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目の前には魔王がいた  作者: 八雲紅葉
新世界は異世界
16/38

~改革~

 城に帰って来た日の午後。暇を持て余している。シリルは仕事があるとかで執務室に籠って、ココは帰ってこない。

 この世界に来て時間を持て余したことは一度もなかった。それほどにまで濃密な時間を過ごしてきたんだなぁとしみじみ思う。

 ベッドの上で寝がえりをうち、ゴロゴロと動く。

 このままごろごろとしているのは性にあわないので、城の中にもぷらついてみようか?

 魔法についていろいろと知りたいから図書館にでも行ってみようか。入門書的な書物はあるだろうし、少しでもこの世界の事についても調べておいた良いだろうし。

 それでは早速移動するとしよう。ベッドから飛び降りて部屋を出る。


 部屋を出て図書館に向かうまでは良かった。

 しかし白塗りの壁はどこにつながっているか分からず俺は迷子になった。どうしてこうなった。ここはちょっとした迷路にでもなっているのか? その後も俺は進み続ける。

 結局辿り着いたのはこの城の厨房。シリルや兵士が使っていると思われる厨房はかなり汚い。鍋は使われたまま放置されているのか、汚れがところどころにこびりついている。この状態のまま次の調理で使うのだろうか?

 シンクだって汚れているし、もうこの厨房すべてを掃除がしたくてたまらない。


「雅彦さん」

 そこにココが来た。彼女も迷子だろうか? だが良いところに来てくれた。二人で掃除をすれば片づけることが出来るだろう。

「よし。ココ。まずは鍋とか食器を洗っちゃおう。そのあとにシンク。最後に床を綺麗にするぞ」

 俺は早速汚れている食器を手に取り、スポンジに洗剤を吸わせて泡を立てる。食器を一枚一枚丁寧に洗う。しっかりとこびりついた汚れをはがすように力を入れて。だけれども皿に傷をつけないようにやさしく洗う。

 洗い終わったらその食器をココに手渡し、汚れた泡を落としてもらうために水で流す。

 その流れ作業を淡々とこなして150枚以上の皿を洗い終わった。次は鍋だ。鍋だけでも大小合わせて50個以上あり、これも骨が折れそうな作業になりそうだ。

 いつ頃、汚れがこびりついたのか、お湯で汚れをふやかそうと試みたが、まったくもってはがれそうにない。ステンレスのたわしがあれば使いたいが、この世界にないだろうしあったとしても鍋を傷つけてしまうのであまり使いたくはない。

 なので必死に力を込めてスポンジでこする。汗が噴き出る思いをしながら一生懸命こすった。ココもやってくれているようで額に汗がにじみ出ている。

 鍋も洗い終わり、次はシンク。水垢がこびりついていて白い跡がたくさんある。これも一筋縄ではいかないだろう。

 スポンジにお酢と洗剤をしみこませ一緒にこする。そうすることで水垢が落ちやすくなるのだ。だが、酸性のお酢を使っているので皮膚が溶けてしまう。なのでゴム手袋を装着して行う。

 シンクが片づけ終わり残すところはこの厨房の壁や床だ。外の景色をみると、やはり地は荒れ果てている。だが、太陽はすでに半分以上沈んでいてだいぶ時間をかけて掃除していると思った。体力もかなり喪失している。

 そのわずかに残った体力を使って最後の一仕事をやってしまおう。

 まず床に石鹸を水で溶かした石鹸水をまき、毛の硬いモップでゴシゴシと擦る。床は白い泡ではなく、黒に近い灰色の泡で覆われる。ここの床がどれだけ汚れていたのかが分かった。かなり汚かった。幸いなことにゴキちゃんは出てこなかった。この世界には存在しないのだろうか?

