~開戦~
その妙な連中は5人の団体客。 全員が座れるよう、ココにイスを運ばせて店の入り口付近にある隅のテーブルに案内させた。
もしほかの客が来たときに迷惑がかからないようにという配慮だ。
案内をするときに、ココに手を出したりはせずに普通に席についた。なにもない。一般客なのだろうか? 俺が疑りすぎているのだろうか?
彼らはぶどう酒を頼んだのだろう。人数分のぶどう酒を木のジョッキに注いで運ぶ。
両手でゆっくりと運んでいるので、足を狙って転ばせたりすることが出来るチャンスがある。が、その絶好のチャンスを見逃したのか、ジョッキを丁寧に受け取ったりしている。
女の方もなにか思うところがあるのだろう。男達の方を見てはなにかを思い出そうとしている。
「雅彦様。からあげ6人前をお願いします」
「あい、了解。今のところ何もしてきてないけど、あの男達には気をつけてくれ」
ココはわかりました。と言う前に店の扉が開いた。現れたのはまたもや団体客。これは6人。そして2組。
団体客の服装でわかったのだが、一人を除いて全員が白いシャツに黒いズボン。
そして一人だけ色とりどりの派手なシャツを着て、ズボンは動物の皮で出来ているのだろう。そんな感じのものを履いている。アクセサリとして指輪やネックレスがすべて金色。ちゃんと丁寧に磨いているのだろう。光が反射していて眩しい。
その金のアクセをしている男はたぶんボスなのだろう。小太りを通り越してただのデブと言っても良い感じだ。でもその風貌の所為で威圧感はある。
流石におかしいと思ったのか、ココの顔色が悪くなる。もしかしたら見たことがある顔なのだろうか。
ボスらしき男は偉そうに振舞っていて、そいつは葉巻をふかしている。当店は分煙などはしていないので、全席禁煙にしておけば良かったと思う。
だが、そんな奴らが来たといっても何も問題を起こしていないので何も出来ない。なにかしらのアクションをかけてこないと、こちらからは手出しが出来ない。
3組を壁際に寄せて一塊にさせておく。
ぶどう酒がお好きなようで12人全員ぶどう酒を頼み、ポテト6人前、から揚げ12人前も頼む。こういう大口注文は良い売り上げになるのだが、一人しかいない厨房は地獄である。
芋と肉を別のフライヤーに流し込み、急いで調理する。
先に注文があったから揚げはすでに出来上がっているので提供をさせる。
揚げている間に焼けている牛肉を取り出し、女のところへと向かう。
「店主。気をつけろよ」
「わかっている。何かあったときに助けてくれないか? 依頼金と契約料でこの肉をやるから」
肉をテーブルにおいて厨房に戻る。衣が良い色になっているので油から取り出し、芋の方はもう少しゆっくり揚げていく。
「ココ。コイツもお願いする」
出来上がった12人前のから揚げを提供する。量が量なのでかなり大変そうだ。
とりあえず、後は芋が出来上がるまでゆっくりと出来る。厨房にある背もたれが付いている椅子に深々と腰掛ける。
あの連中はちゃんと出されたものを食べているので良かった。ひとまずは安心だ。
もし問題を起こしたとしても、女が対処してくれるだろう。
「おいおい!! 店主よ。この料理に変なモンが入ってるぞ!」
と、安心しているところに男の怒号が響き渡る。
「はい。どうかなさいましたか?」
ひとまず、下手に出て様子を伺う。
「どうかなさいましたかじゃねぇよ! お頭が食べたモンの中にこんなモノが入ってたんだけどどうしてくれんだよ! えぇ!」
そう言ってから揚げの中から一本の髪の毛が出てきた。金髪の髪の毛が。
「そうですか。ですが、あいにく当店の従業員。材料を購入した店の店主も金髪ではなかったのですが」
「そんなもんはしらねぇ! 現に入っていたんだ! ここ一帯を占めているガブリオンファミリーの親玉である4代目が食べていたもの中にな!」
相手はそう言えば相手は怯むだろうという魂胆でそういうことを言ったのだろう。だが、生憎俺はこの街のことはおろか、この世界のことも良く知らないので怯んだりはしない。ココは怯んでいて、ガタガタと震えている。それほどの奴らなのだろうか?
