胸の方は少しある。いや、少しどころではない。スレンダー巨乳というものは実在したみたいだ。シリルも巨乳なのだが、お腹に少しだがお肉が付いているのは俺の胸の中に秘めておこう。
蒸らしが終わったのでカップに紅茶を注ぐ。程よく色づいた紅茶がユラユラと湯気を出して二人に飲まれるのを待っているようだ。
お茶菓子として甘みが強くないクッキーを出す。
シリルは初めて紅茶を飲ませたときに、苦いと言って角砂糖をダバダバといれてから飲むんだので、それ以降はそのままを飲みたくないと駄々をこねるので最初に角砂糖を6ついれる。これでも足りないと言われるので、シリルの血糖値が心配である。
「さぁ。どうぞ。お口に会うかどうかわからないけれども。もちろん毒も入っていない。これは信用問題だが、俺達にそんなことをするメリットが無い。殺すのならばあそこで簡単に殺せていたんだから」
クッキーを一つ取り、魔法の糸をぐるぐるに巻いて宙に浮かべているように見せる。そして糸を両方向に引っ張りクッキーを切る。俺がこの部屋まで運んだ時に殺せたのだと思わせるためである。
切れたクッキーはシリルが機敏な動きで両手で受け止める。そのクッキーを頬張る。美味しかったようで顔に締りが無くなった。
「これで毒見が出来ただろう? 味も証明出来たわけだし。どうぞ。めしあがれ」
「……いただきます」
小声だが。しっかりとキャサリンはいただきますと言った。食に関するマナーはしっかりとしているのだと思う。そしてクッキーに手が伸びて一口。さくりと心地よい音を出して崩れる食べ物。それをゆっくりと咀嚼する。口の中の水分がクッキーによって奪われてしまったのか、潤すために紅茶も一口。彼女はあの苦みを好ましいと思ったのだろう。特に顔に出してまで反応をしなかった。
「……美味しいです」
「ありがとう。結構自信作なんだ。そのクッキーは」
店が出来たらこういう菓子も販売したいと思っているのでなるべくこういうものを作り慣れておかなければならないと思ったから、こうやって練習しているのだ。まぁ普通のノーマルクッキーだが。
「それでだ。キャサリン。私の事を襲った理由だがお前の父親の敵ということなのだがそれは本当だな?」
「もちろんだ! でなければ一人で魔界なんかには絶対に訪れない!!」
それもそうだ。こんな世界の果てみたいに荒れているところに来るのはよほどの意志を持った者でしか訪れることはないだろう。
「ふむ。ではその父親が死んだというのは一体いつのことなんだ?」
「先月の頭。父親と一緒に旅立った男が父の死を教えてくれた。私も冒険者のは端くれ。冒険中に死ぬことなんかあると思っていたが、父が死んだとなれば別だ。父の敵は私が討つ!」
「先月の頭。さっきも言った通り私はここ5年はなにも殺してはいない。もちろんそこらへんにいる虫でさえ私は殺してはいない」
まぁ俺は殺されかけましたが。たくさんの兵士に槍を向けれて脅されましたが。
「じゃあ私の父は誰に殺されたと言うのだ!」
「文字どおりに受け取るのならば大魔王様なのだろうな。だが、ここから大魔王様が住まう城に向かうのに馬車で移動するのならば2月以上かかるのだが……本当に魔王と名乗る者に殺されたのか。そこが疑問だ」
ここから2月って。かなりの距離じゃないか。それを先月の頭に聞いたと言うことは父親はかなり前に旅立ったんだろう。それにキャサリンの父を殺した魔王が仲間の一人を逃がすことなんてあるのだろうか?
「はっきり言おう。私はその父と冒険に行ったという者があやしいと思う」
甘々の紅茶を一口飲み、喋りすぎて乾いた口内を潤してからそう切り出す。
まぁそれが妥当なのだと俺も思う。いくら冒険者と言っても信用している者が後ろから攻撃してくるなんて考えないだろう。そこを狙われた。と考えるのが普通だ。
「……そんな。そんなこと。証明しようが無いじゃないか! 結局私は何のためにここまで来たと言うのだ」
「キャサリン。君はどこに住んでいたんだ?」
「カロチニンって街です」
カロチニン? 人参の栄養素? あ、あれはカルチニンだ。
ふと思ったのだが、俺が少しの間住んでいたあの街の名前を俺は知らなかったのだ。あのガブリオンファミリーが占めていたという街の名前を。
「そのカロチニンってどこにあるんだ?」
「雅彦。お前がいままで住んでいた街の名前だ。しっかりしてくれよ。まったく」
呆れた様子でシリルが教えてくれた。しっかりしてくれというが、それだったら初めて訪れたときに教えてくれなかったのは一体なんでなのだろうか?
