― 手を繋いで ―
テニス部の部室の前で話していると、勇真が翔太の肩を軽く叩いた。
翔太とのやりとりは、いつものことだ。
翔太が黙ってしまっても、勇真は気にせず隣にいる。
逆に勇真が感情を爆発させても、翔太は受け止める。
中学から続くテニス部での時間が、二人の距離を曖昧に溶かしてきた。
「似ていない」のに、「噛み合う」親友。
梅雨が明ける直前の、じめついた夜。
部活の、テスト期間前の補習練習が終わったあと、校舎裏は涼しい風がようやく吹きはじめていた。
勇真が自販機の前でスポーツドリンクを買っていると、少し離れたベンチにうつむいたまま座る翔太の姿が目に入った。
「おーい、帰んねえのか?」
声をかけても、翔太は反応しない。
おかしい。
いつもなら、無意識にでも顔を上げるやつなのに。
そういえば午前中から、翔太の様子はおかしかった。
勇真は缶を二つ抱えて近づき、翔太の隣にドスンと腰を下ろした。
「ほら。飲めよ」
差し出すと、数秒の沈黙の後、「……ありがと」とだけ言って受け取る。
その声が弱かった。
勇真は眉をひそめた。
「なんかあったろ」
「……まあな」
「まあな、じゃねぇよ。言えよ。この世の終わりが来たみたいな顔してんぞ」
いつもの軽口のつもりだったが、翔太は笑わない。
むしろ、余計に顔を伏せた。
「……模試の結果が、すげぇ悪くてさ」
「はぁ?トップクラスの成績だったお前が悪いって、どんな世界線だよ」
「ほんとに悪かったんだよ。志望校の判定、CどころかDだぞ」
そして、自嘲気味に笑った。
「帰ったら、親に努力不足だって言われた『中学の頃みたいに結果を出しなさい』って。『もっとできるはずだろ』って」
いつも翔太は汗を拭いたタオルを丁寧に四つ折りにし、角のずれを指先で整えてからバッグに収める癖を思い出した。その所作には迷いがなく、まるで「正しさ」が身体の芯に染みついている所作だ。
乱れた靴紐を結び直し、結び目が左右対称になるまで細かく調整する。結ぶ音まで意識しているような、静かな動作をいつも勇真は感じていた。
勇真にとって翔太は隙のない、全ての事を完璧にこなす迷いのない人物だと思っていた。
(いつも頑張っている翔太が、親からそんな風に言われていたなんて……)
——【翔太の回想】
翔太の頭に、幼い頃から耳にしてきた父の声がふっと浮かぶ。
「物は丁寧に扱え」「姿勢を正せ」「誰に見られても恥ずかしくないように」──
叱られた記憶より、繰り返し刷り込まれたあの言葉のほうが、いまだに身体の奥で響いている。
母のきれいな言葉遣いも、整えられた家の空気も、翔太には普通だった。
愛されていることは分かっている。けれどその愛には、いつも決まった形と基準があって、間違えるたびにそっと直される。
褒められるより前に正されるほうが多かったせいで、いつの間にか正しい自分でいることが当たり前になっていた。
だからこそ、学校にいるときは少しだけ息がしやすい。
家でいつも張りつめていた背筋が、ここでは自然に緩む。
誰も、翔太が正しくいるかどうかなんて気にしない。
見られている意識もなく、飾る必要もない。
ここにいると、ほんの少しだけ、自分のままでいられる──そんな気がした。
——
勇真は息を呑む。
翔太がテストの話で落ち込むことはあっても、家のことをここまで話すのは異例だった。
「なあ勇真……俺、何やっても完璧じゃないんだよ」
その言葉には、優等生の皮が完全に剥がれた声が混じっていた。
「テニスも、勉強も、全部普通なんだ。なのに、期待されるのは普通以上ばっかりでさ。頑張っても、届かない。なのに、頑張らないわけにいかない」
握った拳が震えていた。
「もう……疲れた」
その一言は、小さくて、今まで誰にも見せたことがないほど弱かった。
勇真は、缶のプルタブをいじりながら小さく息をついた。
「翔太」
「……何?」
