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星願未遂 ふたりの長いものがたり リマスター版  作者: つくね


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23/52

― 風を切って ―


「えっ、凄い景色!こんな所まで来るって言ってたっけ?」

 峠道のトンネルを抜けた瞬間、眼下に広がった海に、思わず麗華は声を漏らした。


 目の前に広がるのは、水平線の向こうまでどこまでも続く海。陽射しを反射してきらめく水面が、まるで世界の端まで来たように美しい。

 勇真はバイクのエンジンを切ると、一気に静けさが広がった。


「えぇー、すごい!サプライズなの?」

 麗華のテンションが上がり笑顔がはじけた。ヘルメットを脱ぐと、風に髪がふわりと踊る。彼女の頬はほんのり赤く染まっていた。春の陽射しのせいか、それともテンションが上がっているからか、判断がつかなかった。


 俺は無言でバイクを降りる。横には、愛車となった赤と黒のVTR250。初めてのバイク。

 以前、麗華が「中学の頃、近所のお兄ちゃんが乗ってたバイクに憧れてたんだ」と話していた。それがきっかけで、俺は免許を取り、VTR250を買った。

 そして今日のツーリングだ。完全に麗華のペースになっている。

「ここ、すっごく景色がキレイでさ。中学の頃、バスに乗って友達と来たんだ〜また誰かと来たいなって思ってた」そう言って、俺の背中に抱きついた。


 それから麗華は両腕を思いっきり広げて大きく伸びをした。シャツの裾が風にあおられ、小さくめくれる。

 無邪気な女の子だ。

 俺は、ヘルメットをバイクのミラーに掛けながら呟く。

「まあまあな遠出だったけど、後ろに乗るのも疲れるだろ、大丈夫か? 」

「だいじょーぶ、勇真と一緒にいれば無敵でしょ」

 そんな軽口を叩いて、麗華は後ろから俺の腕に絡んできた。その仕草に少し戸惑いながらも、彼女の手を受け入れた。

 そもそもこの遠出も「昨日、わたしのカバンにてんとう虫がとまったんだよ。きっといいことあるから明日デートしよ!」の一言で決まったものだ。

 気づけば、最近はこういうのが当たり前になっていた。

 俺にとって麗華の行動や、発する言葉はどれも驚かされることばかりだった。だけどまったく嫌いなものではなく、彼女に振り回されることさえ、心地よさを感じていた。


 午後五時、家族連れが帰路に着いた後の海岸は、やわらかい日差しに包まれていた。

 潮風が頬を撫で、遠くで波が静かに寄せては返す。浜辺には数組のカップルが、それぞれの時間を楽しんでいる。笑い声が風に溶け、砂に残る足跡が大切な想い出となって重なって行くんだろう。

 その中に、俺たちの姿もあった。

 俺たちは並んで歩きながら、時折視線を交わし、言葉よりも長い沈黙を共有していた。俺はポケットに手を入れ、潮の香りを深く吸い込んだ。麗華はジーンズの裾を押さえながら、波打ち際に目を向けた。水面がきらめき、彼女の瞳に映る光が、俺には眩しかった。