「そうか。カロチニンか。だったら保安官が知り合いにいるから安心だ」
特別保安官のミラがいるんだ。俺の名前を出したら手伝ってくれるだろう。
「保安官には一度説明したんですけどその人も魔王が悪いと言っていました」
「普通の保安官じゃなくて特別保安官って人に今度は聞いてみな? あいつは信用できる女だからな。少し性格に難があるが大丈夫だと思う」
そして俺はふと思い出した。店の家具を移動させるときに2食おごると約束していたのだが、一食しかおごっていないことに。次に顔を合わす時が大変だ。
「特別保安官ですか。わかりました。その人に頼ることにします」
「雅彦には女性のお友達が沢山いるようだが、それはどうしてなのかな~? 私に教えてほしいものだなぁ」
父親を殺した犯人探しを手伝ってくれる人が見つかったことに安堵したキャサリン。だが、俺の隣に座っている魔王様は女性関係の事で言いたいことがあるようで、睨んでくる。なにもやましいことはないのだが。
「いや、そんなお前が思っているような人じゃないさ。本当だ。あいつはただの冒険者上がりの保安官ってことしか知らない。あと弟がいるってぐらいだ」
「どうしてそんなに仲が良いんですか? 平和な世の中と言っても魔族と人間ではまだ隔たりがある世界で」
浮気だと思っているシリルは俺に掴みかかろうと動こうとすると、キャサリンが笑みをこぼした後にそう言う。
「どうしてもなにも。夫婦だからだ。私は雅彦の嫁で、雅彦は私の夫だからだ。それ以外になにもない。まぁ私としては少し女性関係について小一時間追求していものなのだがな」
「いや、別に大したものはない。ただの友達だ。そうだ。カロチニンにいるってことはガブリオンファミリーが壊滅したことになってるけど、その後はどうなっているんだ?」
「ガブリオンファミリーですか? 確かに一月前に壊滅したとなった後は特に表立ったことはしていないようです。なにか酷い取り調べや押収をされたということぐらいしか聞いていないです」
酷い押収。俺のことだ。絶対にそうだ。全財産を押収したわけだし。
キャサリンはどうしてそのことを聞くのだろうかという怪訝な顔で俺を見ながら言う。まぁそんな顔になるだろうな。
「まぁ、俺の店が出来たら遊びに来てくれ。今は改装中だからさ。まぁ完成まで一年ほどあるけど」
冒険者であるキャサリンは色々と訪れることがあるかもしれない酒場なので、宣伝しておく。まぁこの事件がシリルがやっていないということが実証されないといけないのだが。
「わかりました。では色々とお世話になりました。私はここいらでお暇させていただきます」
「ここから馬車で移動なのか?」
「えぇ。馬車で来たのですから」
「雅彦。魔力のコントロールとしてあの魔法を使ってみろ。お前ならばもう完璧に扱えるものだと思う」
この城から出て行こうとするキャサリンを送って行けと言うシリル。
「まぁ、うん。ちょっとカロチニンにも寄る用が出来たし、うん。行ってくる。それじゃ行こうか」
俺達三人は城の外。キャサリンが乗って来た馬車があるところに来た。
「一体なにが始まるというんですか?」
不思議そうに思うキャサリン。まぁ不思議そうに思うだろう。ただ見送る俺が集中して何かをしようとしているのだから。
俺は目を瞑ってカロチニンの門を思い出す。あの昔のヨーロッパにありそうな門を。そしてそこへ移動したいと願う。
そして魔力を消費する。目を開くと白い光が俺達を包む。この前移動をした時と同じ光だ。
その光に視界を奪われ。次に視界に映るのは想像した場所と同じ景色。移動に成功したわけだ。
「なんだこれは。魔法なのか?」
急に移動したキャサリンは驚いている。馬車に繋がれている馬も興奮しているのか暴れだそうとするのをシリルがなだめている。……シリル?
「……どうやら、一定範囲内にいるものを無差別で移動させるようだな」
馬をなだめながらそうぼやく。これからどうしようかと途方に暮れているような顔だ。そんなに悲観しなくても良いと思うんだが。
「まぁ私は特別保安官に会いに行ってみるよ。ここまで運んでくれてありがとうな」
キャサリンは馬の手綱を引き馬を誘導して町の中に入って行く。
「とりあえず俺達も街の中に入るか」
魔王夫婦はこれからどうしようかと思いながらカロチニンの門をくぐった。