翔太は驚いて顔を上げた。
勇真は、いつもより真剣な目で——
「お前さ。周りの期待とか親の言葉とか、そういうの背負いすぎなんだよ」
「……そんなの、今さら」
「今さらじゃねぇよ。今日、初めてちゃんと弱音吐いただろ。俺に」
翔太は言葉に詰まった。
勇真は、少し笑ったような、でも優しい目で言った。
「俺さ、翔太の完璧じゃないとこ別に嫌いじゃないんだわ。むしろ、そういう時の方が人間らしくて安心する」
「安心……?」
「だってさ。落ち込む翔太見て、ああ、こいつも俺と同じなんだなって思えるから」
翔太は勇真のストレートな言葉に驚いたような顔をした。
勇真は缶を持ったまま、空を見上げる。
「期待なんてどうでもいい。お前が死ぬほど頑張ってるのなんて、俺が一番知ってる」
「勇真……」
「だからさ。辛い時くらい、俺にだけは言ってくれりゃそれでいい」
沈黙が落ちる。
だが、その沈黙は苦しいものではなかった。
翔太は、握りしめていた缶をゆっくり緩めた。
「勇真……お前って、ほんとすごいよな」
「どこがだよ」
「俺が言えないことを、簡単に言う」
「当たり前だろ。翔太が言わねぇから、俺が言うしかねぇじゃん」
その言葉に、翔太は耐えきれずに笑った。
「……ありがとな、勇真」
「おう。友達だろ」
翔太は少し驚いたような、嬉しそうな感情が入り混じった表情をした。友達という言葉がそうさせたんだろう。
「あーあ、今日帰りたくねぇな……」
そう言った翔太に、勇真はあっけらかんと答えた。
「じゃ、コンビニ寄って、アイス食って帰ろうぜ」
ふたりは遠回りしながら、暖かくなった心のまま、それぞれの家へと帰って行った。
——
秋風が心地よく吹く日曜日。テニス部の活動が休みになったその日、凜は翔太、勇真、由真と一緒に電車に揺られ、郊外の遊園地へ向かっていた。
誘ってきたのは翔太だったけれど、プランを立てたのも、メンバーを選んだのも実質は勇真。そんなところが昔から変わらない、と凜は心の奥で小さく笑った。
「ねえ、ジェットコースター乗ろうよ!」
由真の明るい声が弾む。
「いいね。凜ちゃんも行こうぜ」
「えっ、うん」
翔太に声をかけられて頷いたものの、胸の奥が少し緊張でざわつくのを感じていた。翔太はよく話しかけてくれるけれど、どこか「距離を詰められている」感覚が強すぎて、気持ちが追いつかないときがあった。
列に並ぶと、少し前の方で子どもがぬいぐるみを落とした。それを勇真が拾って渡しているのが見えた。いつも通りの自然な優しさ。
(そういうところ、本当に変わらないよね)
凜はふと視線をそらした。胸の奥に小さな痛みが広がる。
「凜ちゃん、ジェットコースター怖い?」
「……ちょっとだけ」
「俺が隣にいるから、大丈夫だよ」
翔太は明るく笑いかけてくれる。悪気なんてひとつもないことは分かっている。
ジェットコースターが急降下した瞬間、凜は思わず翔太の腕を掴んでしまった。翔太は嬉しそうに笑ったが、凜はその笑顔を見ながら心の奥が少しだけ空回りする。
(ごめんね。ほんとは、違う人の腕を掴みたかったんだけど……)
——
「ねえ、勇真って凜のことどう思ってるの?」
ジェットコースターが終わり、少し離れた場所から由真の声が聞こえた。勇真が何かを答えているが、はっきりとは聞こえなかった。
凜は無意識に二人の方へ視線を向けてしまった。
由真は楽しそうに勇真の袖をつまんで話している。その距離感の近さに、胸がきゅっと縮んだ。
(……いいなあ。由真は、自然にあんなふうに触れられて)
そのとき、視界に映ったのは、由真が勇真の手を取って歩き出す姿だった。
(手……繋いでる)
その瞬間、胸の奥に重いしこりが落ちたような痛みが走った。
見てはいけない、と分かっているのに目が離せない。
風が吹いて髪が揺れる。
(どうしてそんなに自然に……勇真は、嫌じゃないの?)