 灰色の泡を水で流し、床は綺麗になった。残るは壁。壁は床の掃除とあまり変わらない方法として、雑巾に石鹸水を吸わせてそのまま拭く。それだけで雑巾がかなり黒くなる。黒くなった雑巾を石鹸水を溜めてあるバケツの中で水洗いをして、もう一度戦場に駆り出す。真っ黒になって帰ってきてもすぐに手当てをされて戦場に向かわせる。酷い上官役を演じながら俺は壁を磨き続けた。


 バケツの中が真っ黒になり、雑巾ももうこれ以上洗っても白くはならないだろう。というところまで雑巾を酷使したところで壁を磨き終わった。腕がパンパンになって明日は筋肉痛になるかどうか心配になる。ココはすでにぐったりとしている。

「……とりあえず、終わったな」

「……そうですね。私はもう疲れました」

 疲労感マックスになって俺達の夕飯をどうしようか考える。こんな状態でなにを作ろうか?

 でも、ここまで綺麗にしてもこの城にいる兵士達が使えば、掃除をする前の状況にすぐなってしまうのだろうか? だとしたらこの作業は無駄だったのだろうか?


「……料理人が居ればいいよなぁ」

「……しばらくこの城にいるんですから私達でやるのはどうでしょうか?」

 確かにそれは妙案だ。だが今の体力で何かを作るのはかなり厳しいし、この兵士がどれくらいいるのかが分からない。それにいまこの城にどれくらいの食糧があるのかも知らない。

「おぉこんなところにいたのか雅彦」

 かなり都合良くシリルが厨房に現れた。いままで仕事をしていたからなのか、ドレスと同じ色をした縁のメガネをかけている。眼鏡をかけることによって雰囲気が少し柔らかくなったように思える。

「あぁ。それでどうしたんだ?」

「いや、雅彦の姿が見えないから色々と探していたのだが。ここを掃除してくれたのか。ありがとう。ココもありがとう」

 ペコリと頭をさげ、ココは俺達に感謝してくれている。


「そういや、この城にどれくらいの食糧があるんだ?」

「食糧か? 掃除しているときに気付いていると思ったんだが、そこにある扉の向こうに食糧を保存している」

 そういや、この厨房の奥に扉があったが、そこを掃除するとなると収集がつかなくなりそうだったから手を付けてなかったんだが、その先は食糧庫だったのか。

 俺はゆっくりとその食糧庫に向かい、扉を開ける。そこの空気はひんやりとしていて、この城の中では保存性が高いところだと思った。店と同じ感じの作り方だ。

 温度からみてここは野菜室。なのだろう。野菜を保存するのに適した温度は10℃くらいの温度がちょうど良いのだ。

 この野菜室の奥にも扉がある。それを開くと、今回はかなり寒い。食糧は肉のブロックや魚が保存してある。生臭く、早く食べてしまわないと腐ってしまう。

 この魔界。いや、この世界は冷凍技術はないのだろうか? 店をやっていた時もそうだが、冷凍庫のようなものはなかった。だとしたら面白いほど儲けが出来る商売が出来る。


「二人とも。この食べ物を凍らしたりすることを知っているか?」

 食糧庫から出てきた俺は早速二人に問いかける。二人とも俺の言うことを理解しているようだが、首をかしげている。やはり知らないのだろうか?

「いえ知りませんが、凍らせてどうするんですか?」

「私も知らない。ココの言うとおり凍らせてどうするんだ?」

 二人とも知らないみたいだ。こいつは今すぐにでも取りかかりたいことだが、俺もいまいち原理を知らない。『-198℃で瞬間冷凍』とかあるが、その温度をどうやって出すのかを知らない俺はこれから先の保存法を編み出せない。もう一度あっちの世界に戻れれば良いのだが。


「いや。知らないなら良いや。それと、野菜室の奥にある部屋はやばい。部屋の温度は低いが早く食べてしまわないとこの城にいる兵士全員が食中毒になるぞ」

「それはいけない! ではまたあの肉を捨てなければいけなくなるのか」

 また捨てなければいけない? 肉を何回か腐らせてしまっているのか?

