第7話 ビューティーサロンのお局(つぼね)様とタオルの流儀(たたみかた)
お読みいただきありがとうございます! 第7話です。
【ここまでのあらすじ】
「証券会社」で、空売りを駆使する天才少年に遭遇した湊と翔太。資本、クリエイティブに続き、「知能」という圧倒的な力の前に、翔太先輩の心は完全に折れてしまった。その断末魔は「お母さーん…」だった。
【主な登場人物】
水無瀬 湊
本作の主人公。令和2年生まれの5歳児。中身は冷静な20代。心が折れた先輩を、そろそろ本気で心配し始めている。
桜木 翔太
本作の先輩。平成29年生まれの小学2年生8歳児。現在、メンタルが崩壊中。もはやプライドの欠片も残っていない。
――再起を期す翔太先輩が、なぜか次なる職場に選んだのは、女子に大人気の「ビューティーサロン」。しかし、そこは新たな古参が支配する、恐怖の空間だった!
「湊くん、男は度胸、何でもやってみるものだ! これからは多様性の時代! 美しさの本質も知っておくべきだ!」
心が折れたはずの翔太先輩は、一晩寝たらすっかり立ち直っていた。そして、よく分からない理屈をこねながら、僕を女子に大人気の「ビューティーサロン」へと連れてきた。
しかし、パビリオンに一歩足を踏み入れた瞬間、僕らは歓迎されざる客であることを悟った。
そこは、小学5年生くらいの、ひときわオーラのある女の子を中心としたグループによって、完全に支配されていた。
「あら、男の子も来るのね。珍しい。ま、頑張ってね?」
リーダー格の少女――白鳥レイカ先輩は、僕らを値踏みするように見ると、鼻で笑った。明らかに面倒なタイプの古参だ。翔太先輩が「体育会系老害」なら、彼女は「陰湿系お局」といったところか。
仕事が始まると、レイカ先輩の巧妙な嫌がらせが始まった。
「翔太くんは力が強そうだから、こういう裏方仕事、向いてるんじゃない? タオルの洗濯と片付け、お願いね」
彼女は翔太先輩に、一番地味で目立たない仕事を笑顔で押し付ける。
僕には、お客さん(人形)の髪をとかす係を命じたが、常に横から口を出してきた。
「あ、湊くん。そのとかし方だと髪が痛んじゃうかも。まあ、初めてだから仕方ないか〜。みんな、見てあげて。こうやるのが“プロ”なのよ」
彼女は僕のミスをみんなの前で優しく指摘することで、僕のプライドを巧妙に削ってくる。
(これは…精神的にくるな…)
僕が内心で辟易していると、意外な方向から声が上がった。
「ふん、上等だ! どんな仕事にも『魂』は宿る! 俺はタオルの畳み方一つで、客の満足度を上げてみせる! 見てろ、これが平成流の“おもてなし”だ!」
翔太先輩は文句を言うどころか、謎のプロ意識に火が付いたらしい。彼は、一枚一枚のタオルに空気を含ませるように、それは見事な「ホテル畳み」を披露し始めた。その完璧な仕事ぶりに、SVのお姉さんが「翔太くん、すごい上手! これ、マニュアルに加えたいくらい!」と素直に感心している。
レイカ先輩が「ちっ…」と舌打ちしたその時、一人のお客さんの女の子が入ってきた。
「あの…明日ピアノの発表会なんです。この写真みたいに、キラキラのネイルにしてください!」
彼女が差し出したスマホには、プロのネイリストが施したであろう、非常に繊細で複雑なデザインが写っていた。
レイカ先輩とその取り巻きたちは、女の子の小さな爪を見て、顔を見合わせる。
「えー、これは無理じゃない?」「失敗したら可哀想だし、やめといた方がいいって」
彼女たちは、面倒な仕事から逃げるため、やんわりと断ろうとした。
その時だった。
タオルを完璧に片付け終えた翔太先輩が、ズカズカと前に出てきて、レイカ先輩を睨みつけた。
「おい。お客さんの“夢”を叶えるのが、プロの仕事だろうが!」
その意外な男気に、レイカ先輩も、僕も、一瞬言葉を失う。
「でも、こんなの…」
なおも渋るレイカ先輩を尻目に、僕は静かに手を挙げた。
「僕がやります」
僕の言葉に、全員の視線が集中する。
僕は、目の前の女の子に向き直り、静かに言った。「最高のステージになるよう、お手伝いさせてください」
僕は、もともと細かい作業が得意だった。持ち前の集中力と冷静な指先の動きで、極細の筆を操り、小さな爪というカンバスに、キラキラと輝く星空を描き上げていく。
完成したネイルを見た女の子は、ぱあっと顔を輝かせた。「すごい…! お兄さん、ありがとう!」
僕のスマートウォッチに、過去最高の「サンクスポイント」が加算された通知が来た。レイカ先輩たちは、ぐうの音も出ない様子で、悔しそうに僕の指先を見ていた。
仕事が終わり、ジューススタンド(もちろん割り勘)で、翔太先輩が少し照れくさそうに言った。
「やるじゃねえか、湊。お前の指先、なかなかクリエイティブだったぜ」
「先輩こそ。あのタオル捌き、見事でした」
「だろ?」
僕らは、なぜか少しだけ誇らしい気持ちになって、ジュースを飲んだ。
このキッゾニアには、まだまだ僕たちの知らない“働く喜び”が隠されているのかもしれない。