自分でも驚くほど悲しい気持ちが込み上げてきた。
園内のカフェテリアで凜と翔太は休憩をとった。
「はい、アイスティー。凜ちゃん、これで良かった?」
「ありがとう」
戻ってきた翔太に微笑んだが、自分でも分かる。さっきまでより、笑顔の温度が少し低い。
翔太は気づかずに嬉しそうに話している。それがむしろ申し訳なくて、凜は余計に胸が痛くなった。
園内のレストランで四人揃って昼食。
「みんなで写真撮ろうよ!」
由真がスマホを掲げる。
凜は勇真の隣に立った。勇真との思い出にしたい気持ちがあった。
「凜、翔太の隣じゃなくていいの?」
由真にそう茶化され、凜は少し頬を赤らめて答えた。
「たまたまだよ」
でも――写真に写った自分は、勇真の隣で一番自然に笑っている自分だった。
午後、観覧車に乗るペアを決める場面。
「じゃあ、私と勇真で!」
由真がすぐに手を挙げた。
凜の胸がまたひとつ沈む。
翔太が「俺と乗ろうか」と声をかけてくれたので頷いたものの、観覧車の中で見える夕焼けは、どうしても心を晴らしてはくれなかった。
(楽しんでる……のかな、私)
窓から見下ろすと、隣のゴンドラで由真が楽しそうに笑っているのが見えた。その向かいに座る勇真は、どこか遠くを見ているように感じた。
(……なんでそんな顔してるの)
帰り道。
電車を待つホームで、勇真が凜に声をかけた。
「今日、楽しかった?」
「……うん。楽しかったよ、ありがとう」
勇真はふっと安心したように笑ったように見えた。
電車が到着する直前、凜はその横顔をそっと見つめ、胸に押し込んでいた言葉を飲み込むように呟いた。
(ほんとは……ふたりで来たかったな)
言葉に出すことは、まだできない。
秋の風が、ほんの少しだけ冷たく感じられた。
——翌朝
テニス部の朝練。まだ陽も昇りきらない時間、コートにはいつものようにボールの音が響いていた。
「翔太、次サーブな」
「了解。勇真、リターン頼むぞ」
遊園地の余韻は、もうどこにもなかった。二人は汗を流し、黙々とラリーを続けていた。
「昨日、楽しかったな」
翔太がふと口にすると、勇真はタオルで汗を拭きながら答えた。
「まあ、たまにはいいよな。でも、やっぱこっちの方が落ち着くわ」
翔太は笑った。
「だよな。俺たち、結局テニス漬けだ」
勇真は、ラケットを握り直しながら、ふと空を見上げた。
(凜、昨日、どんな気持ちだったんだろう。俺がどうなってようが関係ないか)
——
月曜日の朝。教室にはいつものざわめきが戻っていた。窓から差し込む光が、机の上の文庫本を照らしている。
凜は席に座り、静かに小説を開いていた。けれど、文字を追う目はどこか上の空だった。
「おはよう、凜!」
由真が元気に教室に入ってくると、凜の隣に腰を下ろした。
「昨日、楽しかったね!遊園地!翔太がめずらしく誘ってくるなんてね」
「うん」
凜は微笑んだが、その笑顔は精いっぱい作った笑顔。
「ジェットコースター、めっちゃ叫んじゃった。勇真、意外と冷静だったけど、最後顔が引きつってたよね」
「そうだったね」
凜は視線を小説に落としたまま、声を絞り出すようにそう答えた。
その様子に由真は気づいていない様に見えた。
「ねえ、私、ちょっと勇真と手、繋いじゃった。なんか、雰囲気で、変だったかな?」
「ううん、そんなことないよ」
凜はそう言ったが、胸の奥がきゅっと痛んだ。
(昨日のあの瞬間、私は二人から目をそらすしかなかった)
由真は無邪気に笑う。
「凜と翔太も、いい感じだったよね。なんか、見てて安心した」
「そうかな」
凜は、言葉を選ぶのに時間がかかった。
(安心なんてしてないよ)
由真はふと、凜の横顔を覗き込んできた。