「いや、あの肉を全部使ってあるものを作りたい。力がある兵士が居ればいいんだが集められるか?」

 たぶんこの城の食費はかなり大きな数字になっているんだろう。その原因の元である一つを断ち切ってしまおう。

「あぁ。大丈夫だが。なにをするんだ?」

 救いを求めているような目で俺を見る。視線はぶつかりシリルの瞳の中に俺の顔が映る。疲労感たっぷりの俺の顔だ。

「保存食を作る。それと冷気を操るような魔法はあるか?」

「あぁその魔法はある。水を凍らせたりもできる」

 そもそもその魔法を使える奴だったら冷凍保存法ぐらい思いつくと思うのだが、どうなのだろうか?

「じゃあその魔法を使える奴と水を出せる魔法も使える奴も集めてくれ。そうすれば少しはここのエンゲル係数も低くなるだろう」

 エンゲル係数というものを聞いたことがないのだろう。さっきの質問と同じように首をかしげているシリル。

「さて。ココ。疲れているところ悪いが、今から一仕事だ。俺の手順通りに動いてくれ」

「はい。分かりました。私頑張ります」


 ではやるとしよう。まずは冷蔵庫から肉をすべて出す。それだけでもかなりの作業で、牛肉、豚肉など合計で100kg以上はあると思う。

 その肉をすべてミンチにする。力強い兵士達に手伝ってもらい大きな肉の塊はすぐ挽肉になる。やはり腕の力がある奴がミンチにする作業は本当にはやい。

 ミンチになった肉に塩、コショウを混ぜる。他にスパイスを入れたいが、この世界にどんなスパイスがあるのかを詳しく知らないので今回は塩コショウだけで作ることにした。

 それを10℃以下の温度に保ちながらこね続ける。そうすることによって肉に粘り気を出させて美味しい食べ物が出来る。

 その肉を動物の腸の中に詰め、均一の長さになるようにねじり大きさをそろえる。

 一本の腸をぐつぐつと煮えたぎったお湯の中に入れ茹でる。そこから温度を調節して70~75℃をキープする。そのまま30分茹でる。茹でているソーセージを一本取りだして中まで火が通っていることを確認する。火がしっかりと通っていたので美味しいソーセージが出来上がった。


「ひとまず、肉の処理はこれで終わった。次は保存方法だが、荒療治ということでいま出来上がったソーセージを水の中に入れてくれ」

 俺の指示で魔法が使える人は動く。ソーセージが入った水入り桶が複数個出来る。

「それをそのまま凍らせてくれ。そうすればこのソーセージを今までより長く保存させることが出来るはずだ。もしその凍らせたものを食べたいときは再加熱すれば美味しく食べられるはずだ」

 魔法使いは水入り桶をそのまま凍らせている。その中に俺がどうしてこんなことをさせているのか。ということを考えているのか、不思議そうな顔をしている人が居る。まぁそんな顔をするのもこっちの世界では当たり前なのだろう。

 これでひとまずの食糧事情は解決できただろうか? ちゃんとした冷凍技術を俺が知っていればこれよりも良いことが出来たのだが。


「雅彦。お疲れ様。掃除もしてくれて今日は本当に大活躍だな。今日はゆっくりと体を休めてくれ」

 シリルは俺の目の前まで来て感謝してくれた。

「あぁ。先にベッドの中で休むことにするよ。ココもお疲れ様。掃除、手伝ってくれてありがとな」

 ココに感謝して俺は厨房を出て部屋に向かう。俺の部屋と言っても俺とシリルの部屋は同じである。

 厨房に行くまでは迷ったが、帰りは簡単な一本道。部屋に辿り着いてからすぐにベッドに倒れる。かなり疲労しているのか、足は棒だし、腕ももう上げられないほどに疲れている。

 もう今日はこのまま寝てしまおう。あとでシリルが寝るために同じベッドにくるだろうけど、それまで起きてはいられないだろう。


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