「ほら、見て」麗華がしゃがみ込み、砂の中から小さな貝殻を拾い上げる。

 俺はその手元を覗き込み、微笑んだ。「へぇー、きれいだな」


 笑い声を上げながら水を掛け合う誰かの姿。俺と麗華はそんな光景を横目に、静かに歩き続けた。

 ふたりにとって、この午後の海岸は、ただの風景ではなく、心に刻まれる一枚の絵画のようだった。

 それから二人は防波堤に腰を下ろした。

 潮の香り、遠くで聞こえるウミネコの声、肌をかすめる風。麗華はスマホを取り出して自撮りを始めたかと思えば、急に俺に向けてレンズを向けた。

「ほら、笑って笑って~。カッコつけないで自然体で!」

「うわ、待て、そういうの苦手!」

「もう、恋人っぽくしてよ~せっかくデートなんだからぁ!」

 ふざけ合う二人の笑い声が、他のカップルに負けないぐらいに海沿いの高台に響いた。


 それからしばらく黙って海を見ていた麗華が、なんだか寂しそうに口を開いた。

「さっき話した、中学生の時に一緒にこの海岸に遊びに来た友達なんだけど……」


 麗華は小さく笑った。

「親友だった子」

「毎日一緒にいたんだ」

 麗華は海を見ながら言った。

「学校行くのも、帰るのも、一緒。休みの日もほとんどその子と遊んでた」

「そんなに仲良かったのか」

「うん」

 迷いなく頷く。

「たぶん一番仲良かった」


 少しだけ沈黙が流れた。

 そして麗華は苦笑した。

「でも、最後はケンカしたまま終わっちゃった」

 俺は隣で静かに聞いていた。

「何があったんだ?」


 麗華は苦笑する。

「今思えば、わたしが悪かったんだ」

 麗華は膝を抱えた。

「わたし、自分が楽しいと思うと周り見えなくなる時あるじゃん?」

「あるな」

「即答しないでよ!」

 そう言っておどけたあと、再び視線を海へ戻した。

「その子、勉強とか部活で吹奏楽やってて結構忙しかったんだ」

「うん」

「でもわたしは映画行こうとか、遊びに行こうとか、もっと一緒にいたい、とか自分のやりたいことばっかり言ってて」

 どれも麗華らしいな。

 風が吹く。


「相手の気持ち、ちゃんと考えてなかったんだよね」

「そんなことないだろ」

「あるよ」

 そう言って首を振る。


「その子に断られた時も、『なんで?』って責めるみたいに言ってて……

 何回か続けて断られた時に『最近付き合い悪いよね』って言っちゃったんだ……」

「ほんとは疲れてただけだったはずなのに」


 麗華は小さく笑った。

「で、気まずくなった」

 波が静かに防波堤へ打ち寄せる。

「でもね」

 麗華は続けた。

「仲が悪くなったわけじゃないの」

「ん?」

「挨拶はしてたし、話も少しはしてた」

 それが逆につらそうだった。

「だから余計に、『また今度ちゃんと話そう』って思ってて」

 麗華が足元を見つめる。

「謝ろうとも思ってた」

「……」

「でも、その前に引っ越しちゃった……」


 そこで言葉が止まった。

「結局、ちゃんと謝れなかった」

 夕陽が海面で揺れる。

「最後の日も普通に『じゃあね』って言っただけ」

 かすかに笑う。

「ほんとは全然普通じゃなかったのにね」


 しばらく沈黙が続いた。

 そして麗華はぽつりと呟いた。

「ずっと親友のままだと思ってたんだよね」

 その声は風に溶けそうなほど小さかった。

「明日もいて」

「来週もいて」

 麗華は苦笑した。

「そんなの当たり前だと思ってた」

「大人になっても、くだらない話してるんだろうなって」

 その瞬間、ぽろりと涙が零れた。

「ごめん」

 慌てて拭うが、次の涙が溢れる。

「なんか、この景色見てたら思い出しちゃった」

 震える声だった。


「ちゃんと謝りたかったなって」

「ありがとうも、ごめんねも、ちゃんと言えてなかったから」

 そして小さく続けた。

「大好きな友達だったから」


 俺は少し考えてから口を開いた。

「急がなくても、いつか仲直りすればいいんじゃないか」

 麗華が顔を上げる。

「え?」

「親友なんだろ」

 麗華はしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて鼻をすすりながら笑った。

「勇真って、たまに変なところで前向きだよね」

「たまにじゃない」

「うふふっ」

 ようやくいつもの笑い声が戻る。


 俺は立ち上がり、防波堤の向こうに広がる海をもう一度見渡した。

「ほら」

「ん?」

「日が沈むぞ」

 俺がヘルメットを手に取ると、麗華も慌てて立ち上がった。

「待って待って! 髪ぐちゃぐちゃ!」

「誰も見てないだろ」

「勇真が見てるもん!」

 そう言いながら鏡代わりにスマホをのぞき込んでいた。

 さっきまで泣いていたとは思えない。


 俺は苦笑しながらエンジンキーを回した。

 少しずつ日が傾き始めた頃、ふたりはバイクにまたがった。

 VTR250のエンジンが、低く力強く唸った。


 麗華はヘルメットを被ると、俺の後ろにちょこんと腰を下ろした。

 そして、いつもより少しだけ強く背中にしがみついてきた。

「ねえ」

「ん?」

「ありがと」

 風に消えそうな小さな声だった。

 俺は振り返らずに答える。

「次は高台のカフェ行くんだろ」

 後ろからは、くすっと笑う声が聞こえた。

「うん。行く!」


 少しだけ元気を取り戻した声。俺たちは海沿いの道を走り出した。

 沈みゆく夕日が、長い影をアスファルトの上に伸ばしていた。


 この日、勇真はいままで見たことのない麗華の一面を知り、よりいっそう愛おしく思った。



——

 夜空には、川のように星々が流れていたある日。七夕まつりの通りを覆う笹飾りは風に揺れ、短冊のひとつひとつが小さな祈りの灯火のように瞬いている。


 麗華は浴衣の袖を翻しながら、屋台を見つけるたびに「行こう!」と勇真の手を引いた。

 金魚すくいに夢中になり、綿あめを頬張り、射的では外れても笑い飛ばす。

 その無邪気さは、祭りの光よりも鮮やかに俺の心の中を明るく照らしていた。


「ほら、見て!二匹もすくえた!」 麗華が小さな袋を誇らしげに掲げる。その笑顔に、俺は思わず笑ってしまう。

 俺よりもずっと積極的で、楽しむことに全力な麗華の姿が、なんだか眩しくて愛おしい。


「ねえ勇真、願い事書こう!」 麗華は迷いなく短冊に「来年も勇真と一緒に来たい!」と書き、大きな字で笹に結びつける。

 俺は少し照れながらも、その隣に「麗華の笑顔を来年もここで見たい」と書く。 

 二枚の短冊が並んで揺れるたび、まるで未来が寄り添っているように感じた。


 その時、近くで小さな女の子が泣いていた。金魚すくいで袋を落としてしまったらしい。

  麗華は迷わず駆け寄り、「大丈夫だよ、ほら、私の金魚あげるね。2匹もいるんだよ」と笑顔で袋を差し出した。

 女の子の涙が止まり、ありがとうと声を弾ませる。

 その光景を見て、俺は胸の奥が熱くなった。 ――子供っぽくて積極的なだけじゃない。人を思いやる優しさを持っている。

  俺はこれまで以上に麗華のことが大切な存在に思えていった。


 屋台のかき氷を二人で分け合い、麗華が「冷た~い!歯に凍みるぅ」と笑いながら口を押さえる。 その無邪気な仕草に、勇真は胸の奥が温かくなった。

 子供っぽくて妹みたいなのに、なぜこんなに心を惹かれるのだろう。 麗華の積極さが、自分の世界を広げてくれる気がした。


 祭囃子が遠くで響き、風が笹を鳴らす。二人の笑い声は夜空に溶け、天の川のきらめきと重なり合った。


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