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3-13 邪神と白亜

 喉から絶叫が漏れる。

見えている現実を否定したくて体が、心が悲鳴を上げている。


「ああああああああああああああああああああ」


違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う

嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ


俺はフラフラした足取りで仰向けに倒れる白亜の傍までたどり着くと、そっとその身を抱き上げた。


そして見た――――


左鎖骨から右わき腹まで袈裟切りにされ、血を噴き出している白亜の身体を。


視界が、世界が全て朱色に塗りつぶされていく。

心が、感情がこれは嘘だとがなりたてている。


だが‥‥‥俺の中の何かが、これを現実だと受け入れている‥‥‥


数多の戦場。

その中で多くの死を見てきたそれが告げる。


もう助からない――――


白亜は苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。

その身がどんどんと冷たくなっていく。

命の雫が零れ落ち続けている。


死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死

死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死


頭の中が、その一文字に埋め尽くされる。

理性が溶かされ、感情が発狂している。

思考がぐちゃぐちゃで、訳が分からない。


ズザ、ズザ、ズザ


そんな俺の耳に、足音が届く。

反射的に振り向くと、そこには憎悪のあまり無表情となった彩乃さん、いや、邪神ティアマトの姿。


「まさか端末とはいえ、あいつが私の世界に紛れ込んでいるなんて‥‥‥」


抑揚のない声が、鼓膜を震わせる。

その声に、俺の奥底から激情が沸き上がって来る。


「なん‥‥‥で‥‥‥」


俺の口から乾いた疑問がこぼれる。

意図せず放たれた言葉。

だが、それは何を問うていたのだろうか?


邪神の正体が彩乃さんだったこと?

急に攻撃してきた理由?

あるいはこの状況すべてに対しての疑問?


いや、そんなことはどうでもいい。


「お前は、白亜を傷つけたぁ!!!!」


俺は、激情が渦巻く胸中そのままに拳に力を入れる。

震える手から、血の雫がぽたぽたと流れ落ちる。


許せない、許せない、許せない、許せない、許せない


怒りのあまり、視界が真っ赤に染まっていく。

全身から青白い神気と、そして、赤黒い何かが迸る。


それは邪気――――


本来この世界の人間が持たざる力。

その邪気が俺の中からドンドンと激流のごとく沸き上がって来る。

それは俺の怒りに比例してさらに勢いを増し、空中で神気の青白い光と絡み合い渦を巻いていく。


「!!」


その様子に、驚愕の表情を浮かべる邪神。けれどそれも一瞬。

すぐにその顔を無表情に戻すと、


「それが、混神の器の恩恵と言うわけね‥‥‥」


そう言って納得をする。


だが、そんなものは今の俺には関係が無い。


俺の思考を満たすのは、怒り、憤怒、狂気!


殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!!


神気と邪気が俺の周囲で溶け、混ざり合い、膨大な力を周囲にまき散らす。

それはさながら小型の嵐のよう!!


今すぐ邪神を殺す!!そして、すぐに白亜を病院に運ぶ!!

今この一瞬にも白亜の命の雫は零れ落ち続けているのだ!

なら腕を失おうが、脚を失おうが、首だけになろうとも邪神を殺し、白亜を助ける!!