「そうですか。では、どうなさいますか? 新しく商品をお作りいたしましょうか?」
「……そんなものはいらない。こんなことがあった店のものなんか食えるか。そのかわりこの土地をいただく。今のことを保安官に通報されたくないだろう?」
初めて口を開いた親玉。その声は地を這うような低い声。風貌と合わさって威圧感が半端ない。
「それは無理な相談だ。たかだか異物混入。それも従業員以外の髪が入っているわけだから、その保安官とやらに通報されたとしても、逮捕されるのはお前らだとは思うがな」
「兄ちゃん。穏便に済ませようという気は無いんだな? たとえこの店がどうなろうとも」
こういうとき、店側の対応としては何度か謝るそぶりをした後、相手側がまだ恐喝を続けるのならば恐喝罪として成立するのだが、それは日本でのはなし。この世界ではどうなっているのか。俺は知らない。
男は引くつもりはないのだろう。立ち上がって食いかけのから揚げを床にぶちまける。
「あぁ。ここは俺の店だ。大方、自分の店を手に入れたと思っていた矢先に借金を完済だもんな。この店が欲しいんだよな? だが、俺の物だ」
俺がそこまで言うと、男は割れた皿の破片を拾い、俺めがけて投げる。
モーションで投げることがわかっていたし、投げる方向もおおよそ予測が付いているのでかわすのは難しくなかった。俺の後ろで割れた皿がさらに割れた。
たったいま火蓋が切り落とされた店。女が助っ人として立ち上がってくれた。
「勘定。銀貨3枚くらいか? 釣りはいらないよ」
が、俺の予想とは違う行動に出た女。
「ちょ、ちょっとあんた。助っ人してくれるんじゃなかったのか?」
「なにかを勘違いしているようだが、私は承諾したわけじゃない。その代わりと言っちゃあアレだが、最後の料理の代金を払うよ。それで良いだろ?」
彼女は皮袋から通貨を探しているようでガサゴソとやっている。
「それじゃあ。メシ美味しかったよ」
銀貨3枚を置いていって、本当に店を出て行ってしまった。残された俺とココ。
「さて。もう助っ人がきたりしないよな? 最後に言い残す言葉はなんだ?」
さて。ピンチだ。どうしよう。頼りにしていた女が帰ってしまった今、抵抗する手段など何もない。手にしている包丁があるが、それだけで17人も相手出来るほど俺は強くない。ましてはココを守りながらなんて出来るはずがない。
「ココ。厨房の奥に逃げて」
ここはもう彼女だけでも逃げさせたほうが良いだろう。一応彼らの目的はこの土地とココの身柄なのだろうか。俺のことなんかどうでもよいことになっているだろうし。
俺の声を聞いたココは厨房の奥に走っていった。ちゃんと逃げてくれることを祈ろう。
俺は逃げれない。なんとしてでも彼女が逃げ切る時間を稼がなくてはいけない。そのために俺は包丁もって正眼の構えになる。
「サムライスタイルってやつか? 古過ぎてマヌケすぎるぜ」
俺と敵の間にはカウンター席がある。厨房に入るにはそのカウンター席を乗り越えるか、厨房に入るための道を進むかのどちらかである。
戦うのは怖い。人を切るのが怖い。人を殺すのが怖い。でも自分が死ぬのはもっと怖い。
それに、俺にはシリルがいる。こんなところで死ねば少なからず彼女は泣くだろう。俺が消えたときも心配してくれたことだし。
「そのサムライスタイル。なかなかじゃないか。雑魚の一人や二人は殺せるんじゃないか?」
店の扉に寄りかかっている男。ナルシス。いつの間に来たのだろうか? それにさっき帰った女もいた。