「ねえ、凜。誰か好きな人、いるの?私が思うのは凜には絶対に翔太がお似合い」
凜は一瞬、言葉を失った。喉の奥に詰まった気持ちが、言葉にならない。
「ううん、別に、いないけど」
凜はそう答えた。由真の笑顔がまぶしくて、目を合わせることができなかった。
(言えないよ、由真には。だって、昨日あんなふうに楽しそうに手を繋いでた相手の事が、好きだなんて)
——
放課後の教室。窓から差し込む夕陽が、机の上に淡い影を落としていた。
翔太は部活の準備をしながら、ふと視線を向けた。教室の隅で、凜と勇真が並んで話している。二人とも笑顔で、声は小さいけれど、どこか自然な空気が流れていた。
(あの二人って仲いいんだな)
その光景を見た瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。理由はわからない。ただ、目を逸らそうとしても、視線が二人に吸い寄せられる。
凜が笑った。柔らかな笑顔。翔太は、その笑顔を自分に向けられたことがあったかどうか、考えてしまう。
(なんで、こんなに気になるんだろう)
勇真が何かを言って、凜が小さく頷く。その仕草さえ、翔太には特別に見えた。今まで気にしたこともなかったのに、胸の奥で何かがざわめいている。
「翔太、行くぞ」 勇真がこちらに声をかける。翔太は慌てて顔を上げた。「あ、ああ、すぐ行く」
ラケットバッグを肩に掛けながら、翔太はもう一度だけ凜を見た。彼女は勇真に向けていた笑顔を、翔太には向けなかった。
(なんだろう、この気持ち)
その小さな違和感が、翔太の心に徐々に根を下ろしていった。
——
放課後、冷たい風が吹く校舎裏
翔太は練習を終え、コート整備をしていた。ふと、部室の前で凜の姿を見つける。
「おーい、凜ちゃーん!まだ帰らないのか?」
「うん。お父さん、話し合いが長引いてて」
凜はマフラーをぎゅっと握りしめて、寒そうにしていた。
「寒いだろ?ここで待ってるの、大変じゃない?」
「平気だよ。慣れてるから」
(俺って、なんでこんなに気持ちになるんだろう。凜が寒そうにしてるだけで)
「ちょっと待ってて」
翔太は駆け足で自販機へ向かい、ホットココアを買って戻ってきた。
「はい、これ。温まるから」
「えっ!いいの?ありがとう」
少し離れた場所から由真がこちらを見ていた事に翔太は気づかなかった。
——
翌日の教室の後ろで翔太と由真の二人の会話。少し離れた席では、凜が友達とお喋りをしている。
「ねえ、翔太」
「ん?どうした、由真」
「ちょっと話、いい?」
由真は笑顔を浮かべながらも、その目はどこか探るような雰囲気を感じた。翔太は少し戸惑いながら立ち止まる。
「最近さ、翔太って凜のこと、よく気にしてるよね」
「え?そんなことないけど」
「ほんとに?だって、この前も寒そうな凜にホットドリンクを買ってあげてたじゃん」
「えっ?どうって、凜が普通に寒そうに監督を待ってたし、友達だし」
「じゃあ、なんでそんなに優しいの?」
「そりゃ、寒そうだったから」
「それだけ?ほんとに?友達ねぇ」
「ねえ、翔太ってさ、誰か好きな人いるの?」
突然の質問に、翔太は思わず足を止めた。
「は?急に何だよ。俺は硬派だから、テニスひとすじの青春だよ」
「だって、翔太ってモテるじゃん。部活でも人気だし」
「そんなことないって」
苦笑しながら答えると、由真はいたずらっぽく笑った。
「話は戻るけど、凜とかどうなの?」
「えっ?」
思わず聞き返す。由真はスマホを机に置いて、楽しそうに続けた。
「なんか、凜って翔太と話すとき、ちょっと顔が大人ぶるんだよね。見てて分かるもん」
翔太は言葉を失った。そんなこと考えたこともなかった。
