~波乱~
荷物を一度店に置いてからまた市場へと足を動かす。
次に訪れたのは畜肉売り場。
「やぁココちゃん。今日はどんなものが欲しいんだ?」
いきつけの店なのだろう。店主が港のミハエルさんと同じ風な話し方だ。
「いえ。私は昨日から雅彦様のお手伝いとして生きることになりました。ですので私は雅彦様を補佐です」
店主は白く伸ばしている髭を右手でつまみながら、俺を品定めする目付きで見る。
「なかなかの普通っぷりだな。まぁ悪そうな奴じゃないみたいだからひとまずは安心だわな。それで、どんな肉が必要なんだ?」
この店主もココの借金話を知っているんだろう。それにしてもなかなかの普通っぷりって。
確かに特にイケメンというわけでもないし、冴えない顔をしているかもしれないけど、、、まぁいいや。
「そうだな。ひとまず牛スネ肉5kg、モモ肉10kg。鶏のモモ肉を20kg。豚バラブロック20kg。バラブロックと牛モモは脂身が少ないものを頼む。あとは鶏卵を30個もお願いするわ」
今朝決めたメニューで必要なものを上げていく。ひとまずで合計55kg。全盛期となるとどれくらい用意していたのだろうか?
「わかった。合計で銀貨15枚だ」
銀貨15枚を手渡して俺は肉の鮮度を判別しようとした。
だが、肉の鮮度判別法を知らない。いや、牛の良し悪しは尻尾の脂で判別が出来ると学長が言っていた覚えがあるが、その方法はかなりの経験が必要らしいので、俺には出来ない。なので鮮度は店主に任せるしかない。
ココはこの店を使っているみたいなので、ミハエルさんと同じで良いものを出しているのだろうと想像が出来る。
その証拠として、判別は出来ないながらも鮮やかな赤色をして脂の少ない牛モモ肉。豚肉も綺麗なピンク色をしている。
「ありがと。やっぱココが使う店はどこも新鮮なものを置いている」
「はい。店選びなら任せてください」
ガッツポーズをするココ。確かに仕入れ担当はココに一任しても良いかもしれない。少なくとも新鮮な食品と触れ合っていた時間は圧倒的にココの方がいいだろうし。
「それじゃあ雅彦。ウチの肉はここいらじゃ一番新鮮なものだ。粗末にするようなことは決してするなよ」
「それは大丈夫。ココのオヤジさん直伝のレシピがあるんだ。粗末にするようなことは絶対にしないさ」
55キロの肉はとても重く外に運ぶのだけでも精一杯。台車があるので店に運ぶまでは楽だが、店の入り口から冷蔵庫にまでの距離は地獄である。
この店の冷蔵庫。いままで日本で生活していた時に活用していた冷蔵庫とは全くの別物で、ただひんやりと冷たい冷気の中に食材を置いておくようなそんな場所の事を指している。
冷気の理由は冷蔵庫が地下にあることと、冷蔵庫内に大きな氷がある。
なんで、生モノは短い間に使い切らなければすぐに腐ってしまう。
野菜は昨日、ココが買っていたものがあるので今日一日は間に合うだろう。なので下ごしらえをする前にベッドの下見をしてこよう。
「ココ。ベッドはどこで売っているんだ? 流石にどちらかが床で寝るのはやめよう。背中や腰を痛める」
「でしたら小物を買った店の隣にそういう家具も販売しているのでそこに行きましょうか」
肉や魚介類で足の踏み場が少なくなった冷蔵庫の扉を無理矢理閉めて、調理場を離れる。いつ祝材が腐るか心配だが、心配していてもキリがないのでスルー。
小物を買った店の隣。大きな家具屋の店に入る。すると、店の店員が勢い良く迫ってくる。キャッチセールス並みだ。
「本日はどのようなものをお探しですか?」
「一人用のベッドが必要なんだ。出来るだけ早く欲しいんだが」
営業スマイル全快の彼女に俺達は少し引きながらもそれに対応する。
「当店は注文を受けましたら、すぐさまお客様のご自宅に訪問いたしまして、家具をお作りするシステムですので今日中にベッドをお使いになられますよ」
と、いうことは組み立て式なのだろう。まぁすぐに使えるのならばそれにこしたことはない。
「とりあえず、どんなものがあるのかを見せてくれ」
そう言うと店員は奥に案内してくれた。ベッドのコーナーがちゃんとあるのだろうと俺はそう思っていた。
「こちらがベッドコーナーになります」
そう案内された場所にはベッドが二つしかなかった。どう選べと?