だから、


「ごめん、少し休んでてくれ‥‥‥」


最後に残った理性で、俺はそっと白亜を地面に横たえようとした。



その瞬間――――



俺の手が、柔らかな何によって押し留められた――――


「あ―――」


感じた温かさに視線を落とす。

全身に纏っていた怒りが、狂気が一瞬で霧散して、思わず吐息が漏れる。

それに応じて神気と邪気の嵐もゆっくりとその勢いを失っていく。


俺の視線の先、そこには血に濡れた白亜の手があった。

自身を抱き留めている俺の手に白亜の手がそっと重ねられていたのだ。


少し冷たくなった、けれどそれでも温かいそれは、まるで『大丈夫ですから』

そう伝えてくるようで‥‥‥


思わず白亜の顔を凝視する。その顔は血の気を失い真っ白だ。

だが――――


その瞼がゆっくりと開き、


震えるアクアブルーの瞳が俺を見やる――――


その澄んだ瞳から目が離せない。

だって、それはまるで命が最期の輝きを放っている様だったから。


ズザッ‥‥‥


俺の視界の端で、ティアマトも足を止める。身に纏う濃厚な殺気が一瞬揺らぐのを感じる。

彼女もこの視線に何か感じたのだろうか。


そして、白亜は小さく唇を開く。


「ダメですよ、ご主人様、っつぅ。

勇気と無謀を、はき違えては‥‥‥」


それは細く、けれどとても優しい声音。

けれどそれは、俺の心の一番深い所までするりと沁み込んでくる。


「それに、ご主人様には、くっ、そんなに怖い顔は、似合いません‥‥‥

はぁはぁ、ご主人様は、いつもみたいに、笑っていてくださらないと‥‥‥」


そう言って、白亜は震える唇で小さく笑みを作る。

それは見ていて痛々しくなるほど必死に作った笑顔。

けれど、誰よりの優しい笑顔。


その笑顔が俺の怒りを溶かしていく。

同時に沸き上がって来るのは、どうしようもの無いほどの悲哀、そして絶望。


だって、分かってしまったから。

もうどうあっても白亜は助からないのだと‥‥‥


「そんな、そんなこと、出来るわけが無いだろう‥‥‥」


笑顔なんて、作れるわけがない。

だって、白亜が、白亜が‥‥‥


「ほんと、ご主人様は私のことが、大好きすぎるんですから。はぁはぁ。

っつ、しょうがない、人ですねぇ‥‥‥」


白亜は血の気が失せた顔に苦笑を浮かべると、聞きわけがない子供を見るような視線を俺に向けると、励ますようにその手にわずかに、本当にわずかに力を込めた。


そのまま数秒。


白亜は次に邪神を見やる。

その瞳には憎しみや怒りといった表情は見えない、澄んだ瞳のままだ。


「はは、しかし、ここであなたに出会うとは、失敗、してしまいました。

はぁ、はぁ。貴方とは、出会わないよう、細心の注意を心掛けていたのですが。

う、っく、少し、舞い上がりすぎていた、ようです、っごほ」


「白亜!!」


俺の腕の中で、白亜が苦しそうに血の塊を吐く。


それに対し、能面の様に冷たい眼をした邪神は数歩先から白亜と俺を見下ろしている。

そこに優しさなど一切見えない。

いまだ彼女の周りには膨大な邪気が渦巻き、マルドゥークからは悲鳴のような甲高い叫びが響いている。


「‥‥‥死ぬ覚悟は、出来てるのでしょうね?」


決して大きくはないその声。邪神の声には深い絶望と憤怒が籠っている。


「ごほっ、見逃してくれって言っても、そんな感じじゃ、ありませんよね。

っつぅ。あーあ、せっかくご主人様と、いい雰囲気だったのに、げほっげほっ。

死にたく、ないなぁ」


そんな物理的圧力さえ感じさせるプレッシャーを前にしても、白亜は苦笑いを浮かべている。

それは独白のようでもあり、邪神へ話しかけているようでもある。


邪神はその白亜の表情に一瞬表情を歪める。

けれど迷いを振り払う様に再び頭上にマルドゥークを振り上げると、その刃に膨大な邪気を纏わせる。


収束する赤黒い呪い。

そのあまりの濃さに空気をビリビリと震え、空間が歪んでいる。


それは振り下ろされる前から死を予感させる狂気。


だが、白亜はそれを見ても表情一つ変えない。

それはまるで自らの運命を受け入れているかの様で。


その諦めにも似た表情と理不尽な暴力を前に、俺の中に再び激情が渦を巻き始める。


ダメだ、そんな顔するんじゃねーよ!

お前は俺の傍に居るんだろ?

いつも一緒に居てくれるんだろ?

なのに、なのにこんな理不尽でどっか行くなんて、そんなのは絶対に認められない!


だから俺は、白亜を護るために、その身をギュッと抱きしめる。


「ダメだ、やらせない」


そして視線も鋭く、邪神を睨みつける。

大切な者を護る!

その想いを込めて!!


邪神の顔がさらに歪む。それはいっそ苦しげですらある。

憎悪と悲哀、憤怒と憐憫。それらが複雑に混ざり合ったような表情で俺達を見やる。


「退きなさい刀祢君。いくら刀祢君でもそいつを庇うのであれば殺すわ」


それでも声音だけは静かに、邪神は告げる。

その声には揺るぎない覚悟がある。


「絶対に退けない。白亜は俺のメイドだ!」


だが、それは俺も同じだ!!


「なら――――」


マルドゥークを握る手に力が入るのが分かる。

俺も傍らにあった朧桜-白麗-に手を伸ばす。


交差する視線。


俺とティアマトの譲れない想いが視線の中で衝突する。


一触即発――――


既にお互いの獲物の間合い。

俺は白亜を抱きしめる腕に力を込め、


そして――――


『まったく、私の端末を勝手に潰してもらっては困るんですけどねぇ』


突如としてそんな声が、赤黒く染まった空間に響くのであった――――

システムさん:ついに正体を現しましたね、この邪神!!


彩乃さん:あらあら、バレちゃった。


システムさん:バレちゃったって、可愛く言ったって通じませんからね!はっ、まさか童貞を殺すセーターも主人公を油断させるための布石!?


彩乃さん:うふふ、そんなことはないわ。これはね、色々便利だからこの服を着ているのよ。例えば本気の邪神モードになると背中に邪気の翼が出来るから服が破れないで済むとか、そうでなくてもローブで正体を隠したい時にもすぐ着替えられるしね。


システムさん:ローブに着替える?


彩乃さん:そうよ、ローブに着替える時よ。


システムさん:あれ?そうすると、貴方はローブを着ている時に何も着てないと?


彩乃さん:当然じゃない。戦闘でせっかくの洋服が汚れてしまったらお洗濯が大変でしょ?


システムさん:‥‥‥


彩乃さん:あらあら、うふふ


主人公:ご注文のローブ、お持ちしましたぁあああああ!!!

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