「そうかなぁ」
「まあ、翔太がどう思ってるかは知らないけど、凜っていい子だよ。ちょっと不器用だけど、優しいし。誰かがそばにいてくれると安心するタイプだと思う。翔太なら、そういうの分かってるんじゃない?」」
今まで「勇真の幼馴染」「由真の友達」だった凜が、急に違う存在に思えてきた。
由真は腕を組み、間を置いてから、にやりと笑った。
「じゃあ、もし凜が誰かと付き合ったら、翔太はどうなの?」
「んっ?」
言葉に詰まる。頭の中に、凜が勇真と笑い合っている光景が浮かんだ。
「ほら、答えられないじゃん」
由真は一歩近づき、声を低くする。
「翔太、恋してるんじゃない?」
「ち、違うって」
「ほんとに?その顔、めっちゃ分かりやすいよ」
由真の視線が、翔太の心を射抜くように鋭かった。
翔太は言葉に詰まり、視線を逸らした。
「それで凜のほうなんだけどね、なんか翔太と話すと大人しくなるんだよ。見ててわかるもん。翔太の事意識している証拠だよ、昨日の放課後もそうだったし」
「昨日?」
「うん、勇真と話してる時は普通だったけど、翔太が声かけた時、ちょっと笑ったじゃん。あれ、すごく可愛い顔を作ってたよ。絶対」
由真の言葉は、妙に胸に引っかかった。。昨日の凜の笑顔が、急に鮮明に蘇る。夕焼けに染まった頬、静かな笑み。
(俺といる時、そんなふうに見えてたのか)
その時、由真がふいに凜の居るほうを指さした。
「ほら、今だって凜、翔太の方に視線を送ってたよ」
「えっ」
翔太は思わず視線を向けた。凜は友達とおしゃべりをしながら、確かに一瞬こちらを見ていた。目が合ったわけじゃない。でも、その仕草だけで胸がざわめく。
(本当に、俺のこと見てた?)
由真はにっこり笑って、軽く肩を叩いた。
「ね? やっぱり気になるんじゃない?」
「別に」
そう言いながらも、翔太の声は口ごもっていた。
(俺……恋してる?凜に?)
その問いが、初めて翔太の胸に強く届いた瞬間だった。
——
昼休みの教室。窓際の席で、勇真は大好きなカレーパンをかじりながら、何気なく視線を巡らせた。凜は由真と並んで笑っている。その隣に、翔太の姿があった。勇真は最近になって、翔太が凜への接近が増えているのを感じていた。
「ねえ、今度の土曜日、駅前のカフェ行かない?」
由真がスマホを凜に見せながら声を弾ませる。
「新しいスイーツ出てるんだって。めっちゃ映えるやつ!」
「へえ、いいじゃん」翔太がすぐに食いついた。「凜ちゃんも行こうぜ」
「えっ、私も?」
「もちろん。勇真も来るよな?」
翔太は自然な笑顔で凜に視線を向ける。その距離が、以前より近い気がした。
(また、凜の名前を真っ先に出す)
勇真は胸の奥に微かな違和感を覚えた。いつからか翔太の態度は確かに変わった。声をかけるタイミング、視線の向け方。どれも以前より柔らかく、そして意図的に感じた。
由真が楽しそうに笑う。「じゃあ決まり!今度の土曜日、カフェでスイーツ会!」
凜も「うん」と頷いた。翔太はその様子を見て、満足そうに微笑んでいる。
(気のせいじゃないのかな。翔太、凜に……)
勇真は食べるのを楽しみにしていたけど味が分からなくなったカレーパンを置き、無意識に拳を握った。理由は分からない。ただ、心の奥で何かがざわめいている。
胸の奥が、じわじわと熱を帯びていく。凜が笑うたび、翔太の視線がそこに絡むたび、勇真の心は落ち着かなくなる。
(別に、俺と凜はただの幼馴染だろ。昔から一緒にいて、気楽でそれだけのはずなのに)
視線を逸らそうとしたが、耳は二人の声を拾ってしまう。凜の笑い声が、翔太の低い声に重なる。その響きが、勇真の胸を締めつけた。