「店主。敵をだますならまず味方から。戦をするなら敵を欺くことは必須だぜ。覚えておきなっ!」
女は帯刀している細身の剣。日本刀に近い剣を抜いて近くにいる敵に向かって切りかかる。防具も何もしていないチンピラ達はトマトのように液体を噴出しながら倒れる。
ナルシスもナルシスで剣を抜く。彼女の刀とは違ってナルシスの剣は幅広で彼の身長と同じぐらいの剣。そんな剣を力いっぱい振り回して敵味方お構いなしに刻まれていくような攻撃。
女はナルシスと距離をとっていたので切られる心配は無かったが、アレを近くで見るのは怖いと思う。
助っ人二人のおかげで残るはボスひとりとなった。
「なっ。ば、化け物!! お前らは化け物だ。 俺の命だけは助けてくれ! 頼む!」
残されたボスは必死で命乞いをしている。土下座して、手下の血で染まった床に額をつけている。
「だそうだ。店主。どうする? 助けておくのかい?」
「どうしようかね。とりあえず、抵抗できないように縛り上げてもらいたいんだけど良いかな?」
了解と。今回はちゃんと承諾してくれて、ロープを手渡すとボスを縛り上げた。
「さて。ガブリオンファミリーのボスよ。許して欲しいか?」
「もちろん! 何でもするから命だけは助けてくれ!」
よほど死にたくはないのだろう。必死で命だけは取られたくないみたいだ。
「そうかそうか。では俺が今から言う条件を飲むのならば俺はお前の命をとらない。それは約束しよう」
「もちろんだ。だから助けてくれ!!」
さぁ。今、俺は有利な立場にいる。どんな吹っかけをしたものか。
とりあえず、今の店の状況。もうぐちゃぐちゃ。床に血だまりがいくつも出来ていて、店を開くことなんか出来たもんじゃない。テーブルや椅子も粉々だし。
「そうだな。まずは俺がお前達に支払った金貨16枚の4倍。つまり64枚を支払ってもらおうか」
「わかった。金なら金庫にそれぐらいは入っているはずだ。それで許してくれるよな?」
「まさか! ほかにもあるに決まってるじゃないか。お前の全財産を俺によこせ。別に断っても良いぞ。その代わりお前の首はここで刎ねられ、お前のファミリーの資金をごっそりといただく。そうするまでだ」
やることが鬼畜じみているというか、極悪だなぁ。と自分でも思うくらいだが、店をすべて改装しなくてはいけないので資金は沢山あったことにこしたことはない。搾れるなら搾り取るまで。それが世の中の摂理だと俺は思っている。
「ぐっ! ……わかった。全財産をお前にやる。それで良いだろ! もう俺に金なんか残っていない!」
「金はないが、土地はあるだろ? お前らが持っている土地もすべてだ。全財産なんだ。金も。土地も。金につながるようなものはすべていただくからな?」
もう、全財産を奪われて生気がなくなってしまったのだろう。ボスは喋らなくなった。
「店主。とりあえず、この男はどうするんだ?」
俺と男のやりとりが終わると、女はそう言ってくる。
「とりあえず、ガブリオンファミリーの総資産をいただくまでは一緒に行動させる。縄で縛って歩かせれば良いだろう」
「わかった。そういや自己紹介がまだだったな。わたしはミラ・サーチン。ナルシスの姉だ。よろしくな」
姉。まさかナルシスの姉だとは思わなかった。確かに良く見ると、彼女らは目元がそっくり。
「こちらこそ。俺のことは雅彦って呼んでくれ。ウェイトレスをしていたのが、ココっていうんだ。自己紹介も終わったことだからとりあえずアジトにでも向かうか」
厨房の奥にいたココを呼び、アジトへと向かった。