ひとつは白い木材が使用されていて、無駄な装飾が施されていない。ただ寝るだけだということを訴えているような形である。ただ、足が長いので腰掛けに使う点では良いかもしれない。
もうひとつの方はというと、濃い茶色の木材を使われている。ニスかなにかを使っているのか、木がツヤツヤとしている。木目もしっかりと見える。
その木材は良いのだ。木材は。だが、その木材が使われて出来たものが、白い木材を使われたベッドと同じ形なのだ。どういうことだ。
木材が違うだけの2種類をどちらかを選べというこの店。さて。どうしようか。
どちらでも良いが、迷う。魔界にはそうそう帰れるわけでもないので毎日使うことになるベッド。
白いほうにしてしまおう。ココが使っているものも白いものだったし同じ色で統一するのも悪くない。
「じゃあこの白いので頼むわ」
「かしこまりました。では今すぐに荷物を準備いたしますので今しばらくお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
俺は構わないという旨を伝えて店の入り口で待機する。
「そういえば、ベッド本体を買ったは良いが、布団とかはどこで売っているんだ?」
「いえ。この店は布団とベッド。両方がセットになっていますので大丈夫ですよ。毛布やシーツ、枕もセットですので」
なるほど。それは便利だ。
と、ココと話し込んでいると、店側の準備が終わったのか、大きな荷物を詰め込んだ台車を持ってくる先ほどとは違う男の店員。
俺達は店の二階に行き設置させる場所を教えた。後はベッドを作るだけなので俺は調理にかかるとする。ココにはメニュー書きをさせてしまおう。
1階に降りてまずは鳥のから揚げの下準備といこう。と、そのまえに2種類のビーフシチューの鍋に火をかける。ちゃんと煮込んでおかないといけない。
まず、鶏肉を食べやすい大きさに切る。そして、また冷蔵庫に保存。あとは開店1時間前あたりに味をしみこませはじめれば大丈夫。
次に、メニュー外だが、豚の角煮を作ろう。これも煮込み料理なので商品として出せるのは明日以降だが。
まずは肉の旨みを閉じ込めるために肉の表面を焼く。フライパンに油をひき、食べやすい大きさにカットした肉をさっと焼いてすぐに火から離す。
その後、豚肉の脂抜きをするために水の状態から、肉を茹でる。このときに生姜のスライスしたものや長ネギの青い部分を入れることによって豚の臭みを多少ながら抜くことも出来る。
それに加えておからも一緒にいれて茹でることによって余分な脂も多く吸い取ってくれるので一緒に茹でる。
沸騰させてからはそのまま出てくるアクを取り除きながら2時間茹で続ける。
その間に、何かをやろうと思ったが、特にすることがないので暇をもてあましてしまった。ベッドの方は出来上がったのか、調理中に店員は帰っていった。
やることがないので、しばらくじっとしていることにした。
その前にモモ肉にハーブペーストを塗りつけて冷蔵庫に入れておく。
2時間後、おからが付いている状態なので流水で流して、もう一度。沸騰した湯の中で2時間茹でる。
茹で終わったら、醤油やみりん、砂糖。昆布と鰹節で取った出汁を作った調味液の中につけて煮込む。
肉と一緒に茹でておいた半熟卵。面取りをした大根を一緒に煮込む。
調味液が沸騰したら火を止めこの状態で1日置いておく。
では、今から鶏モモに味を入れるとしよう。醤油、酒を上手く配合してその液に肉を入れておいておく。これだけだ。
下準備が終わると、まだ開店前だというのに店の扉が開く。見たことのない女性が入ってきた。
「まだ開店前か。ここで待ち合わせをしているんでね。少し待たせてもらっても良いかい?」
冒険者と簡単に想像が付く装備。真っ赤なマントに真っ赤な鎧。情熱的な女性だこと。
それにしても一体誰を待っているのだろうか?
「あぁ。そうだ。ここのレモネードが美味しいと聞いたんだ。飲ませてくれるか? ついでにコイツも渡しておこう」
女は銀貨1枚と銅貨3枚をテーブルに出した。レモネードは最初の一杯に限り、お冷と同じ扱いなのでタダなのだが。
グラス一杯にレモネードを注いで女が座るテーブルに置く。
「一杯はタダなんだ。それにしても銀貨1枚は必要ないだろ。飲み物一杯でも銅貨3枚ぐらいだし」
「いやいや。銀貨はバカが忘れた分だよ。昨日足りなくなったって言ってたからよ」
と、いうことはナルシスの知人なのか。そして待ち合わせの相手はナルシス本人なのだろうか。
「そういうことか。別に返す気があるなら別に急いで返さなくても良かったんだが。ロケットはどうする? ナルシスに直接渡したほうが良いのか?」
「そうだな。それはアイツに渡しておいてくれ。それにしてもこの店はいつになったら空くんだ? 久々に洞窟にいる大型モンスターを狩ってきて腹ペコなんだが」
昨日のナルシスと同様にレモネードを一気に飲み干した女はグラスを力強く置く。
開店前にやってきたというのに、この女は。ナルシスに色々と催促をしたほうが良いかもしれない。
「ココ。降りてきてくれ。今すぐに店を開ける!」
仕方ないので少し早いが店を開けることにしよう。鶏肉は真空に近い状態で味をしみこませているので何とかなるだろう。
すぐにタレだけを流し場に捨てて、肉に片栗粉をつける。そして180℃にしておいた油の中に投入。
油と水が激しくぶつかり合う音が酒場に響き渡り、次第に良い匂いも充満してくる。
長い間、油に漬けていても不味くなるので、火が通る寸前で油から出してやり、余熱で火を通してやる。
皿に盛り付けて1/8にカットしたレモンを添えて提供。
次は牛肉の香草焼きをオーブンに投入。焼けるまで待機。
温まっている油があるので、皮ごと水洗いしたジャガイモを1/6にカットしてそのまま油にドボン。じっくりと火が通るまで揚げていく。
「店主よ。昨日アイツに出したものを食わせてくれ。丸いもので揚げているものなのだが」
鶏のから揚げを頬張っている彼女から追加の注文が入る。たぶんエビボールのことを言っているのだろう。
揚げている最中は何も出来ないのでこっちも作ってしまおう。
フライドポテトとエビボールが出来たのが同じぐらいだったのでいっぺんに出す。かなりもボリュームがあるので満足してくれると思うのだが。
牛肉もそろそろ出来上がるのでその準備もしておこう。
「アンタ。このあとにナルシスも来るんだろ? あいつの分の料理も用意しておくか?」
「あぁ。来るはずだよ。アイツとここで待ち合わせしたんだ」
ということはここで食事をするんだな。だとしたら今のうちに大量準備しておこう。アイツが来てから準備をするとなるとかなり大変なことになる。
と、準備をしようという段階で妙な連中がやってきた。




