― 久しぶり ―
もう春だというのに、白い息がふわりと宙に溶けていく。勇真は神社の石段を踏みしめていた。
ここへ来るのは久しぶりだった。大学生活にも慣れ、もう二年になった。バイクに乗るようになり、日々は目まぐるしく変わっていった。麗華との交際には、相変わらず振り回され続けてはいるものの心地よい時間だった。
アルバイトの帰りに久しぶりにバイクで神社へ来てみた。昔から何かを悩んだとき、何かを思い出したとき、不思議と足が向いてしまう。
参道に出て、ふと境内を見ると、そこにいたのは凜だった。
凜も勇真に気づいたようだったが、以前にすれ違ったようにやはり何も言わず、小さく会釈をして帰ろうとした。
「久しぶりだな」
勇真が声をかけたのは、凜が立ち去ろうとし、もう背中が半分向いていたときだった。
半年ほど前に駅ビルの通路で凜とすれ違ったが、その時には声を掛けられなかった。でも今日は思い切って声を掛けてみた。
凜は立ち止まり、振り返った。
その表情は、どこか困ったようで、でも少しだけ、嬉しそうだった。
「うん、ほんと、久しぶり。元気だった?私は最近お父さんの容態が思わしくなくて、ここへお参りに来ることが増えていたんだ」
「なんとか。そっちは?」
「まあまあかな。大学って、案外、忙しいね」
勇真は続かない会話の糸口を探り、昔の話をたどるように――
「凜は、きゅうりが嫌いだったけど、食べられるようになったのか?」
「うん、何度か挑戦してやっぱりだめだったよ、でもピクルスなら食べられるようになったよ」
「あれね、ハンバーガーに入ってるやつだ」
ほんの短い会話。
けれど、その間ずっと、勇真の胸は揺れ動いていた。
(なにしてるんだ、俺は)
俺には麗華がいるのに、心が揺れる。でも、凜の目が、あの頃のままだったことに気づいてしまった。
「翔太とは、うまくやってる?」
ふいに出た言葉。言ったあと、しまったと思った。今のふたりの関係に、触れる資格なんてないはずだったのに。
凜は少しだけ目を伏せて、口元を歪めた。
「そんなの、言うまでもないでしょ。大きなお世話よ」
「大きなお世話は分かってるけど、凜もちゃんと笑ってろよ。素直に笑って、泣いて、はしゃいで、優しくして」
「それも、大きなお世話!」
「ところで、麗華ちゃんとはうまくいっているの?」
「よく分からないけど、どうなのかな。簡単に言うと、間違いなく引っ張りまわされている。テンションが上がってるなと思ったら泣きだしてみたり。あのバイクだって麗華の一言で乗る事になったんだ」
その後も他愛のない会話を続けた二人。
「じゃあね」凜は神社をあとにした。
「じゃあまたね、じゃないんだ……当たり前か」
境内には、ひとり残された勇真。
空には夕焼けが滲み、境内の鈴が風に揺れて、カラリと音を立てた。
あのとき、気づいてしまった凜の寂しそうな目に。
でも、今の俺にはどうすることもできない。
*****
――凜
久しぶりに勇真と言葉を交わした。
この日、凜にとっては久しぶりの勇真との会話で昔の温かくて幸せな二人の世界、鍵をかけていたはずの、昔の記憶を呼び起こされてしまった。




