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星願未遂 ふたりの長いものがたり リマスター版  作者: つくね


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43/52

― 抱えていた記憶 ―


 潮の香りを含んだ風が、静かに吹き抜けていく。

 ふたりで歩く埠頭は、以前と変わらず、海の向こうに街の明かりが滲んでいた。

 凜がここへ来ようとデートに誘っていた。


 勇真がふと足を止める。

「懐かしいな。ここ、家族で水族館に来た時と、景色は変わらないね」

 その声には、あの頃の思い出と、今を大切に思う気持ちがにじんでいた。


 凜は小さく頷き、少しだけ勇真から離れて、手すりにもたれかかった。

 視線の先、夜の海は静かに波を繰り返している。

 ふたりの間に、少しだけ沈黙が落ちる。

 けれど、それは気まずさではなく、何かを待つような、静かな間だった。


 凜は深く息を吸い、夜の海に視線を投げた。

「勇真、今日ここに来たのは、ちゃんと伝えたいことがあったからなんだ」

 その声には、決意のような、そして少しの戸惑いが混じっていた。

 勇真は驚いた様子もなく、ただ彼女の言葉を待った。


「あなたと距離を置いてた時、私一人でここに来たの」

 凜の声は少しずつ、深く沈んでいくようだった。


「そのとき、これ持って来たの」

 彼女は小さな銀のペンダントを首からはずす。

 光にかざすと、今も変わらず静かに輝いていた。


「これ、捨てようとしてたの。ここで……ほんとに、もう無理だと思ったから」

 勇真の顔に、一瞬だけ動揺が走る。けれど、それを押し殺すように視線を凜に戻す。


「……なんで?」

「私、苦しくて。勇真の事が忘れられなくて。あの人と上手くやっていける気もしなくて、勇真の事もあきらめようとしたの。中途半端な気持ちを終わりにしようと思って、勇真との想い出が残るこの場所で……」

「自分ばっかり責めてた。思い出すのがつらくて、あなたの声も、笑顔も、全部、無理やり遠ざけようとした」


 彼女の指が、ペンダントを強く握りしめる。

「だから、捨てようと思ったの。これを手放せば少しは気持ちが軽くなるって。忘れられるって、楽になれるって、新しい自分が始められるかなって、そう思ってたのに……できなかった」


 言い終えると、凜は俯いた。

 長い髪が揺れて、表情は見えない。

 けれど、肩がほんのわずかに震えていた。


 勇真はそっと一歩、彼女に近づく。

「捨てられなかったんだね」

 凜はゆっくり頷いた。


「できなかったの。どうしても手が離せなかった。弱さなのかな。忘れられなかったの、あなたのこと」

 震える声が、静かな夜に溶けていく。

 凜の目には、溢れそうな涙が光っていた。


 勇真はその手を、ゆっくりと包み込む。

 小さな手の中で、ペンダントがきらりと揺れた。

「ありがとう。そんなに想ってくれたんだな」

 彼の声は、静かで、凜を暖かく包みこんだ。


「凜がそれを手放さなかったことが、今、俺にはすごく大事なんだ。もし、その時に手放してしまっていたら、凜の未来は変わっていたんだと思う。俺の事も忘れられていたのかも知れない」

 勇真はそっと凜を引き寄せ、静かに抱きしめた。


 夜風がふたりの髪をなでて、潮の香りが優しく漂う。

 ペンダントは、凜の胸元で小さく揺れながら――

 もう手放されることのない、大切なしるしとして、ふたりの未来を照らし始めていた。


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