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星願未遂 ふたりの長いものがたり リマスター版  作者: つくね


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46/52

― 嬉しい活躍 ―


 昼下がり。授業が終わり、勇真は一人駅前にある小さなカフェに腰を下ろしていた。お気に入りの窓際の席。外では風が少し冷たくなってきて、街路樹の葉がゆらめいている。


 望月勇真は、コーヒー片手に席に着くと、買ったばかりのテニス雑誌をテーブルに置いた。ページをめくる指がふと止まる。


「あっ!!」


 そこに載っていたのは、見慣れた顔だった。

 桐島翔太。高校時代のライバル。努力家で、頭も良くて、テニスでは誰よりも強かった男、そして凜の元カレ――


 《全日本学生テニス選手権大会・男子シングルス ベスト4 桐島翔太》

 勇真は、翔太の写真から目を離せずにいた。

 汗だくでラケットを掲げる姿は、高校の頃と同じで、でもどこか違っていた。

 もっと強く、もっと遠くへ進もうとする目だった。


「……やっぱ、あいつはすげぇよ」

 ページを撫でるように指でなぞりながら、胸がじんと熱くなる。

 悔しさでも嫉妬でもない。

 ただ、昔から負けず嫌いで、誰よりも努力していた親友が、ちゃんと報われていることが嬉しかった。

(翔太……お前、本当に前に進んだんだな)


 高校最後の大会、チームが負けて泣きじゃくっていた翔太。

 深夜の公園で黙って素振りしていた翔太。

 あの頃の姿が脳裏に浮かび、勇真はふっと笑った。

「……すげぇよ、お前は。やっぱりさ」


 自分なんかよりずっと先へ、もっと遠くへ行ってしまう。

 そんな寂しさすら、今は誇りに変わっていた。

 親友として、ライバルとして。

 翔太が輝く姿を感じたのは、心から嬉しかった。


 ページを閉じたとき、テーブルの向こう側から声がかかった。

「なに見てるの?」

 凜だった。図書館の帰りに待ち合わせ。肩から本の入ったトートバッグをかけていた。


「ああ、ちょうど良かった。凜、これ見てみ」

 そう言って雑誌を開いて彼女の前に差し出すと、凜は少し驚いた顔をして、その記事に目を落とした。


「翔太くん」

 声に感情はなかった。でも、まぶたの奥に何か揺れるものがあった。

「ベスト4かすごいね。大学でもずっと頑張ってたんだね」


 勇真は頷いた。

「高校の頃から、ずっと前を走ってた。でも、嬉しいよ、やっぱ。なんか、自分のことみたいにさ」


 凜は静かに微笑んだ。

 その笑みには、懐かしさだけなのか、複雑な感情が混じって見えた。

「翔太くん、なにをやっても光ってる」


「うん。あいつはきっと、前に進み続ける。もう、俺たちの見えないところに行っちまう気がする。さらに上を目指すんだろうな」


「ちゃんと自分の目指す道を描いて、前進する人」

 凜の声は優しく、でもどこか揺れていた。

「そうだな」

「そっか。翔太くん、頑張ってるんだね。私も負けてられないな」


「凜、無理はすんなよ。ちゃんと前を向けてるなら、それで十分だよ」


 少しの沈黙が流れた。

 雑誌のページには、翔太の勝利の笑顔と大きく掲げた サムズアップ が載っていた。

勇真には、凜もどこか嬉しそうに見えた。自分の胸の奥も、じんわりとあたたかくなるとても幸せ時間だった。


「なあ、凜」

「ん?」

「このあと、ちょっと付き合ってくれない?」

 勇真はいつか凜と行こうと思っていた場所を頭に浮かべていた。友達の頑張りを祝福したい気持ちだった。


 凜は顔を向ける。

「え、どこか行くの?」


「夜景、見に行かない?」

 その言葉に、凜は一瞬ぽかんと目を見開き──

 すぐに口元を緩めた。

「夜景?え、なにそれ、ムードあるねぇ?ひょっとして私に何かしようとしてない?」


「うるさいわ」

 勇真はそっぽを向いて、少し耳が赤くなっていた。


 その様子がおかしくて、凜はくすっと笑う。

「いや、ごめん、なんか勇真が夜景とかムードとか言い出すからさ。どうしたの急に?キャラ変?」


「別にいいだろ。たまには、そういうのも、してみたくなるっていうか……」

 ぼそぼそとした口調。


「いつもなら、飯かゲーセン寄る?みたいな感じで終わるのに、今日は妙に気合が入っていない?

