第6話 証券会社と空売(からうり)の天才(ダークサイド)
お読みいただきありがとうございます! 第6話です。
【ここまでのあらすじ】
資本力には勝てないと悟った翔太先輩は、「心で勝負する」と声優の仕事に挑戦。熱弁をふるいアドリブを連発するが、その渾身の作品は、あの中国人富裕層の少年によって、いとも簡単に「買収」されてしまった。「クリエイティブも金で買える」という現実に、翔太先輩は再び打ちのめされる。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。先輩の再起不能寸前のメンタルを少し心配している。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの8歳で、小学2年生。金にもアートにも負けた。彼のプライドは、もう風前の灯火。
――もはや、立ち直れないかと思われた翔太先輩。しかし、彼はまだ諦めていなかった!
次なる舞台「証券会社」で、彼らはキッゾニアの経済の真理、そして、これまでとは全く異質な「才能」と遭遇する!
クリエイティブさえも資本力に凌駕されるという事実を突きつけられ、翔太先輩は数日間、僕の前に姿を現さなかった。さすがに心が折れたか、と少しだけ安堵していた僕の考えは、やはり甘かった。
「証券会社」のパビリオン。子供たちが架空の企業の株を売買し、経済の仕組みを学ぶという高度なアクティビティだ。僕がモニターに映し出される株価チャートを眺めていると、すぐ隣に、いつの間にか翔太先輩が立っていた。しかし、その様子はいつもと違う。目が据わり、どこか虚無感を漂わせている。
「よう、湊くん…。株か…。金が金を生む、虚構の世界だな…」
どうやら前回のダメージがまだ残っているらしい。
その時、僕らの隣に座っていた、メガネをかけた物静かな少年が、淡々とSVに話しかけた。
「SVさん、この『ピッツァーラキッゾニア店』の株、空売りでと信用取引で1000株、お願いします」
「「空売り!?信用取引!?」」
僕と翔太先輩の声がハモった。僕はその意味を知識として知っているだけだが、翔太先輩は言葉の響きだけで「何かヤバいこと」を察知したようだ。このお遊びの仕事に、そんなシステムが組み込まれているのだろうか?
SVのお兄さんは少し驚いた顔で、「え、えーっと…いいけど…。この株、今すごく上がってるよ? ピザ職人のアクティビティ、新メニューが出て大人気だから」と親切にアドバイスする。
しかし、少年は表情一つ変えずに言った。
「大丈夫です。もうすぐ、下がりますから」
その不気味な予言に、僕らは背筋が寒くなるのを感じた。
それから10分後。事件は起きた。
キッゾニアのパーク内ニュース速報が、モニターに映し出されたのだ。
『速報です。本日15時頃、ピザ職人のパビリオンにて、期間限定の『ミラクルレインボーチーズピザ』の材料である、虹色のチーズが全て無くなりました。本日分の提供は終了となります』
そのニュースが流れた瞬間、今まで右肩上がりだった『ピッツァーラ』株が大暴落を始めた。阿鼻叫喚の売り注文が飛び交う中、あの少年だけが静かに買い戻し注文を入れていく。
「…約定しました。これで、5万キッゾの利益です」
たった10分。労働も、課金もせず、ただ「情報」を先行して掴むだけで、彼は僕らが何年かけても稼げない大金を手にしたのだ。
「き、貴様…! なぜピザの材料がなくなることを知っていたんだ!?」
翔太先輩が、震える声で少年に詰め寄る。
少年は、ゆっくりとメガネのブリッジを押し上げ、静かに口を開いた。
「簡単ですよ。僕がさっき、ありったけのキッゾで虹色チーズピザを全て買い占めたんですから」
「「な、なんだってー!?」」
三度、僕と翔太先輩の声がハモった。
少年は続ける。
「ピザを買い占めて、意図的に品切れ状態を作り出す。株価が暴落したところで空売りの利益を確定させる。ピザを買うのに使ったキッゾは、株の儲けで十分お釣りが来ます。それに、美味しいピザもお腹いっぱい食べられる。一石二鳥ですよ」
それは、あまりにもクレバーで、あまりにも悪魔的な錬金術だった。
キッゾニアのルールを完璧に理解し、その穴を突く。労働の価値も、親の財力も、クリエイティブの魂も超越した、純粋な「知能」による支配。
翔太先輩は、もはや言葉も出ないようだった。
かつてキッゾニア黎明期に開園ダッシュで仕事に並んでいた自分が。
親の課金で得た優位性に満足していた自分が。
アドリブに魂を込めていた自分が。
その全てが、この恐るべき5歳児の前では、ただの子供の遊びに過ぎなかった。
少年は、膨れ上がったキッゾ残高を確認すると、満足げに席を立ち、僕らに向かって言った。
「キッゾニアは、最高の社会勉強の場ですね。じゃ、僕は次の“仕込み”があるので、これで」
そう言って去っていく少年の背中は、僕にはまるで伝説の投資家のように見えた。
一方、僕の隣では、翔太先輩がガクガクと膝を震わせ、小さな声で呟いていた。
「お、お母さーん…」
ついに、彼のアイデンティティは「上からコール」を待たずして、純粋な8歳児のそれに回帰してしまった。
キッゾニアの金融市場に、冷たい風が吹き抜けていった。この日、僕たちは資本主義の本当の深淵を垣間見たのだった。