もしかして、がんばって考えてくれたの?」


「そうだけど?」

「翔太が頑張ってるの分かったから、気分が良かったんだよ。でも選択ミスだった?ムードとかよくわからないんだよ」


 正直すぎる返答に、凜は思わず笑ってしまった。

 だけど、それと同時に胸の奥があたたかくなる。


「そっじゃあ、せっかくだから、そのらしくない勇真に、ちゃんと付き合ってあげるよ」


「からかってんのか、褒めてんのか、どっちだよ」

「どっちも」


 そう言って凜が笑うと、勇真は肩をすくめた。

 ふたりのあいだに流れる空気は柔らかく、自然と歩幅が揃う。


 帰り道、駅の灯りが見えてきても、まだふたりは「帰ろう」とは言わなかった。



——

 凜と別れた夜、翔太は公園のベンチに座り、ぼんやりと空を見ていた。


「ごめんね、翔太くん。わたしずっと、勇真を見てた」

 その言葉は、翔太の胸に静かに沈んだ。怒りも、悔しさもなかった。ただ、彼女の瞳が嘘をついていないことだけが、痛かった。

(俺は、負けたんだな分かってたけど……絆ってやつに)


 恋の勝負は、とうに決着がついていた。 凜の瞳が、誰を見ていたのか。  その答えは、ずっと前から知っていた。

「でも、俺は凜が好きだった」


 誰もいない公園で、翔太はそう呟いた。 悔しさも、悲しさも、全部胸にしまって。 それでも、凜が自分に向けてくれた優しさは、本物だったと信じていた。



——

 翌朝、翔太はすでにラケットを握り汗をかいていた。

「もう、誰かのためじゃない。俺のために、勝ちたい」


 朝のランニング。夜の壁打ち。誰もいないコートで、ひとりサーブを打ち続けた。 「勝ちたい」——その気持ちは、もう誰かに見せるためではなかった。 ただ、自分自身に証明したかった。「俺は、俺のままで強くなれる」


 翔太はこれまで以上に勉強とテニスに力を注いでいた。心の中の何かを振り払うように――

 そして大学4年の夏。全日本学生テニス選手権大会——インカレ。

 翔太は、ベスト8まで勝ち進んでいた。


 準々決勝の相手は、昨年の優勝校のエース。 試合前、控室でラケットのグリップを巻き直しながら、翔太はふと空を見上げた。

(凜、見てるかな)


 試合開始。 序盤は互角のラリー。翔太のバックハンドが冴え、相手のミスを誘う。 1セット目を6-4で先取。 2セット目、相手の猛攻に押されるも、粘りのプレーでタイブレークに持ち込む。

「ナイスラリー!」 観客席から声が飛ぶ。 その中に、どこか懐かしい声が混じっていた気がした。


 最後のポイント。 翔太は、相手の鋭いクロスに食らいつき、フルスイングで逆クロスを打ち返す。 ラインぎりぎりに落ちたボール。 審判の声が響く。

「ゲーム、セット、マッチ!桐島翔太!」

 勝った。 ラケットを高く掲げた瞬間、翔太は観客席を探したが、 そこに凜の姿はなかった。


 「よし、さらに次だ!!」翔太は、風の中でラケットを肩に担ぎ、コートをあとにした。

(凜、ありがとう。君がいたから、俺はここまで来られた)

 その背中は、もう誰かの影を追ってはいなかった。


 その時翔太の胸に、静かな風が吹いた気がした。それは、過去を手放す合図のように感じた。


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